6話:逃亡劇再び
『スキル:脳内図形作成を獲得しました(獲得条件:知力40以上且つ地図を思い描きながら1時間以上探索)』
『スキル:隠密Iを獲得しました(獲得条件:敵に見つかることなく探索を1時間)』
洞窟はとてもじゃないが地図なしで数は出来るようなものではなかったが、抜群の方向感覚を持つアカネは脳内で今まで進んできた道のりを正確にマッピングし、たびたび見かけるモンスターから隠れながら歩いてきた結果、新たにスキルを習得することに成功していた。
脳内図形作成のスキルの内容は、脳内で正確に地図を描くことが可能となり、また作成した地図をアイテムデータとして保存できるというもの。
そして隠密のスキルは、モンスターから見つかっていない状態でさらに見つかりにくくなると言う物だった。
何ともご都合主義なスキルではあるが、せっかく得たのだしとアカネはその機能をフルに生かして探索を進める。
「あれは、宝箱?」
グネグネと迂回した洞窟を彷徨うこと早1時間半。
複雑な洞窟の突き当たりの一つで、アカネは生まれて初めてダンジョンアイテムを発見する。
やっと苦労が報われたような感傷に浸りながら、アカネは太陽の下なら黄金に輝やいてそうな宝箱に手をかけた。
『アイテム:魔法の丸薬を獲得しました』
魔法の丸薬は使うと使用者の素の魔法力を1~3上昇させるアイテム。
ほんの少ししか伸びないが、素のステータスを強化できるアイテムとだけあってその価値は非常に高い代物だ。
「魔力が上がるのか、これでレベルアップしたときに知力に全振りしても問題ないな」
魔法力はアイテムで上げればいいという無茶苦茶な理論を繰り出しつつアカネは手に入れたアイテムをしまい探索を続けようとする。
しようとしたのだが、直ぐにそれは無理な事だと気づかされた。
「えっ…まさか罠だった…?」
引き返そうとするアカネを阻むように佇むのは真っ黒な姿をした身長4メートル程の牛頭の巨人。
所謂ミノタウロスだった。
真っ赤に光る目が2つ暗闇を照らし、息を吐く度に大きな鼻から蒸気のような気体が噴出した。
そして手に持つのはミノタウロス本体と同じくらいの丈の斧。
何かの魔法がかかっているのだろうか、鋼鉄の斧の刃は目と同じように薄く赤く光っており、よく見れば鼓動しているようにも見えた。
これはマジで無理。
直感的にそう判断したアカネは一歩また一歩と後ずさるが、直ぐに行き止まりにぶち当たる。
ミノタウロスの一歩がズシンと重い音を立てて洞窟を揺らし、手に持つ大斧が鈍く光る。
ゆっくりと巨腕が振り上げられ、本日二度目の死刑宣告が告げられた。
スキル:走馬燈が発動しました。
大きく振りかぶられた斧がトリガーになったのだろう。
走馬燈のスキルによって10倍に伸びた時間の中でアカネはこの状況を打破する算段を模索した。
そして、斧は振り下ろされる。
爆発にも似た衝撃でさっきまで宝箱の置かれていた地面に無数の亀裂が入り、行き止まりの壁が粉砕する。
そしてそれはアカネのか弱い肉体を易々と吹き飛ばした。
物凄い量の砂埃が舞い、1メートル先も見えなくなった洞窟の一角でアカネが吹き飛ばされた所はミノタウロスの股の真下。
アカネが最も生存できる確率が高いと判断し、自らそちらへ飛ばされるように計算した結果だった。
「痛っ」
思わずそんな弱音が口から漏れるが、弱音を吐いてる暇は無い。
兎にも角にも今はここから逃げなくてはならないのだ。
グオオオオッッ!!!
走り出したアカネの後ろでミノタウロスが咆哮する。
洞窟の天井が爆音に揺らされてパラパラと小さな石を降ってくる。
余りにも大きなその声に怯み動きを止めようとする体に、アカネは鞭を打って走りつづけた。
だが、所詮は敏捷0。
お腹を空かせたミノタウロスから逃げられる訳はなく、数秒もせずにその差を詰められる。
アカネの背後で斧が宙を切り裂く。
引き裂かれた空気が鎌鼬のようにアカネの背中を切り裂き、出血に似たダメージエフェクトと共に彼女の体はまた宙を舞った。
視界が一気に赤く染め上げられる。
今の一撃が。
当たりもしなかった一撃の余波がアカネのHPの殆どを奪い去った証だった。
もう彼女のHPは1か2くらいしか残っていない。
ゲーム内で緩和されているとはいえ、これまでの人生でも1,2を争う程の痛みがアカネに生を諦めろと告げてくるが、彼女はまだ走りつづけた。
あれは…
視界の先に見えたのは一筋の日の光。
同時にアカネは口を細くして笑みを浮かべる。
間違いようもなく洞窟の出口だ。
不意にその姿を見せた一抹の希望にすがるように、アカネは足を動かす。
全てはこの状況を生き残るために。
だが、ミノタウロスはそんな事到底許してくれなかった。
ただの一度の踏み込みが、アカネの10数歩に匹敵する巨体は三度アカネを斧の間合いに捉える。
「ファイア!!」
炎が、小さな炎が一瞬だけ茶髪の少女から放出され、炎を嫌うミノタウロスは反射的に攻撃を躊躇する。
時間にしてみれば0コンマ数秒も無かっただろう。
しかし、出口を目前に控えたアカネに取ってはその時間は十分すぎた。
ミノタウロスが攻撃を躊躇った隙に、アカネは洞窟から脱出する。
そして脱出した先には平和な草原が、あるはずだった。
アカネの生還を祝ってくれたのは、他のプレイヤーでも、今はもう可愛らしくさえ思える芋虫でもなかった。
そこにいたのは巨大なハサミを口に備え付けたあの大蜘蛛の姿だった。
来た、
普通に考えれば絶望的な状況、それなのにアカネは心の中でガッツポーズ。
何故かと言えばこの状況は全てアカネの計算による物だったからだった。
5/19 誤字脱字を修正しました。