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深淵に燃ゆる刃  作者: トキタケイ
24/31

開戦

「茜のことを研究所の連中に言いやがったな」

 静かな、しかし溢れる憤激を隠し切れない声で万兵衛は言った。

「まさか。そんなことをして私に何の得があるの? それより見て、技術部に頼んで作ってもらったの。今度は途中で壊されたりなんかしないわ」

 天堂は万兵衛の気持ちなど意に介さず、研究所の技術部に作らせた槍をうっとりとした様子で撫でた。


 その槍を褒めるつもりも無ければ、この場でのんびり話し込んでいる暇もなく、万兵衛は入口へ歩いた。

「興味ねぇよ。どいてくれ。今すぐに行かなくちゃならねぇ」

「どこへ」

「研究所だ。茜が連れて行かれた」

「…そういえばいないわね、あの子。それなら、ここで私があなたを邪魔すれば、相手になってくれるのかしら」

 天堂はそう言って悪戯っぽく笑い、入口に手をつき万兵衛の行く手を遮った。


 万兵衛は立ち止まり、怒りを抑えるように大きく息を吐いた。

「頼む、こうして無駄話をしてる時間も惜しいんだ。連れて行かれてからかなり経っている。一刻も早く連れ戻しに行かねぇと」

「行っても無駄よ。研究所の門は一人で開けられるほど軟弱じゃないし、周囲は高い壁で囲われているわ」

「そんなもん、よじ登ればいいだけだ」

「知らないのね。壁の上には電気柵が設置されているのよ。ちょっと痺れる程度の生易しい物じゃないわ。触れたら感電死するほど容赦ない仕組みになっているわ」

「…うまくやるさ」

「馬鹿なのね」

 天堂は鼻で笑い、蔑むような視線を万兵衛へ向けた。


 万兵衛の苛立ちは頂点に達しようとしていた。

 今すぐに刀を抜き、行く手を阻む女の腕を斬り落としてもいいとさえ思った。

 しかし、それこそ天堂が望む展開であるだろうし、現に彼女の表情は期待感に満ち溢れていた。

 刀を握りしめ、万兵衛は必死にこらえる。


「通してくれ、帰ったらいくらでも相手してやる」

「出来ないわ。あなたが電気柵に殺されるなんて御免だもの。あなたには私を終わらせてもらう必要があるの」

 天堂の浮ついた表情が不意に真剣なものになった。


 鋭い視線を受け、万兵衛は思わず息を呑んだ。

 この状況でも、天堂はそれほどまでに揺るがぬ美しさを誇っていた。

 だが万兵衛が言葉に詰まったのはそれだけが理由ではない。

 彼女になにか考えがあるように思い、それにすがりたくなったからだ。


「それならどうすりゃいい」

「帰ったらいくらでも相手をしてくれると言ったわよね」

「…ああ」

「本当にそう約束してくれるなら、今回だけ協力してあげても良いわ」

「協力って、まさか一緒に乗り込もうってのか」

「そうじゃないわ。乗り込むも何も、私は警備隊の隊長なのよ。門番が私の顔を見れば勝手に門を開けてくれるわ」

「本当か。頼む、一緒に来てくれ」

「ちゃんと約束して。帰ったら、お互いの命を懸けた斬り合いをしてくれるって」

「…分かった、約束する。だから早く行かせてくれ。時間がねぇ」

「ふふっ」

 天堂は怪し気な笑みをこぼし、入口を塞ぐ腕を下ろした。


 その瞬間、万兵衛は外へ飛び出す。

 走る脚に、先日受けた傷が痛みを伝えるが、そんなものは些細な問題でしかない。

 背後に天堂の足音を聞きながら、万兵衛は研究所へ続く道を駆ける。





 道は傾斜が大きくなり、周囲は木に覆われ始める。

 この道を登り切ったところに研究所はある。

 そこに茜はいる。


 走り続ける万兵衛の額に汗が伝う。

 気が付けばすぐ横にいる天堂は、汗をかくどころか呼吸を乱すことさえなく共に走り続けている。

「流石、女でありながら隊長にまで昇りつめただけのことはあるな。こんだけ走っても涼しい顔してやがる」

 万兵衛は汗を拭い、若干息を切らしながら言った。


 天堂は表情を変えず、前を向いたままそれに応える。

「だらしないわよ。帰ったら死ぬまで斬り合ってもらうんだから」

「そいつはすまねぇな」

 厄介な約束をしてしまったと、万兵衛は苦笑いをした。


「それより、研究所に侵入したらどうするつもりなの」

「決まってるだろ。茜が見つかるまで中を探し回るんだよ。邪魔をする奴がいれば斬る。そして榊の野郎も殺して終わりだ。今日でようやく俺の復讐は果たされる」

「榊?」

「自分とこの所長の名前も把握してねぇとは、武術以外は何も知らねぇんだな」

「何も知らないのはあなたよ」

「…どういう意味だ」

「見えてきたわよ」

 天堂が言った時、二人の視界に研究所の門が入った。


 遠くに見えるそれは、灯りに照らされ暗闇に浮かぶように佇んでいる。

「私が先に行くから、あなたは見つからない場所から頃合いを見計らって。門が開いたら適当に騒ぎを起こしてちょうだい。私は気づかれないように姿を消すわ。そこからは好きにして」

「うまくいくかね」

「あなた次第よ」

 天堂はそう言い残し、その場に万兵衛を置いて門の方向へ歩き出した。



 やがて門番が天堂に気が付くと、それまでの退屈そうな態度から途端にかしこまった姿勢に切り替わり、棒のように直立して彼女を迎えた。

「お帰りなさい、隊長。今開けますね」

 門番は言い、扉の横で何やら操作をすると、両開きの門は重々しい音を上げながらゆっくりと開いていく。


「ささ、どうぞ」

「ありがとう」

 中へ導く門番へ礼を言う最中、天堂はほんの数瞬背後に目を向けた。

 そこにはこちらに走り寄る万兵衛の姿があった。


 頃合いとしては申し分ない。

 そう思い天堂が視線を戻すと、扉の向こうにもう二人の警備隊の姿があった。

「あ、隊長じゃないですか」

「おかえりなさい」


 不測の事態に、天堂は再び後ろを振り返る。

 しかしこの状況で、自分が裏切ったと悟られずに万兵衛を止める方法などあるだろうか。


「ぐあっ」

 天堂が振り向き終える間もなく、彼女の耳に門番の短いうめき声が伝わった。

 門番は力なく崩れ落ち、万兵衛はそれを見下ろした。

「邪魔するぜ」

 当て身により万兵衛の足元で横たわる門番の首は折れ、すでにこと切れていた。

 突然の侵入者に、二人の警備隊員は唖然としている。


 天堂はため息を吐いた。

 目の前で騒ぎを起こされた以上、自身も警備隊として対応せざるを得ない。

 諦めたように槍に力を込めた時、警備隊員はようやく口を開く。


「これは…、その男は…」

「侵入者よ」

「その風貌、まさか先日の…」

 万兵衛の姿は、改造人間が残した記録映像により全隊員に知れ渡っている。


 目の前の男がそうだと分かるや否や、二人の警備隊は怖気づき後ずさる。

 どうあっても敵う相手ではない。

 それを悟った二人の男からたちまち戦意が失われた。


「た、隊長」

「き、斬りましょう。隊長、斬りましょう」

「分かってるわ」

「早くしないと、我々も殺されますよ」

「そ、そうです。隊長、早く構えてください」

「……」

「何をのんびりしているんです! ほら、早くしないとそこの門番のように…」

「そうですよ! 隊長! 構えてください!」


 二人の部下が吠える中、天堂はゆっくりと槍を両手に持ち、万兵衛に対し左半身を向ける形で構えた。

 槍先が微塵の揺れも見せず己に向けられても、万兵衛は刀を抜こうとしない。

 そこに一切の殺気も込められていなかったからだ。


「隊長、今です!」

 一人が叫んだ瞬間、槍はすぅっと滑るように動き、そのまま加速し後方へ振り払われた。

 風が切り裂かれる音の後、天堂を中心に一陣の風が吹いた。


「え」

 そのか細い声が、警備隊の男が発する最後の言葉となった。


 首を一直線に裂かれた男はそこから勢いよく血を吹き出し、そのまま鈍い音を立てて倒れた。

 血だまりに沈黙するその男を、天堂はこの世のどんなものよりも下らない物を見る目で眺めた。

「お、おい」

 さすがに動揺した万兵衛は、恐る恐る天堂へ話しかけるが、彼女はもう一人の警備隊を見つめたまま動かない。


「た、隊長、何を…」

「うんざりよ」

「…は?」

「もううんざりだって言ったの。目の前に侵入者がいるのよ。排除するのが私達に課せられた義務のはずよね。それが男二人揃って刀も抜かず人頼みなんて。私はあなたを守るために槍を持っているのではないのよ」

「隊長は…」

「ほら、恐らくあなたにとって最大の修羅場がやって来たわよ。あなたはこの状況で大人しく殺されるだけなのかしら。どうするの、見せて」

「あ、あ…」

 槍を向けられた男は恐怖に震えた。


 天堂は凍り付くような冷たい表情で槍を構え、そして一歩にじり寄る。

「あ…あ…」

 もう一歩、彼女が踏み出そうかという瞬間、男が弾かれたように飛びのき、そして悲鳴のような叫び声を上げて走り去って行った。

 周囲に男の声がこだまする中、天堂はゆっくりと槍を下ろした。


「おい、何やってんだよ」

 天堂は万兵衛の声にようやく振り返った。

 万兵衛はその相変わらずの無表情の中に、微かに存在する晴れやかさを感じた。


「部下を殺すなんてよ、おめぇ、もう警備隊にはいられないだろ」

「別にいいの。よく考えれば、あなたとの果し合いが約束されている以上、もう警備隊にいる必要なんてなかったのよ。少し頭に血が上ってしまったけど、なんだかすっきりしたわ」

「俺はてっきり、おめぇがおかしくなっちまったのかと思ったぜ。いや、十分におかしいんだが…」

「こうなってしまったからには、私も協力するわ。早く終わらせて帰りましょう。そしてすぐにでも殺し合いましょう」

「…ぶっ飛んでやがる」

 万兵衛が呆れた様子で笑い飛ばした。


 想定していた状況とは大きく異なるものの、いよいよ研究所内へ乗り込む時がやって来た。

 万兵衛は目の前にそびえる建物を睨みつける。



「あそこだ、まだいるぞ!」

 その時、先ほど逃走した男が大勢の警備隊を引き連れ戻ってきた。

 彼らはたちまち二人の前に群がると、研究所へ行く道を遮った。


「二人倒れている。隊長、これは…」

「…一人は隊長がやったのだ」

「何⁉」

「今の隊長は正常ではない。恐らく隊長も改造手術を受け、誤作動を起こしている状態なのだ」

「くそ、感情の抑制にはまだ問題があるとは聞いていたが…」


 神妙な面持ちで的外れな見解を述べる警備隊員達に、天堂は眉ひとつ動かさなかったが、万兵衛は抑えきれずに噴き出してしまった。

「くく、混乱してやがる。おめぇが改造人間だってよぉ」

 万兵衛の僅かな動作に、敏感な警備隊数名が慌てて刀を抜き、そして慎重に構えた。


「あの男が隊長を…」

「恐らく」

「ならば我々が救うしかあるまい」

「そうだ、今の隊長になら何をしても…、いや、多少手荒な真似をしても隊長を取り戻すのだ」


 恐怖、劣情、使命感。

 それぞれの感情で警備隊は刀を抜く。


「それらしくなってきたな」

 万兵衛も口元に笑みを浮かべたまま、ゆるりと刀を抜いた。


「……」

 無言で構える天堂は何を想うのだろうか。

 明らかなことは、これから同胞を斬ることに一切の背徳を感じていないことである。

 すべては万兵衛との決着のため。

 彼女は今、機械よりも合理的に生きていた。



「最初はどいつだ!」

「おおおぉぉ!」

 万兵衛の一声に一人の勇敢な男が飛び出し、そして一閃のもとに真紅の花びらを散らし、果てる。


 頬に付着した返り血を拭い、万兵衛は息を吸い込んだ。

「めんどくせぇ、まとめて来いや!」

「「おおおおおおぉぉぉぉ‼」」

 燃え盛る闘気を昂らせ、万兵衛は迫り来る刃の波を迎える。

 横には粛々と滾る炎がもう一つ。


 二つの業火がいよいよ研究所を飲み込まんとしていた。


読んでいただき、ありがとうございます。

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