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深淵に燃ゆる刃  作者: トキタケイ
13/31

昇熱

 正午も少し過ぎた頃、月舟は静かな家の中で一人茶を飲んでいた。

 背筋の通った姿勢で椅子に座り、視線を入り口の扉に向けている。

 いつ開くとも分からない、もしかしたら開くことはないかもしれない扉を見つめ、時折思い出したように茶をすする。

 そこからは、月舟の隠し切れない不安が見て取れる。


 そんな不安を晴らすように、扉は唐突に開かれた。

「よぉ、戻ったぜ」

 万兵衛は扉を開けそれだけ言うと、戸口に力なくもたれかかった。

 月舟は、全身に傷を負いまさに満身創痍といった様相の万兵衛を見て一瞬驚いたようだったが、それをすぐに押し隠した。


「随分とボロボロではありませんか。その様子では、警備隊一人を相手に酷く手こずったみたいですね」

「そんなことねぇよ。ちと想定外の相手と斬り合う羽目になってな。それより、包帯なんぞ持ってたら助かるんだが」

「分かりました。手当をしますからこちらに来なさい。話はそれから聞きましょう」

 そう言って立ち上がった月舟の表情からは、隠し切れない高揚感が覗いていた。



「それで、先ほどあなたは警備隊の人間を難なく斬り伏せたようなことを言ってましたが」

 万兵衛に手当を施し、月舟は再び椅子に腰かけ湯呑みを手に取った。

「おう、その通りよ」

 全身に包帯を巻かれた万兵衛は自慢げに言うと月舟の向かいに腰かけた。

「あんたは散々おどかしてくれたが、正直たいしたことなかったぜ。確かに並の相手ではなかったが、あんたと比べたら何もかもが遅かった」

「そうでしたか。そういうことにしておきましょう。では、一体誰があなたにそれほどの傷を負わせたというのです」

「あれは…」

 万兵衛は湯呑みから月舟へ、鋭い視線をぶつけた。

 そして続ける。


「俺と同じく体を機械に改造された人間だった。凄まじい怪力に動体視力、人並み外れた状況判断力。あれはまさに兵器だ。死を覚悟するほどに強かった」

「その相手に、いいようにいたぶられて逃げ帰ってきたと」

「舐めんな。きっちり斬って、打ち負かしてやったっての。頭を二つに割ってな」

「そうとう運が良かったのですね」

 月舟の言葉に、いつもの万兵衛なら青筋を立てて言い返すところであるが、この時は妙に神妙な表情で答えるのだった。


「そうかもしれねぇ。だが、自分が殺されちまうかもしれねぇというあの土壇場、俺には全てが手に取るように感じることが出来たんだ。冴えていた、なんてもんじゃねぇ。考えずとも体が反応したんだ」

「…なるほど」

 話を続けるにつれて興奮していく万兵衛に、月舟はあくまで落ち着いた様子で相槌を打つ。諫めるつもりでもなく、ただその話に耳を傾けていた。


「その結果、苦戦を強いられながらもあなたはその兵器に打ち勝つことが出来た」

「そうだ。まるで生まれ変わった気分だぜ。今ならあんたにも一太刀浴びせることが出来るかもな」

「フフ、怪我人相手に不覚を取るような私ではありませんよ。それに、一度の勝利でそんなに鼻を高くされては困りますね。今日はたまたま一対一の勝負に持ち込めたから良かったものの、本格的に研究所内に乗り込むとなると一対多の勝負は避けられません」

「雑魚が何人かかってこようと怖かねぇや」

 その言葉に、それまで穏やかさを保っていた月舟の表情が曇った。


「調子に乗りやすいのがあなたの悪いところですね」

 睨みつけるような鋭いまなざしが万兵衛に向けられる。

「あなたが今日斬ったのは、警備隊の中でもせいぜい見張りを任される程度の者に過ぎません。それがもし隊長格の人間であったなら、今頃あなたはそうやってふんぞり返り茶をすする事なんて出来ていませんよ。もう一度言いますが、運が良かったのです」

「今の俺がもし警備隊の隊長と戦ったらどうなる」

「確実に殺されます。一瞬で勝負を決められるか、玩具のように弄ばれてから止めを刺されるか、過程は分かりませんが結果は明確です」

「警備隊でもねぇあんたに、なぜそれが分かる」


 月舟の発言に、万兵衛も眉をひそめ疑問を投げかけたが、それも当然のことであった。

 万兵衛の行き過ぎた慢心を咎めんがための方便である可能性もある。

「私もあなたよりは長く生きていますからね。会ったことくらいはあります。その道を極めた者というのは、身に纏う空気からして異質なのです。あの者からもそれをはっきりと感じました。それと比べたら、あなたなんて生まれたての赤ん坊のようなものです」

「…そうかよ」

 万兵衛はゆっくりと理解するように茶を飲み込んだ。

 そして静かに湯呑みを置くと、月舟へ向かって微笑んで見せた。


「心配すんな。あんたが思っているほど、俺は思い上がっちゃいねぇよ。少し気分がいいだけだ。久しぶりの真剣同士の勝負だったもんでな」

「少しは成長したんでしょうか」

 そう言って、月舟は万兵衛に微笑み返した。

「そういうことだ。感謝するぜ。あんたのおかげで俺はまだ頑張れそうだ」

「それは良かった。次の稽古が楽しみです」

「気を付けな。次こそはバッサリいかれちまうかもしれないぜ」

「フフフ、それはあり得ません」

 気付けば、重く沈んでいた部屋は穏やかさに満ちていた。


 思えば万兵衛と月舟がこのように話をすることなど今までなかった。

 月舟の言うように、一つの戦いが万兵衛を精神的にも成長させたのだろうか。


 やがて茶を飲みほした万兵衛が立ち上がり衿を正した。

「そろそろ帰るぜ。茜が家で待ってるからな」

「仲良くやってるみたいですね。それなら、茜ちゃんにお煎餅を持って行ってあげなさい。きっと喜びます」

「ただガキの扱いに慣れてきただけだ。ありがたく頂いていくぜ。それじゃ」

 万兵衛は月舟に礼を言い風呂敷に包まれた煎餅を受け取ると、玄関へ向かった。

「万兵衛」

「どうした」

「やる気があるのは十分ですが、まずは傷を治しなさい。しっかりと体を癒したらまた来なさい」

「そうだな、ぼちぼち休んだらまた来るわ」

 万兵衛はそう言って部屋を後にした。


 閉じられた戸には、しばらく月舟の穏やかな視線が向けられていた。

「警備隊だけでなく、まさかアレまで斬り伏せてこようとは」

 不意に、月舟の目に翳りが走った。

「しかし万兵衛、あなたの敵はまだまだ多い。恐らく、いや、いずれ必ず『彼女』とも戦うことになるでしょう」

 そして背もたれに深く身を沈め、息を吐いた。

「さて、どうしたものか」

 閉じられた両眼の奥で、果たして月舟は何を見ているのであろうか。

 湯呑みの中で立つ茶柱が不穏に揺れていた。



「帰ったぜ。どうだ、たくさん釣れたか」

 ボロ屋に帰った万兵衛は挨拶もそこそこに、茜に釣果を問うた。

「二匹も釣れたよ!」

「それは…、凄いな」

 茜の眩い笑顔を横目に、万兵衛は部屋の中央へふらふらと歩き落ちるように座り込んだ。


「少なかった?」

「いや、一匹ずつ食えるだけでもありがてぇ。それに、月舟のおっさんから貰った煎餅もあるしな。今夜は御馳走だ…」

 万兵衛は不安そうに顔を覗き込んでくる茜へ、持てる限りの力で弱々しく笑った。

「わぁ、お豆が入ってるやつだ! ……あれ、万兵衛、怪我してるの?」

 その言葉に万兵衛はハッとし、今朝自分が山へ狩りに行くと言って家を出たことを思い出した。

「ああこれな。めちゃくちゃでかい熊が出たんだが、あと少しの所で逃がしちまった。いやぁ、惜しかったぜ。へへへ」

「……」

「へへ…」

 茜は万兵衛のわざとらしい笑顔をまじまじと見つめる。


 少女を騙すにしても嘘としては稚拙過ぎたかと、万兵衛は顔に冷や汗を垂らしながら見つめ返した。

「あのな…」

「すごいね、熊と戦うなんて!」

 茜の表情がまた明るくなり、それを見た万兵衛はほっと胸を撫でおろした。

「だ、だろう? だがすまねぇ、今日は肉は無しだ」

「いいよ、そんなに大変だったんだもん。やっぱり万兵衛は強いね」

「そ、そんなこたぁねぇよ」

 さすがの万兵衛も、粗末な嘘で子供を騙したことに対して負い目くらいは感じる。

 彼が珍しく謙遜したのは、屈託のない笑顔に僅かながら心が痛んだためであった。


「それじゃあ、魚焼こっか」

「そうだな」

 胸の中に微かにもやっとしたものを抱えながら、万兵衛は火をおこし始める。

 その背中に茜は熱い視線をぶつけるのであったが、それを感じた万兵衛はさらに胸を締め付けられた。



「それにしてもおめぇ、釣りはそこそこやってたみたいだな」

 万兵衛は魚を頬張りながら茜に尋ねた。

 二匹とはいえ、こんな少女が人数分の食料を確保して待っていたのだ。

 それは立派なことだ。

 万兵衛はそう思った。


「お父さんが教えてくれたの。上手だって褒めてくれたよ」

 茜はそう言って、両手に持った魚を齧った。

 その幼い横顔を見て、万兵衛は門の前で刀を交えた改造人間のことを思い出した。

 寂れた村で娘と暮らしていたという男のことを。


 あの男は、『茜』という言葉に確かに反応し攻撃の手を止めた。

 ただの偶然なのかもしれない。

 だが、万兵衛はそれをどうしても忘れ去ろうとすることが出来なかった。

「なぁ、お前の父ちゃんはどんな奴だった」

 万兵衛が聞くと、茜は手をとめて明るい笑顔を見せた。

「優しかったよ。いつだって茜を見て、それで、にこってしてくれるの」

「…そうか」


 茜の答えは万兵衛の期待していたものではなかったが、それ以上問いただすことはしなかった。

 あの機械が茜の父親であったかもしれないという可能性から目を背けたかったのかもしれない。

 何よりも、万兵衛は目の前の少女に「お前の父親は死んだ」などと告げるような酷いことはしたくなかった。


「お父さん、どこに行っちゃったんだろ」

 伏し目がちに茜が呟き、夏空のように明るかった表情が曇った。

 万兵衛はそれを横から見つめ、やがてゆっくりと口を開いた。

「たぶん、今もお前のことを考えてるだろうぜ。どこにいてもな」

「本当?」

「ああ。どこにいても、どんな時も。どんな状況でも…」

 そこまで言って、万兵衛は口を閉ざした。


 粗末な嘘で子供を騙すなんて馬鹿げている。そう思ったのだ。

 万兵衛は乱暴に魚を貪った。

「ちゃんと味わって食べないともったいないよ」

 茜は驚きながらもそう言った。

「あんまり美味いもんでな」

「そっか、良かった」

 笑顔を取り戻した茜を見て、万兵衛はまた魚に齧りついた。


 まだ生焼けのそれを咀嚼し、胃に落とし込む。

 今日感じた歓喜、覚悟、そして僅かな後悔をまとめて。

 全て背負ってやる。

 目でそう語り、万兵衛は食らいつく。


 深淵に燃える刃はその熱をさらに上げていく。


読んで頂きありがとうございます。

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