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深淵に燃ゆる刃  作者: トキタケイ
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師の葛藤

「起きてください、万兵衛」

 月舟の声に起こされ、万兵衛は目を覚ました。

 体を起こすと顎に鈍い痛みを覚え、刀も取らずにそれをさする。

「くそ、今日も駄目だったか。」

 万兵衛はそう言って立ち上がると、すぐに刀を構えた。

 月舟が伸びた万兵衛を待つときというのは、次の立ち合いがあるという暗黙の了解があったからだ。


 しかし月舟はそんな万兵衛に背を向け、勝手口へ向かうのであった。

「おい」

「今日はもう結構です。中でお茶でも飲みましょう」

 そう言い残し家の中へ消えた月舟を万兵衛は訝しげに見たが、相手もいなくなってしまった以上、大人しく従うしかなかった。




「待て、どういうつもりだ。俺はまだ出来るぜ」

「まぁ、とりあえず椅子に座りなさい」

 家へ入るや否や口にした万兵衛を、月舟が諫めた。

 未だに納得がいかない様子であったが、万兵衛は顔をしかめつつも月舟の向かいへ腰を下ろした。

 隣に座っていた茜が「おかえり」と言ったが特に何か返すようなことはしない。


 何か特別な話があるはずだ。

 渋々、月舟の言葉に従うのは、そのような思惑があったからだ。

 そうであったものの、もともと気の短い男である。


 万兵衛は月舟が何か言うよりも先に自ら口を開いた。

「何か話でもあるのか」

 投げかけられた言葉に、月舟はすぐには答えず優雅なほどにゆっくりと茶をすすった。

「今日は茜ちゃんが淹れてくれました。あなたも飲みなさい」

 万兵衛は苛立ちを覚え、目の前にある湯呑みを乱暴につかみ一気に飲み干した。

 冷め切っておりやたら濃い、月舟が普段淹れる茶と比べ雲泥の差であった。


 だがそんなことはどうでも良い。

 音を立てて湯呑みを卓に叩きつけると、万兵衛は月舟を睨むように見た。

「飲んだぜ」

 怒気の込められた視線を受け、月舟は一息つくと万兵衛とは反対に湯呑みを音もたてずにそっと置いた。


「私は嬉しいのです」

「面倒くせぇ、本筋を述べろ」

「まあ聞きなさい。正直驚きました。たった一回の戦闘があなたをここまで成長させていたなんて。いや、もともと備わっていたものが解き放たれたのか、どちらにせよ、以前のあなたとは見違えるほどに強くなっていることに喜びを感じているのです」

「だからなんだ」


「単刀直入に聞きますが、あなたはまだ妹さんの仇を討ちたいと強く想っていますか」

「は?」

 予期せぬ月舟の言葉に万兵衛は唖然としたが、内から沸き上がる静かな怒りを感じた。


「冗談にしては下らねぇが、そうでなければ本気で聞いてんのかい」

「もちろんです」

「ふっ、まさかおめぇ、俺が毎日のようにここに通い、十分に強くなったところで満足したとでも思ってんのか。忘れたわけでもあるめぇ。俺が強くなりたかったのは、妹の命を奪った研究所の連中を斬り殺すためだ。あまりふざけたこと言うんじゃねぇよ」

「ふざけてなんていません。いいですか、冷静に聞いて下さい。この国で、あなたほどの腕を持つものはそうは居ません。それほどにあなたは強くなったのです。然るに、あなたが向かう先は自らの命を落とすやもしれない復讐の道です。私はあなたほどの人間を死なせたくない」

「だから諦めろってか」

「あなたの腕はこんな場所で散らせるべきでものではない。受け継がれるべきものです。世界的に各国が鎖国状態の今、この国で主流となっている武器はまさに刀です。しかしそれは強き者が弱き者から搾取するための手段と化してしまっているのが現状です。それは間違っている。誰かが弱き者を導かなくてはならない」

「俺にそれをしろと」


 万兵衛は深くため息を吐き、心底呆れた様子で口元に笑みを浮かべた。

 それを見つめる月舟は真剣な面持ちで、万兵衛が発する次の言葉を待った。


「馬鹿らしくて話にならねぇ。妹を殺された過去を水に流し、道場でも開いてのうのうと暮らせとでも言いてぇのか」

「……」

「舐めんじゃねぇぞ!」

 万兵衛の怒声に茜が「ひっ」と鳴き飛びあがり、手に持っていた煎餅を落とした。

 だが月舟は表情を変えずにただ万兵衛を見つめる。


「俺の人生は復讐だ。俺の刀は殺すための刀だ。全て俺の物であり妹の物だ。間違っても他人に託すようなもんじゃねぇ。それなら、あんたが自分でそうするべきじゃねぇのか」

「それは出来ないのです」

「何故だ」

「言えません。言えませんが、私にはどうしても出来ないのです。私は、あなたに弱き者の希望となってほしいのです」


 いや、と月舟は続ける。

「正直に言いましょう。あなたは間違いなく私にとって一番の弟子です。私の意志を継ぐに足る唯一の人間なのです。私は失いたくはない。もうこれ以上…」

 月舟は悲し気に俯いた。

 そこには万兵衛には推し量ることのできない過去があるように思えた。


 しかしそんなことに興味は無かった。

 万兵衛は己の意思で、己の腕で復讐を果たそうとしている。

 誰かに託そうなどとは思わない。

 どのような理由があるにせよ月舟が言っていることは、万兵衛にとってはただの我儘でしかなかった。

 己の非力を憂いているようなものだ。


 万兵衛は目の前に座る最強の剣士が、途端に弱々しい存在に見えた。

 それは万兵衛の胸に言いようのない寂しさを伝えるのであった。


「おい」

 呟くように小さな声に、月舟は顔を上げ、弱々しい光を宿す瞳を向けた。

 万兵衛はそれから視線を逸らし、どこを見るでもなく告げた。

「俺は誰かに俺の剣を伝えるつもりはねぇ。だが俺が斬ろうとしているものは、ここらを牛耳る研究所の人間だ。それはあんたが言う間違った強者であるんじゃねぇのか」

 そこで言葉を切り、一旦息を吐くと再び口を開く。


「つまりだ。俺が復讐を遂げるとき、道は違えどあんたの望みも叶えられるんじゃねぇのか」

「しかし…」

「違うかい」

 月舟がまた俯いた。

 そして何も言わずに考え込んでしまった。


「なれば、俺は強くなる必要がある。それにはあんたが必要なんだ。俺はあんたを越えなくてはならない。それなのに、あんたがそんなんじゃ困るんだ。ここまで俺に加担しておいて、それはないぜ」

「それは…」

「あんたは自身の野望のために、順調に進んでいるんだよ。俺を鍛えることでな。俺にすべてを託さずとも、あんたは十分に己の我儘を通しているんだよ」

 月舟の瞳が一瞬揺れたが、やがて力を取り戻し万兵衛を力強く見つめた。

 それは何かを決意したように熱く、真っ直ぐな瞳だった。


 しばし万兵衛を捉えていたその目は不意に細まり、月舟は噴き出すように小さく笑った。

「ふふ、私はあなたの弁舌まで鍛えたつもりは無かったのですが」

「あんたは知らねぇかもしれないが、俺は意外とお喋りなんだよ」

 月舟の冗談に、万兵衛は軽口で答えた。


「あなたを試したのです。本当に研究所へ乗り込む覚悟があるのか」

「分かりやすい嘘だが、そういう事にしといてやるよ。なんならあんたも一緒に来るかい」

「やめておきます。国に楯突くなんて馬鹿なことは私には出来ない」

「あんたも立派な共犯者なんだぜ」

「他の人には言わないで下さいね」

 二人は部屋中に響き渡るほどの大声で笑った。

 一部始終を聞いていた茜も話の内容は飲み込めなかったものの、楽し気な雰囲気にようやく二枚目の煎餅に手を伸ばした。


「何を悩んでいるのか知らねぇが、明日からもよろしく頼むぜ。うじうじして、うっかり斬られたなんて困るからな」

「生意気なことを言いますね。まだ私にかすり傷一つ付けるだけで精一杯だというのに」

「へっ、時間の問題だぜ」

 万兵衛はそう言って立ち上がり、茜の首根っこを掴むと玄関へ向かった。


「それじゃ、明日も朝から来るからな」

「申し訳ないのですが、明日は用事があるのでここにはいません。明後日また来てください」

「なんだよ。まあしょうがねぇ。分かったぜ、またな」

 言い残し、名残惜しそうに卓上の煎餅を見つめる茜を引きずって万兵衛は家を後にした。


 月舟は微笑みを浮かべそれを見送っていたが、戸が閉まった瞬間その表情を曇らせた。



 眉間に皺をよせ、閉じられた戸を見つめている。

「やはり私も選ばなくてはならない、か…」

 独り言は部屋に響き、後には何も残らなかった。

 月舟の中には未だ、煮え切らない想いが存在しているようであった。


読んで頂きありがとうございます

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