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深淵に燃ゆる刃  作者: トキタケイ
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天堂椿①

 万兵衛は雲一つない月夜を駆ける。

 河原の集落は静まり返っていたが、今そこで呑気に寝入っている住人など、一体何人いるだろうか。

 やがて、この場所に立ち並ぶ中でも、最も端に位置するボロ屋が見えてきた。

 万兵衛が天堂の挑戦に応じなければ、始めに命を奪われるであろう人間が住む家である。

 それを横目に、足を止める事もなく万兵衛は走る。


「茜…」

 風にかき消されそうなほど小さくつぶやく。

「俺にあのじじいを助けろと言うのは、槍の女を斬り殺せと言っているようなもんだぜ」

 ここにはいない少女に向けた言葉は、彼の心にある迷いを表していた。

 目先の命を救わんがために、伴う犠牲がある。

 しっかりしているようでも、それが分からない茜も、やはり子供なのだ。


「いや、それとも…」

 もしかしたら、茜は万兵衛が誰も殺さずにこの一軒を解決することを期待しているのかもしれない。

 万兵衛は呆れたように笑った。


 天堂という女。

 初めて彼女の前に立った時、その禍々しいほどの殺気に万兵衛は思わず息をのんだ。

 一筋縄ではいかない相手であることは立ち合わずとも十分に理解出来たのだ。

 そんな相手を殺さずに決着をつけるなど今の万兵衛に可能であろうか。


 万兵衛自身、答えの見つからないまま約束の場所へ到着した。

 かつて天堂と出会った、木々に囲まれた山道。

 空は長く伸びた枝に覆われ、その隙間から覗く月が僅かに地上を照らしている。

 その灯りの中で彼女は立っていた。


「遅かったわね。今からあの老人を殺しに行くところだったわ」

「時計なんぞ持っていないもんでな。それにあんな手紙を見せられて、あのじじいが呑気に眠って待っている訳もねぇだろ」

 万兵衛は身構え、暗闇の向こうに立つ天堂に目を凝らした。

 この状況で刃を交えることを想像し、背中に冷たい汗が伝う。


「これだから貧民層の人間は…。まぁいいわ、会いたかったわよ。とても」

「俺はおめぇに会いたいだなんて、これっぽっちも思わなかったがな」

「そんなこと言わないで。今夜をどれほど待ち望んだか。あなたの映像を眺めるたび、私は幾度となく身を焦がすような斬り合いを思い浮かべたわ」

 天堂はそう言って槍を優しく撫で、目を潤ませた。


 その妖艶な雰囲気に飲み込まれまいと、万兵衛はすかさず口を開く。

「頭がおかしいようだな。おめぇも改造でもされたか」

「…やけにつっかかるのね」

「俺はお前が嫌いだ。仲間のために俺を殺すのは分かる。だが、そのために他の人間を巻き込むようなやり方は気に入らねぇ」

「仲間のため? 私が他人の敵討ちのためにこんなことをしているとでも思っているの?」

「なんだと?」


 戸惑う万兵衛を見て、天堂は深くため息を吐くと気だるげに言う。

「気付ている通り、私は警備隊の人間よ。隊長として多くの部下をまとめているわ」

「やはりか、しかも隊長直々にお出ましとはご苦労なこった。警備隊も案外、肝のちいせぇ連中ばかりと見える」

「今日ここに来たのは、完全に私の独断よ」


 万兵衛は天堂の言葉の意味が理解できなかった。

 警備隊というのは、こんな夜中に私情で動くことを許されるような無秩序な集団だとは思っていなかったからだ。

 それに、そうだとしたら彼女がここに来た理由とは何であろうか。

「話が全く見えてこねぇ」

「私がなぜ警備隊なんかにいると思う?」

 天堂が微笑み、その瞳を月明かりが怪しく輝かせた。


 万兵衛は言葉に詰まり、その場にただ立ち尽くす。

「敗北するためよ。それも完膚なきまでに」

「は?」


「私には生まれつき槍の才能があった。その才能を父に徹底的に磨かれ、そして気が付けば私に敵う相手なんかいなくなっていた。初めはそれがとても誇らしかったわ」

 月を見上げた天堂は微笑んだままであったがその目はどこか悲しげであった。

 彼女のその儚げな姿には、これから始まる戦闘を忘れてしまいそうなほどの危うい美しさがあった。


「強き者が弱き者を食らうこの国で、多くの人間が私に期待したわ。望むと望まざるとに関わらず、私はあらゆる脅威から弱き者を守るという使命を課せられたの」

「……」


「勝手だわ。誰もが私に守られながらのうのうと生きていた。この時代は弱い者から淘汰されていくというのが掟のはずなのに。いつしか私という人間の元で、なに不自由なく生活している人々を憎らしく思うようになったの」

 天堂の口から紡がれゆく言葉に、万兵衛は答えない。


 刃を手にする理由なんてものは、人の数だけ存在する。

 この国では、各々の信念をぶつけ合い、打ち勝った者だけが生きて行ける。

 天堂の言っていることは間違ってはいないが、それは万兵衛とはなんの関係もなく、決して万兵衛の信念とは打ち解けることは無いのだ。

 つまるところ興味がなかった。


「一方で羨ましくもあった。私も絶対的な強さに従ってなんの不安も感じることなく生きたかった。だから警備隊に入ったの。そこでは私では到底敵わないような人間がいて、私はその人に従って生きていけばいいと思ったから」

 反応を示さない万兵衛に、天堂はなおも続ける。


 それは今まで誰にも明かすことのなかった心の内であったのだろうか。

 堰き止められない気持ちが言葉となり万兵衛へと投げかけられる。


「でも違ったのよね。どいつもこいつも弱すぎる。ここでも私に課せられた使命は『守ること』だったわ。もう疲れたの。もはや安寧が欲しいだなんて言わないから、せめて私より強い人間が知りたいのよ。どうあがいても勝つことの出来ない、私に守るなんてことはおこがましいと思わせてくれるような、絶対的な力が」

「…そろそろいいかい。そんだけ喋りゃあもう十分だろ」

「あなたが唯一の望みなのよ、万兵衛さん。どうか私を終わらせて」

 そう言って天堂の槍が風を斬り、その切先が万兵衛へと向けられた。


 それに応じるように、万兵衛も首を鳴らしながらゆっくりと刀を抜く。

「死にたがりを斬るつもりはねぇ。くれぐれも手を抜くなよ」

「言ったでしょ。私が望むのは真剣勝負での完全敗北よ」


 木々は揺れざわざわと音を立てていたが、二人の間の空気は静止し破裂寸前まで張り詰めていた。

 ここに二つの炎は相対し、今にも激しい火花を散らしながら衝突しようとしていた。


読んでいただきありがとうございます

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