R005話 アメリカ合衆国皇帝起つ!
【筆者からの一言】
舞台の幕が開く……
1942年1月◯◯日 『アメリカ カリフォルニア州 サンフランシスコ近郊』
2人の男が暖炉の前で話し合っていた。
二人とも三十代でどこにでもいるような普通の年相応の男だ。
片方の男がもう一人を説得している。
「もう大統領はいない。上下両院の議員もだ。民主主義制度は崩壊したんだ」
「そうは言うが……」
「今更、選挙なんてやっていられる状況でもない」
「だが州政府がある」
「州政府が消滅した州もあれば勝手に独立宣言をした州もある。バラバラだよ。ここの州知事だって行方不明だ。恐らく亡くなっているだろう。もう民主主義じゃアメリカを元には戻せない」
「そうかもしれないが……」
「アメリカをもう一度一つの国にするには強いリーダーシップを持つ者が先頭に立ちまとめあげるか、旗頭になる人物を担ぎ上げるしかないんだ」
「それは、そうだろうが……」
「僕達が力になる。君が旗頭になれ」
「無理だよ。私には……」
「誰かがやらなきゃこの国はお終いだ。誰もがアメリカ合衆国国民として果たさなきゃならない義務がある。
国のために何がなせるか。これは君にしかできない事なんだ」
「だからと言って……」
「今、君の血と名前を利用しないで、いつ利用するんだ。御膳立ては僕らがする。任せろ。国のため、人々の未来のためだ」
「僕の名前はジョークの種だよ。誰も本気にはしない」
「そんな事は無い。最初はジョークでも初代皇帝はそれなりに認められていた。
それに今この苦難の時に、この周辺一帯の人々に食料や物資を無償で提供し続けているのは誰だ。
実質的に市民と難民の支配者となっているのは、我々じゃないか。
その君が立ち上がれば大勢の者がついてくる。
それだけの事を市民達にして来た。
これはチャンスでもあるんだ。
ジョークを本当にするんだよ。
心配するな。僕達が全面的に協力する」
そう言われた男は暫くの間、悩む。
しかし遂に決意した。
「…………わかった。やってみよう」
「有り難う皇帝陛下」
説得した男は笑顔で礼を言った。
この後、カリフォルニア州サンフランシスコ近郊の難民広場において一人の男がある宣言を行う。
男の名前はハリソン・ジョシュア・ノートン。
ジョシュア・エイブラハム・ノートンの曾孫と称する男である。
ジョシュア・エイブラハム・ノートン……
史実では「アメリカ合衆国皇帝ノートン1世」と自称した人物である。
元は裕福なイギリス人でアメリカのサンフランシスコに移住した。
だが商売に失敗し破産する。
そして暫くの間、どこかに姿を消していたが、再び姿を現すと「アメリカ合衆国皇帝ノートン1世」を自称した。南北戦争の2年前の事である。
彼は今のアメリカの民主主義は誤りであり、君主制こそが正しく、自分がアメリカ合衆国皇帝となるという趣旨の手紙をサンフランシスコの複数の新聞社に送る。
殆どの新聞社は当然の如く相手にしなかった。
だが、1社だけはアメリカ人らしいユーモア精神を発揮して冗談な話題として彼の主張を取り上げた。
その新聞が売れに売れた。
そうなると話は変わって来る。
新聞社は新聞の売り上げを伸ばす為に、更に「アメリカ合衆国皇帝ノートン1世」の話しを記事にする事にする。
「アメリカ合衆国皇帝ノートン1世」は新聞を通して皇帝の「勅令」を出すようになった。
本来ならそんなものは狂人の戯言として相手にもされなかったかもしれない。
実際無視された「勅令」もある。
アメリカ連邦議会の解散命令や、議員達がそれに従わない事から連邦軍に対し逮捕を命じたり、共和党と民主党の廃止を命じたりもした。
それらは当然無視されている。
しかし、その一方で「勅令」には意外とまともなものも多かった。
「天然痘の流行を防いだ医師を市議会は表彰するべし」
「街燈の灯りはもっと明るくするべし」
「ペットの犬の糞を始末しない飼い主は罰金2ドルを課す」
ノートン1世は日払いの宿に住み、毎日、近所のホテルのラウンジで新聞を読んでから視察と言う名の散歩に出かける。
そこで気付いた点を「勅令」にしていた。
そうした市民目線の「勅令」故に、市民達はそれに好意的になる。
遂にはサンフランシスコ市議会が一つの「勅令」を実行した。
「クリスマスに街路樹を飾り付けて大きなクリスマス・ツリーとするべし」
これは市民達の好評を得てノートン1世の人気を高める事になる。
ノートン1世は話題の人となりアメリカ中から彼を見る為に観光客が訪れるようになった。
なおノートン1世の収入は徴税と国債だった。
市民から一人あたり月50セントという少額を、税金という名の寄付で受け取っていた。
払うのは陛下の視察という名のお散歩コースで出会う人達だ。
勿論、払わない人もいるが寛大な皇帝陛下はそれをお許し下さるのである。
また、お金が足りなくなった時は印刷屋で独自にデザインした国債を印刷させ、それを馴染みの銀行に持ち込んでいる。
銀行も善意の寄付のつもりか額面が少額なのでそれを買い取った。
その銀行は21世紀の現代でも存続しているが、銀行に併設した博物館で、その国債やノートン皇帝の勅令等を公開している。
ノートン1世は軍服を着てサーベルを腰につり下げ、羽根つきの軍帽を被り、片手にはステッキを持ち、もう一方の片手には、何故か日本の番傘をさして視察という名の散歩をしていたという。
一体、どこから日本の番傘なんぞを入手したのか謎である。
そんな彼は1880年に心臓発作で亡くなる。
葬儀の為に寄付金が集められ葬儀が行われるが、その葬列には3万人もの市民が参加し彼の死を悼んだという。
公的な記録では彼には子供はおらず子孫もいない筈である。
だが、しかし……
今、大勢の人々の前でハリソン・ジョシュア・ノートンが演説を行うとしていた。
親から受け継いだ食品会社を経営し、日本軍の攻撃で難民となった人達や、家は無事でも食料が入手できなくなった人達に無償で会社の食糧を提供している善意の人だ。
それが彼を知る者達の認識だ。
ハリソン・ジョシュア・ノートンは大勢の難民の聴衆を前に声を張り上げた。
「私の名はハリソン・ジョシュア・ノートン。
この地で食品会社を経営している男だ。
そして、私にはある人物の血が流れている。
かつて、ここ、サンフランシスコでアメリカ合衆国皇帝を名乗った男。
ジョシュア・エイブラハム・ノートン1世の血だ。
私はノートン1世の曾孫だ。
ノートン1世は常に市民の事を考えていた。
数多くの勅令を出したが、それは市民の幸せを一途に考えたからである。
だが、今やその市民は不幸のどん底にいる。
家族を失い、家を失い、財産を失い、食べる物さえなく困っている。
私はノートン1世の血を引く者として、この惨状を見過ごしにはできない!
ノートン1世の意思を継ぎ市民のために立ち上がる事にした。
ノートン1世が亡くなった時、ニューヨーク・タイム〇は追悼の記事を載せた。
彼は誰も殺さず、誰からも奪わなかった。皇帝の称号を持つ者で、この点で彼に勝る者は一人も存在しないと書いた。
私も約束しよう。
ノートン1世と同じように誰も殺さず誰から奪わず、そしてこの戦争を終わらせ平和な時代を必ず取り戻すと!
ここに私は宣言する。
ノートン1世の末裔たる私ことハリソン・ジョシュア・ノートンは、第2代合衆国皇帝たる事を、ここに自ら宣言する!!
神よ合衆国と皇帝に祝福を!!」
その演説が終わった時、聴衆の中から拍手が起こり始める。
初めは数十人程度だったが、その拍手につられたかのように多くの人々が拍手をし始めた。
そして掛け声も起こり始める。
「「「「「「ノートン!! ノートン!! ノートン!!」」」」」
聴衆の中に混じった扇動工作員が煽っていた。
声と拍手は大きくなる一方だ。
元々、ノートンの会社が食料を無償で供給し炊き出しをしているから自分達が生きている事をここの聴衆は自覚している。打算的に、そして縋りつく希望として彼、彼女ら市民はノートンを支持しだした。
それにノートン2世は笑顔で手を振っている。
ここにアメリカ合衆国第2代皇帝ノートン2世が誕生した瞬間であった。
だが、しかし……
ノートン2世は知らない。
彼が本当はノートン1世の血を一滴も引いていない事を。
彼は赤ん坊の頃に捨てられた孤児であり、ノートン1世とは何の繋がりもなく養父母を真の親だと信じこまされ、ノートン1世を曽祖父だと信じこまされて、これまで生きて来た事を。
養父母はさる機関の工作員であり、彼らから受け継いだ会社もその機関がバックにいるからこそ経営が順調な事も。
そして彼の周辺にいて、彼に皇帝になれと言い、力になろうとしている者達もまた養父母と同じ機関の工作員である事を。
彼の信じるものは全ては偽りであり虚像だった。
その全ての仕掛けの裏にいる人物が閑院宮摂政である事も当然知る由もない
それを知らずにハリソンはノートン皇帝2世を名乗っている。
自分は正しい事をしていると信じて……
それは閑院宮摂政の手のひらの上で踊らされている出来事に過ぎなかった。
それをアメリカに住む者達は誰も知らない。
果たしてこれからアメリカの大地は如何なる歴史を刻むのか。
それは、まだ誰も知らない……
【to be continued】
【筆者からの一言】
まず一人。