4話:狂科学者は神様を嫌う?
「はぁ、もういいです、じゃあ次は教会に行きましょう」
「教会?なんで?言っておくが、私は無宗教を貫くぞ。AI反対派の狂信者は私の嫌いな種族ランキング一位だからな」
「そんな事言ってるから俺達はいつまでもマッドサイエンティストって言われるんですよ?」
人口知能研究の、特に「強いAI」と呼ばれる出来るだけ人間に似せた人口知能を開発しようとする科学者への風当たりは昔から強かった。
でもそれは世間一般に言えることで教会だけの事ではないのだが、それでもアカネが宗教を毛嫌いするのは、あらゆる宗教の、主に一神教の指導者達が反対派を纏めていたからであり、事実それが遠因となってアカネ達は研究室から追い出されたからだ。
「それはAIの夢も理解できない奴が悪い」
マッドサイエンティストと言われている実状にアカネは中々に無理やりな理論で反論をする。
こういう自己中心的な点が科学者の悪い所ではあるのだが、実のところ「人類史はそんな科学者によって紡れて来たのだ」などとアカネはそんな所を自分の美点だと思っていたりするのだ。
「いや、別にアカネさんの頭を水の中に突っ込もうって訳じゃないっすから安心してくださいよ、ただ単に死んだときに生き返る場所が必要なだけですから」
「本当か?」
「本当っすよ、ホントのホント、じゃあ生きましょ」
一歩間違えば惚れてしまいそうな上目遣いに、テオは若干動揺しながら答えた。
「分かった。今回だけは教会に行くことにする、今回だけだぞ」
「じゃあ戦闘で死なないように頑張ってください。このゲームで死んだら強制ログアウトの後、教会でリスポーンですから」
「大丈夫、無理な戦いはしないようにするから」
「そのステータスだと、無理じゃない戦いがあるすら不安なんっすが…」
「うぅ、頼むからそれ以上言わないでくれ…」
「まぁ、良いですけど、いい加減行きますよ」
そんなこんなで、テオとアカネは渋々教会へ向かう。
尤も、何時になく弱気になったアカネの足取りが非常にゆっくりだったせいで教会までのほんの数百メートルでさえ結構な時間がかかったのだが。
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アカネたちの目の前に聳える巨大な建物。
真っ白な壁と赤い屋根が特徴的なその建造物の天辺。大部分を覆う三角屋根とは違い、空に槍を突き出すかの如く尖った形をした屋根の先にはこれまた大きな銀色の十字架が立てられていた。
「失礼します」
誰に言うでもなくテオはそう呟いて教会の中に入る。
外から見えた建物も相当な大きさであったが、その内部はさらに数千人くらい同時に収容できるのではないかとも思えるような広大な空間が広がっていた。
これも仮想現実ならではの事なのだろう。
「にしても、もう結構居ますね」
「ほんと、皆どうかしてるな」
教会に集まった人たちがどうかしているのかは置いておくとして、現に建物内部の口調された空間には数百人単位の人間でごった返しており、現実の静かな教会ではとても考えられないくらいに騒がしい。
「あそこに並ぶのか?」
「そうみたいですね、見た感じ結構時間かかりそうっすけど」
「はぁ、行くしかないのか」
「諦めて下さい」
そう言ってアカネ達は何十分も並ぶ羽目に...
~5分後~
ならなかった。
流石にゲームの中で何かに長時間並ぶと言うのは無いようで、テオらはすぐに目的の場所まで来ることが出来た。
「新たなる冒険者よ、あなた達もまたこの教会に命を預けるのですね」
並び終えた先で待っていたシスターのNPCがそう言うと、横並びになったアカネとテオの間に「yes」と「no」のアイコンが表示される。
「アカネさん、間違っても「no」を押さないでくださいね」
「えっ?」
テオの言葉に反応し思わず変な声を上げてしまうアカネ。
どうやら押す気満々だったらしい。
そんなアカネに今日何度目か分からない溜息をついてテオは「yes」の方に指を伸ばした。
「じゃあyesを押しますね」
「くっ、無念…」
何故か悔しそうにするアカネを余所にテオは早々と手続きを済ませる。
死んだときにこの場所で蘇る為の手続きだ。
『プレイヤー名:テオ、アカネのリスポーン地点が始まりの教会に設定されました』
機械的な女性の声と共に、周囲が光で包まれる。
眩しいだけじゃなく、微かな暖かささえ感じるその光は十秒もしない内に段々と弱まっていき、完全に消えた時、そこには美しい女性がアカネたちを見下ろすように座っていた。
それも空中に。
美しい銀色の髪の毛に全身を覆う白いローブ、そして豊満な胸には黄金で龍の装飾が施された胸当てを装備した100人に聞けば100人が美女と言うであろう女性は言う。
「私は女神ヴェルダンディに使えるヴァルキリーのイム。貴方達の願いは確かに聞き届けました」
折角姿を現した美女は、それだけを告げると瞬く間に光の粒となって消滅する。
来る時とは違った、派手じゃなくて静かな退場だ。
時間にしてみれば1分もなかっただろうか?
テオは絶世の美女の早すぎる退出に悲しそうな顔をするのだが、彼の隣に立つ少女はどうやらそれとは正反対の事を思っていたらしかった。
「天使?もう一生現れるな...」
美女がその行方をくらましたのを見計らったようにアカネはボソッと呟く。
そして同時に、目の前のシスターさんがNPCで本当に良かったとテオは心底思う。
「はぁ」
こんなに溜息をついた日は今日が初めてかもしれない。
そんな事を考えながら、テオはシスターにお辞儀をする。
NPCだからと言って礼儀を疎かにしないのがテオと言う人間なのだ。
「では、よい旅を祈っております」
色々と文句の言いたくなるような点もあるにはあるのだが、シスターのこの優しい声でアカネとテオの冒険はようやく幕を上げることとなった。
頭を水の中に突っ込むのはキリスト教の洗礼の儀式だったはずです。
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