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深淵に燃ゆる刃  作者: トキタケイ
25/31

狂宴

 振り下ろされる刀。

 万兵衛はそれを目で追いながら躱し、相手の無防備な喉を突いた。


 生死を確認している暇はない。

 背後では次の刃が風を斬り迫っている。

 狙いは十中八九、腹。

 万兵衛の本能がそう伝える。


 機械の右腕が後ろ手でそれを捕らえた。

 掴んだ刃から伝わるあがきを感じながら振り返り、すかさず薙いだ。

 刎ねられた首が宙を舞い、赤い雨を降らす。


 その雨粒の間隙を縫い、襲い来る切先が万兵衛の意表を突いた。

 しかしそれだけのこと。

 刀は万兵衛の頬を掠め、腕ごと斬り落とされ地に落ちた。

 同時に、宙を舞っていた首が落下し短い雨は止んだ。


「へっ」

 万兵衛は顔面を覆う血液を手で拭い、獣じみた笑みを零した。

 闇夜に鋭い眼光が浮かび、警備隊たちの体を強張らせる。


 生と死。

 二つが天秤にかけられ、一方へ大きく振り切っているこの状況。

 圧倒的な暴力を前に、誰もが眼前に地獄を見据えていた。




「隊長、すみません!」

 男は叫び、刀を振りかぶった。


 迷いに満ちた刃。

 それは男の想いと共にたちまち穿たれる。

「……」

 天堂は男の胸に深々と突き刺さった槍先を引き抜くと、何事も無かったかのように再び構えた。


「隊長、目を覚ましてください! 我々は隊長を慕い、今まで付いて来たんです! こんなことやめて下さい!」

「…私を慕っていた?」

 一人の警備隊が発した言葉に、天堂は眉をひそめた。


 日頃、部下たちから向けられる熱い視線。

 天堂はそれに気付いていないわけではなかった。

 廊下を歩いている時、稽古の最中。

 研究所内に居るときは常に監視するかの如くその視線が彼女を付きまとうのであった。


 しかし、そこから感じるのは尊敬とは程遠い、下卑た欲望。

 粘度の高い、舐めるような視線。

 それでも、誰一人として彼女へその心の内を明かすことをしなかったのは、彼女が警備隊隊長という地位であることに加え、武術においても決して敵う相手ではないという諦めにも似た劣等感が理由であろう。

 天堂は自身を取り巻く陰湿な視線から、それら全てを理解していた。


 ならば。

 ならばなぜ己を磨かぬのか。

 なぜ己の欲するものを目の前にして挑もうとしないのか。

 天堂椿。

 高嶺に一人咲く私を、なぜ誰もが触れようともせず孤独なままにするのか。


 天堂はちらと万兵衛を見た。

 まるで狂ったように刀を振るうその男は、警備隊員を次々と肉塊へと作り替えていく。


 僅かに笑ったかのように見えた天堂の口元が、ゆっくりと動く。

「私はあなた達が嫌いよ。その言葉が本当なら、最後くらい力ずくで来なさい。私を服従させ得るのは、暴力以外ないのよ」

 その言葉は周囲を取り囲む警備隊員の耳に重く響き、やがて彼らの表情を覚悟の色に変えた。


「脚だ、脚を狙うのだ。動きを止め、一気に取り押さえるのだ」

「了解…!」

「行くぞ!」

 一人の合図で、警備隊員は気合を掛けながら一斉に天堂へ迫る。


 数人が彼女の間合いに踏み込んだ時、槍は半月を描くように鋭く振り払われた。

「ぐっ、あぁぁ…!」

 幾本もの指が飛び、刀を落とした男たちがうめき声を上げた。

 天堂はすかさず、背後に迫る一人へ斜角に斬り上げその息の根を止める。

 腹を斜めに裂かれ崩れ落ちる男の背後からもう一人、小刀を低く構える男が姿を現した。

 それに動じることなく、天堂は距離を取ろうと足元に力を込める。


 その足を、地を這う一人の男が掴んだ。

「へへっ、隊長ぉ…」

「くっ」

 体勢を崩した天堂の腹へ前方の男が組み付き、彼女はそのまま倒れ込んだ。

「今だ、抑え込むのだ!」

 その掛け声に、男たちの士気は一気に上昇する。


 足を掴む手を必死に振りほどこうとする天堂へ、警備隊員が次々とのしかかっていく。

 人が積み重なり、そこには彼女を核とした小さな山が出来上がった。

「はぁ…、隊長…、はぁはぁ…」

 不快な囁きと共に、天堂の耳へ生暖かい吐息がかかる。

「着物の帯でもなんでもいい、隊長の手足を拘束するのだ」

 人の山は形を保ったまま蠢き、やがて沈黙した。


 指を失った警備隊の一人が遅れてやって来て、その山に淀んだ視線を向けた。

 天堂が心底嫌う、あの視線である。

「隊長を捕らえた。我々の手で…」

 あとはどうするも自由。


 内から熱い感情が湧きたったその時、男は異変に気が付いた。

 山が浮いている。


 男が気付いた瞬間、さらに警備隊達は浮き上がっていく。

「な、馬鹿な…」

 山は再び動き、そして崩れ去っていく。

 やがて形を失った時、そこには四人の男を背負った天堂が立っていた。


「ふぅーっ」

 顔面を紅潮させた天堂は大きく息をすると、まずは背中にしがみつく男へ後頭部をぶつけた。

 鼻骨が砕けた男は意識を失い、そのまま他の男たちと共に地面へ落ちた。

 その時すでに、天堂の腹にしがみついていた男の股間は蹴り潰され、残るは未だ足にしがみ付く男のみであった。

 天堂はその男の脳天を貫くと、呆然と地に伏す警備隊員達を飛び越え、彼らの包囲網を脱した。


「とんでもねぇ馬鹿力だ。あいつらに好き放題されちまうんじゃねぇかと、ちと期待したんだがな」

 襲い来る剣撃を受けながら、万兵衛が軽口を叩いた。

「冗談でしょ。私があの程度で屈するわけないじゃない」

「気ぃ付けろ。あの程度で不覚を取っているようじゃ、足手まといだぜ」

「あら心配してくれるのね。嬉しいわ」

「茜を助けるためだ。てめぇのために言ったんじゃねぇよ」

「…ふぅん」

 天堂が振るった槍が、鬱憤を晴らすように警備隊の腕を飛ばした。




「連れてきたぞ!」

 その時、研究所の扉から一人の男が現れた。

 男の背後には人影がもう一つ。

 その姿に、万兵衛の手が一瞬止まる。

「あれは…」


 力なく開いた口、薄い頭髪、虚ろな目をしたそれは、かつて破壊された改造人間。

 人としての尊厳を奪われ兵器と化した男。

 茜の父、善三であった。

 全身を拘束具により縛られ、首元を鎖につながれたそれは、解き放たれる時を待ちきれんとばかりに体を震わせている。


「総員、距離を取れ! 今からこいつを放つ!」

 男は叫ぶと善三の背後に回り、顔中に脂汗を浮かばせながら拘束具を解いていく。

 手足の自由を取り戻した善三は上体をだらりとうなだれ、開いた口から唾液を流した。


「……ぁ」

 誰もが口をつぐむ中、善三の声ははっきりと響いた。

「…ぁ…ぁなぁ。かぁ…ぁた…なぁ…」

 再び善三は呟いた。

 善三を連れてきた男は周囲に目くばせをし、そして頷いた。

「…今からこいつに刀を渡す」

 そう言って自身の刀を鞘から抜き、善三の脱力しきった手へ運ぶ。

「……」

 周囲の人間が息を呑み、ついに善三の指先に柄が触れた。


「警戒を怠るな! これより私も距離を取り…グぁッ」

 瞬間、男の胴が分断され、善三の横には意思のない男の下半身が立っていた。

「ククッ…、フッ、フッ……。アアアァァァァァ‼」

 猛り狂った善三は空を仰ぎ、耳をつんざくような雄叫びを上げた。

 その光景に、周囲は凍てつくような緊張感に満たされる。


 全ての命を平等に奪い去る機械。

 それが今、野に放たれたのだ。


 警備隊は動揺し、それぞれが口早に言葉を発する。

「どうやってアレを止める!」

「それは、連れて来たあいつが知っていたはずなんだが、しかし…」

「くそ、研究所の人間を呼んでくるのだ!」

「だが研究所に入ろうにも、どうやって…」

 善三は未だ刀を持ったままうなだれている。

 しかし荒げた呼吸から、次の命を欲しているであろうことははっきりと伝わる。


 どうかそれが自分以外の誰かであって欲しい。

 警備隊の誰もが祈らずにいられなかった。


「警備隊ってのは頭の足らん連中が集まっているらしい。どうする、厄介なのが出て来たぜ」

 万兵衛は天堂に問いかけた。

「あれがどれほど危険かは私も良く知っているわ。警備隊の連中を相手にするのとはわけが違うわよ」

「実際に斬り合ったんだ、それは分かる。これ以上もたもたしてらんねぇぞ」

「私が行くわ。ただでさえ時間が経っているの。あなたは先に行って研究所へ進むのよ」

 天堂の提案に、万兵衛は僅かに言葉を詰まらせたが、もはや悩んでいる暇はない。

 小さく息をした後、答える。


「…気ぃ付けろよ」

「……言ったわよね、私は機械になんて負けても、これっぽっちも嬉しくないの。死ぬつもりなんてないわ」

 天堂はそう言うと、槍を持つ手に強く力を込めた。

 万兵衛は呆れたようにふっと鼻で笑うと、刀を鞘に収めた。

「頼んだぜ」

 その言葉に天堂は答えず、なおも身動きが取れない警備隊員を横目に歩き出した。


 ゆっくりと猫のような滑らかさで歩みを進め、やがて善三がその足音を聞いたとき、絶えず続いていた彼の震えが止まった。

「隊長…」

 傍らで怯える警備隊員が呟いた。

 天堂はそれを一瞥したが、すぐに眼前の兵器へ視線を戻した。


「私が何とかするわ。逃げるのも、加勢するのもあなた達の勝手よ。でも邪魔だけはしないで」

 それだけ言い、天堂は頭上で遊ぶように槍を振り回した後、その切先をまっすぐに善三へ向けた。

「ぁ…ぁ…ぁぁ…!」

 善三はそれを上目で見つめ、まるで抑えきれないかのように歓喜の声を漏らした。

 口元に歪んだ笑みを浮かべ、握られた刀が軋みを上げる。


 天堂は槍を構えたまま、摺り足で距離を詰めていく。

 まるで灼熱の溶鉱炉に近づいていくように、熱を持った狂気が天堂の頬に伝わっていく。

 その時。

「うおおぉぉぉ‼」

 天堂の視界の隅で、一人の警備隊員が叫び声を上げた。

 槍先を見ていた善三の目がそちらに向く。

 天堂もそちらを見ることはしなかったが、不意の出来事に足を止めた。

 そしてその男は天堂と善三の間に立ち、構えた。


「加勢しますよ、隊長。隊長と肩を並べて戦えるなんて、恐らくこれが最後でしょうから」

 そう言った背中は震えていた。

 絶対的な死に立ち向かう非力な背中。

 天堂はそこに純粋な忠誠心を見た。


「あなたのような部下もいたのね。自己犠牲、なんて本当に馬鹿らしい行いよ。せいぜい命を無駄にしないことね」

「承知しました」

 天堂が再び踏み出した時、さらに三人の警備隊員が間に割って入った。


「お、俺も行きます。最後くらいはお役に立ちますよ」

「俺も、隊長のために死ねるなら、警備隊に入った甲斐があるというものです」

「俺も…」

 四人の男が各々に天堂へ告げた。

 それらは命を賭した最後の告白であるに違いなかった。

 天堂は根拠の無い希望にすがるほど未熟ではない。

 彼らの死を最大限に利用する。

 それが彼女が導き出した、部下たちへの答えだった。


「初撃は我々が何とかします。その隙をついて下さい。お前ら行くぞ!」

「「「おぉ‼」」」

 四人は一斉に善三へ斬りかかった。

 その瞬間、中央二人の上半身が飛び、血のとばりの向こうに善三の姿が現れた。

 大きく振り抜かれた腕は外を向き、その腹は全くの無防備である。

 瞬時に踏み込んだ天堂は降り注ぐ血をくぐり、残る二人と共にそこへ刃を突き立てる。

「ああぁぁぁぁぁ‼」

 善三が絶叫すると同時、天堂の背後で大勢の雄叫びと地響きのような足音が聞こえた。


 奮起した警備隊が突進する最中、善三の脇を一つの人影が過ぎ去った。

「よくやった」

 万兵衛はそのまま一直線に研究所へ駆ける。


「中へ入ったら真っ直ぐ進んで! 突き当りの部屋に向かうのよ!」

 天堂の呼びかけに、万兵衛は振り向かず片手を挙げて返事をした。

 背中に合戦のような喧噪を聞き、すでに開け放たれた扉へ走る。

 そして辿り着いた。

 研究所内部。


 万兵衛はそこへ一歩踏み出し、そして呟く。

「突き当りの部屋…」


 幼いころの記憶が蘇る。

 かつて研究所に囚われ、右腕を機械へと改造されたあの日。

 妹を奪われ、理不尽な絶望が突如落ちてきたあの日。

 忘れるはずもない。

「あの部屋は…」


 万兵衛は言葉を呑み、再び走る。

 茜が待つ『手術室』へ。


読んでいただきありがとうございます。

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