0話:プロローグ
趣味で書いただけなので、軽い読み物程度に思ってください。
宜しくお願いします。
まったり更新していきます。
「駄目だ、金がない」
蝉が煩く音を立てる真夏の東京のボロアパートの一室で、茶色い髪をボサボサに生やした少女が生気を失ったかの様に呟く。
彼女の名前は茜谷明音。
もう今年で22になる彼女は、ほんの数か月前までは世界で活躍する人工知能分野における天才少女、等と持て囃された科学者であった。
アメリカで生まれ、幼少期からずば抜けた頭脳を持ち合わせていた彼女は、飛び級に飛び級を重ね若干17歳でMRT(Massachusetts Region of Technology)を卒業したその後、ドイツの超有名研究機関に迎え入れられ、そのままそこで偉大な成果を上げる。
そんなサクセスストーリーが彼女の行く先にはあるはずだったのだ。
なのに、どうしてこんな事になっているのか?
そう言われれば、一重に昨年2031年に国連がAIの過剰な進化を食い止めるべく打ち出し、世界各国で承認された人工知能研究への援助の大幅な削減のせいである。
確かに、人工知能の研究が禁止されたわけではないのだ。
だが、援助が少なくなったことで、今まで大々的に推し進められてきたAI研究の規模は元の2割近くまで縮小。
その結果、明音のような未だ世に出て浅く、何も成果を出せていない研究者は、AI研究の枠組みから追い出されてしまったのだった。
「熱い、クーラーが欲しいよー」
「でもクーラーなんていらないって言ったのは茜谷さんじゃないっすか?」
明音の愚痴に返事をしたのはこのボロアパートで彼女と同居しているとても横にでかい男。
額に大粒の汗を流しながら扇風機をいじるデブ、飯田飯男もまた彼女と同じように追い出された負け組の一人であり、現在33歳。
彼は東京の研究機関から締め出されたのちに同じような境遇であった明音と出会い、現在はこのボロ屋で共同研究しながら一つ屋根の下で同棲していたのだった。
「黙れ、デブ。だいたいお前の食費にいくらかかってると思ってる?お前がもっと食を抑えればクーラーくらいつけれるんだぞ」
「なっ、ちょっと酷くないですかね?俺だって性欲抑えて同人誌買わないようにしてるんすよ?食費くらい目を瞑ってくれても良くないですかね?」
「そんなもん知るか」
「うわぁ、今日の夜襲ってやる、我慢してた分だけ襲ってやる」
「ドMのクセに何言ってる。と言うかお前は今からバイトだろ」
キツく言われて、飯男は肩を縮ませる。
彼は自身10年も年下の小娘に、何故こうも上から目線で指図されなくてはならないのか疑問に思わないことも無いのだが、それを差し置いても、別にこの関係は悪くないと思ったりしていた。
そういう意味では、飯男は本当にドMなのだ。
「はー、仕方ないから行ってきますよ」
「おー、いっちょ思考加速装置帰るくらい稼いで来い」
「ふぁっ?いくらすると思ってるんすか?」
「一台23万ドルだな」
「高すぎですよ!何?馬鹿なの死ぬの?」
「まぁ思考加速装置はいいから、クーラー買えるくらいは稼いで来い」
「それも無理っすよ!?」
「黙れデブ!早く行ってこい!それと痩せろ!!」
「ちょっとは話聞いてくれてもよくないっすか!?」
明音が叫んで、牧場犬に追い立てられる羊の様に急いで部屋を飛び出す飯男。
ただ現実は羊ほど可愛くなく、むしろ醜悪と言えなくもないのだが、飯男がタオルとリュックを片手に部屋を出るのを見届けて、明音は再びパソコンと向かい合うことにした。
「ああ、ほんと熱い。クーラー欲しい、思考加速装置欲しいよー」
明音は思い出したように愚痴をこぼすが、いくら泣いても喚いてもそんなお金は湧いてこない。
それでも諦めきれずに、自分の管理している通帳を引き出しから取り出してじっと凝視するが、やはり桁数は増えたりしない。
何故かと言えば、研究用のパソコンに節約したお金がすべて消えて行っているからだ。
必要経費だと割り切ってはいるのだが、それでもお金がないという現実は無視できないくらいまで膨れ上がってアカネ達にのし掛かっていた。
「全財産で13万...」
ホント泣けてくる。
「そう言えば、今日はあの日か…」
あの日と言うのはあるモノの発売日だ。
明音が陰ながら楽しみにしていたモノの。
だけどそんな物を買うお金は微塵もない。
ホントのホントに泣けてくる。
「はぁ、パートまで後7時間、暑いけどがんばらなきゃな」
ただ、いつまでもくよくよしてても仕方ないのだ。
明音は泣きそうになりながらさっきまで読んでいた論文に目を通すことにした。
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「あー疲れたっす、それにしても今日の賄いは少なめでしたね...」
シフトを終え、いつものように賄いに愚痴を言いながら、いつものようにコンビニに突入する飯男。
そして数分後、いつものように弁当を買ってイートインコーナーの小さな椅子にでっかい腰を落ろした。
彼がここで使うお金は実家からの仕送りであり、明音にはその存在を隠しているため、もしばれたら血祭り確定だろう。
「うーーん、やっぱり唐揚げはいいっすねー。あっ、今日の晩御飯買って帰らなくては」
晩御飯の事を考えながら夕ご飯を食べる飯男。
彼はいつも通りスマホでネットニュースに目を通しながら箸を動かした。
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「新型フルダイブゲーム機『Weave』発売。各地で売り切れ続出か」
2024年にアメリカのイーオン・マックス氏によって脳とコンピュータの結合技術が確立されてから7年の歳月を経て、厳しい安全審査を突破した最新型ゲーム機『Weave』の発売が本日未明より開始された。
今回初回生産されたのは全世界1千万台、国内300万台と言う前代未聞の規模であり、また一台当たり10万円と言う大変高価なものであるが、予約だけでも国内ですでに110万台、各地のゲームショップでは今朝から『Weave』を求める人々で溢れた。
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「新型ゲームっすか。そんなお金があればクーラーを買ってるんすよねって、なんと!?」
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最新VRMMORPG『The・World・Online』が本日同時発売
新型フルダイブゲーム機『Weave』の発売に合わせ、フルダイブ型MMORPG『The World Online』が本日発売された。
このゲームは現実とは隔絶された世界で理想の姿の自分を作り上げ、まだ見ぬ世界を探し求めるたびに出るというコンセプトで作られたゲームである。
そして、その魅力は無限ともいえるような膨大な数のスキルに魔法やアイテム、何よりもその情報を運営が一切公開しないと公言している点である。
その為...
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このゲームの魅力を延々と書き連ねる記事などに飯男は興味を示さない。
寧ろ、『理想の自分の姿で』と言うところだけが彼がこのゲームに引き込まれた理由であった。
「理想の自分と言うことは、ついに俺も彼女無し歴33年から抜けだせるんすね!」
実際そんな可能性はかなり薄いのだが、それでも彼は止まらない。
「買う、買うっすよ。明音さん、ごめんなさい!」
そう言って飯男はテーブルの弁当をかきこんでペットボトルのお茶で一気に流し込むと、急いでコンビニを後にする。
勿論彼の向かった先はゲームショップだった。
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明音がアパートに帰ったのは時計の短針が12の文字の少し右側を指し示す頃だった。
玄関を上がり、靴を綺麗に揃えてから鍵を確認してリビングへと足を進める明音。
リビングにたった一つ置かれた小さなテーブルの上にはすっかり冷めてしまったチャーハンが透明のラップを被って存在している。
「偶にはアイツにも感謝しなきゃいけないかな」
明音は何時も飯男の事を罵ってはいるが、彼の面倒見の良さにはちゃんと気づいている。
だから、毎日夕飯の作り置きをしてくれる飯男に内心は少なからず感謝していたのだ。
「にしても、やけに暑いな。パソコンはちゃんときってきた筈なんだけど」
飯男が帰ってくるのは明音よりも大体5時間早い。それでもって飯男はとてつもなく朝型の人間であるから、明音が帰ってくる頃にはいつもパソコンは既に消えており、飯男は既に寝入っているのだ。
(何だ?今日は扇風機の音がやけに五月蠅いな)
僅かな変化ではあるのだが、天才な科学者の明音が見逃す筈がない。
怪しい。
直感的にそう悟った明音はリビングの側の薄汚れた襖をゆっくりと横にずらし、日に焼けた畳の敷き詰められた和室を覗き込んだ。
「なっ」
思わず声が零れる。
そして同時に明音の眉間が引きつる。
彼女の目に写るのは青い光を放ち点滅する今日発売のフルダイブゲーム機の姿。
多くの貧乏学生がそうしたように、明音もまた内心少しだけ興味を持ちながら、その値段故に諦めていた人間の一人だったのだ。
「この
明音から確かな殺気が放たれる。
「このクソブタ!!!」
気がつけば、明音は何故か嬉しそうな顔をしてゲーム機を被る飯男の横っ腹を全力で蹴り飛ばしていたのだった。
本当に真正のドSである
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「それで、言い訳は?」
ずんと腕を組んで肉塊を見下す明音と、太い体を折り曲げて土下座をする。
「いや、それは、その、俺のお金ですし」
「お前のお金?」
「あっいや、その、これは、実家からの仕送りで...」
「仕送り?」
明音のコメカミに青筋が走る。
そして飯男はその様子を見て自分のうっかりに気づく。
沈黙
だんだんと膨れ上がる明音の殺気。
肌の腕をピリピリと細かい電流が流れるような緊張。
茶髪の少女の無言の圧力に飯男は間もなく屈する事となった。
「ごめんなさい、エアコン買いますから、クーラー買いますから、許してください…」
今までの怒りは一体何だったのだろうか?
その言葉を聞いて明音は満面の笑顔をその顔に浮かばせる。
「ほうほう、ならエアコンは飯田に任せることにしよう」
その笑顔と言葉で、ようやく飯男は騙されたことに気づくが時すでに遅し。
先ほど明音が笑っていたのはこの結末が見えていたからだろう。
飯男はあれやこれやと取り消そうと舌を動かすが、明音はそんな言葉に聞く耳を持たない。
明音の興味はもう他へと移っていたのだ。
「それで、お前は何のゲームをプレイしてたんだ?」
「はぁ、ただのMMOですよ」
「MMOね、私には興味ない方向だな」
「でもすごいんですよ!?自分の体とかも全部一から設計出来て...」
「それで?」
全く興味なさそうに答える明音。
「感覚とかもすごくリアルで」
「それで?」
またしてもそっけなく返され、飯男は必死で他の魅力を探す。
「空気が凄くきれいで」
「へぇ」
もうほとんど目から光が消え、明後日の方向を見る明音。
「ステータスとかも色々いじれるんですよ!?攻撃力とか、防御力とか、魔法力とか知力とか!」
「ん?」
最後の言葉に明音の眉毛が微動する。
どうやらどこかに気になるところがあったらしい。
「なぁ?」
「はい?」
「知力を強化したら、思考加速装置の代わりになるか?」
「なるんじゃないですか?相当強化しなきゃいけないとは思いますけど...」
明音は顎に手を当ててうなずく。
そして、次の瞬間明音はどこかとても興奮した目で言い放った。
「ちょっと、私もそれ買ってくるから!!」
そう言って家計のはずの財布を鷲掴みにして夜の東京に飛び出す明音。
現在時刻は午前1時。こんな時間に空いてるゲームショップなんて無いというのに、そんな初歩的なことにも明音は気づかない。
「ちょっと待ってくださいよ!?夜に女の子が一人で出歩くのは危ないっすよ!」
面倒見のいい飯男もそんな事実には気づかず、また違う理由で明音を追いかける。
結局、彼らがアパートに戻ったのは翌日の9時を回った頃だった。
5月17日
誤字脱字、一部の表現を修正しました。
ストーリーに影響はありません。