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深淵に燃ゆる刃  作者: トキタケイ
14/31

破壊した男

 とある一室。

 その薄暗い部屋で、十人ほどの人間が机を囲んで座っている。

 どれも険しい表情で、これから始まろうとしている『報告』を待つ。


 全員が視線を向ける先、部屋の前方に設置された大画面に光が点いた。

「では、先日行われた『試作機』の野外での試運転について報告いたします」

 画面の横に立つ男が静かに言った。男が着ている白衣は、これ以上汚す場所がないほどに汚れ切っていた。色とりどりのそれは芸術的にさえ見える。


 汚れた男は続ける。

「試作機、以下『一号』と呼びますが、門の外へ出た時点での一号にはなんの問題も見受けられませんでした」

「ちょっと待て。一から全て説明するつもりか。一号の動作性については、ここにいる全員が理解しているんだぞ」

 先頭の位置に座る人物、恰幅の良い中年が眉間に皺を寄せて言った。


「と申しますと」

「我々が知りたいのは、一号がなぜ、どのようにして破壊されたかだ。それによって今後の課題を決定する必要がある」

「そ、それでは一号に残された記録映像を検証することから始めましょう」

 汚れが目いっぱい委縮して答えた。どうやら先頭の男はこの場で上位に立つ者であるようである。恐らくこの集団の長というような人物なのだろう。

「少々お待ちを」

 汚れが手元の機械に力を込める。


 画面は次々に切り替わっていき、やがて一人の男を映し出した。

「これは一号が残した戦闘時の映像です。それでは再生を始めます」

 汚れが言うと、画面に映し出された画が動き出した。

『ぁ…ぁ…』

 低い声と共に、男を映した画面は揺れる。

『ぁ…』

 もう一度短く響いた後、一瞬の風の音を残し男が目前に迫った。

 『一号』が瞬間的に男まで接近したのだ。


『ガキィッ』

 耳をつんざくような音と同時に映像が大きく揺れ、その揺れが収まった時、そこには右腕で刃を受け止める男の姿が映し出された。


「何が起きたのだ」

 長がたたき起こされたような不機嫌な声を上げた。

「一号が男に斬りかかったのです」

「男の腕はなぜ切断されない」

「分かりません。服の下に鉄板でも隠し持っていたのかも」

「一号の力なら、5ミリ程度ならば鉄であろうと切断できるはずだが」

「もっと分厚い鉄を纏っていたのでは」

「なんのために」

「不明です」

 長の苛立ちを含んだ問いに、汚れは震える手で汗を拭った。

 そして拭った汗を汚れた白衣に擦り付けると、長の発言を待った。


「……まあ良い。続けろ」

「はい」

 汚れは解き放たれたように息を吐き、再び画面に目を向けた。

 映像は、男がひたすらにいたぶられる様を映し出す。


 腹、顔面を殴打し、全身を切り刻んでいく。

 目の前で血に染まっていく男の様子を、部屋の人間は眉ひとつ動かさずに見つめる。

『俺がこんなところで死ぬ訳ねぇ。茜がしこたま魚を釣って待ってるんだ。なんとしても生きて帰らせてもらうぜ』

 男が言うと、不意に一号の手が止まった。


 汚れは再び尋問じみた質疑が来ることを予感し、映像を停止させた。

「どういうことだ」

 予感した通り、長が低く唸るような声で汚れに訊いた。

「一号が男の発言に反応して、一瞬ですが自我を取り戻したようです。やはり思考操作に問題があったかと」

「それについては、さらにサンプル数を増やしてチップの適切な移植位置を確立させろ」

「はい」

 長の言葉を受け、汚れは見せつけるように紙上になにやら書き記す。

 ありがたい助言を頂いたという意思表示であるのだろう。


「それで、このあとなんですが…」

「知っている。続けろ」

 長が言うと同時に映像は動き出し、再び血に塗れた男が映し出された。


 男は地を這うように転がり、一号の後方に回り込む。

 その先で刀を拾い上げたところへ、一号の刀が迫る。

 その瞬間、男が残像を残し高く飛び上がった。

 最後に映し出されたのはそれが刀を振りかぶる姿であり、次には画面は全くの黒に切り替わった。


 真っ暗な画面を前に、部屋は静寂に包まれた。

「一号は、男により頭部を破壊され行動不能になりました」

 気まずさを打ち破るように、汚れが恐る恐る口を開いた。


 椅子に座るそれぞれへ視線を移していき、最後に長へ辿り着いたとき、その口がゆっくりと開いた。

「動作不良でも起きたのか」

「各部位の動作に不備があったとは考えられません」

「それなら何が問題だ。機械のくせに、まさか意表を突かれたとでもいうのか」

「ベースが人の脳ですから、完全には否定できません。しかし状況判断については、問題は無かったはずです。もしかしたら、『詰み』という結果に辿り着いてしまったのかもしれません」

 汚れが額を伝う汗をまた拭った。

 呼吸を荒げ、長が次に発する言葉を待つ。

「そんな馬鹿な。真人間の処理速度が機械に勝ったというのか」

「そうとしか…」

「そんな訳はあるまい。ようやく完成したと聞いていたが、とんだ失敗作ではないか。そこらの浮浪者に壊される程度では、警備隊の練習台にもならんぞ」

「いや、警備隊の中でもアレを壊せる人間なんて…」

「無駄な時間だった。もう一度、一から作り直せ。まずは明日までに計画書を提出することだ」

「そんな…」

 言葉を失った汚れを尻目に、長は立ち上がり部屋を出て行った。


 それに続き他の者たちも続々と部屋を後にすると、後には放心状態の汚れだけが残った。

 汚れはため息を吐き、書類を脇に抱えると部屋から出て扉を閉めた。


「開発部の方よね」

「ひっ」

 不意にすぐ横から声がし、汚れは飛び上がった。

 すかさずその声がした方向へ視線を向ける。

「うふ、驚かせてごめんなさい」


 そこには一人の女が立っていた。

 警備隊隊長の天堂である。

 天堂は壁にもたれかかり、潤んだ瞳で汚れを見つめていた。

 その瞳の吸い込まれるような魅力に汚れは釘付けになっていたが、心中の不純を悟られまいと急いで問うた。

「け、警備隊の隊長が、なんの用でしょうか」

 汚れが言うと、天堂はゆっくりとそちらへ近づく。

 着物の切れ込みから誘惑するように脚が覗いている。

 そして天堂の絡みつくような視線が汚れを捉えた。


「何を話し合っていたの」

「先日の試作機の試運転についてだ、です」

「確か、それは何者かに壊されちゃったのよね」

「そうです、けど」


 今年で二十五になる汚れの心臓はまるで思春期の少年のように高鳴っていた。

 これまで女に縁の無かった彼にとって、天堂の容姿、声、吐息、全てが刺激的であった。


 身動きの取れない汚れを見て、天堂は思わせぶりに微笑む。

「ねぇ、その試作機が残した映像があるはずよね」

「そうですが」

「私にくれないかしら」

 天堂が汚れにさらに近づく。

 汚れの鼓動も速くなり、自分の体温が上がっていくのを感じた。


「しかし、あれは外部には決して漏らしてはいけない情報でして…」

「お願い。試作機を壊した男は私の部下も殺しているの。どうしてもその姿を確かめたいのよ」

「お気持ちは分かりますが…」


 汚れの心は揺れに揺れていた。

 それどころか淫靡とまでいえる天堂の眼差しに、理性も崩壊しそうなほどであった。


「駄目かしら」

「うっ…、そ、外に漏らさないと約束してくれるなら…」

「良いのね」

 天堂の表情がぱぁっと明るくなった。

 達成感のような快感に、汚れの心も躍る。

「そ、それでは映像のコピーを隊長の部屋に届けますので、部屋番号を…」

「その必要は無いわ。また今度あなたの所を訪ねるから、その時にお願い」

「えっ」

「約束よ。それじゃ」

 天堂はそう言って汚れに背を向け歩き去って行った。

 汚れの鼻に天堂が起こした香しい微風が届いたとき、彼の中に新たな性癖が芽吹いた。

 悶々とした気持ちを抱え、汚れた白衣は男くさい自室へと向かう。



「あんなに貧弱な人間に媚びを売るなんて、吐き気が止まらないわ」

 天堂は怒りに顔を歪め、荒々しく廊下を進む。

 瞳は鈍く光り、拳は固く握られている。


 不意にその口元が攻撃的に笑った。

「でもこれで少しは探しやすくなるかしら」

 さらに固く握られた拳は、行き場のない感情に震える。

「待ってて。すぐに会いに行くわ」



 歪んだ熱情は、燃ゆる刃へと着実に近づいていた。


読んで頂きありがとうございます。

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