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深淵に燃ゆる刃  作者: トキタケイ
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交わる刃①

 研究所へ続く山道は、村からひたすらに進んだ先にある。

 木々が生い茂るその道では木漏れ日が降り注ぎ、小鳥のさえずりが心地よく響いている。


 しかし歩みを進める万兵衛の表情は、爽やかさとは程遠く険しさを極めていた。

 その頭の中は、まだ見ぬ相手を思い神経を研ぎすましていた。

 毛先で風を感じ、小枝の折れる感触を足裏で受け取る。

 腰に差された刀が、万兵衛の足取りに合わせて揺れている。


 視線を道の先に向け進んでいき、やがて万兵衛はそれを捉えた。

 山道を登った先、目の前に現れたのは、空間ごと区切るかのようにそびえたつ壁と固く閉ざされた鉄製の門。

 まだ遠くに見えるそれを見据え、万兵衛は身震いをした。

 恐怖したわけではない。内から湧き上がる熱い闘志が自然とそうさせたのだ。


 そしてその闘志が向けられた先、門の前に立つ人影が万兵衛の存在に気付いた。

「何者だ。ここへ何しに来た」

 皺のない若草色の着物に時代錯誤なまげ頭。

 万兵衛とは対極を成す洗練された身なりの男が門を守護していた。

 門番は叫び、腰に差した刀に手を添え警戒した。

「我が名は万兵衛。貴様の命を頂きに来た、ってか」

 万兵衛はにやりと笑い、応ずるように刀へ手を掛けた。

「その身なり、下に住む浮浪者か何かか。気狂いという線も捨てがたいが、上からは怪しい者があれば容赦なく斬るように言われている。恨むなよ」

 門番はそう言い刀を抜くと、狙いを定めるように正面へ構えた。


 刀越しに向けられた猛禽類のように鋭い視線が、万兵衛をまっすぐに補足している。

「恨むだと。願ったり叶ったりだ。こうでなくっちゃな」

 万兵衛は嬉々とした表情でゆっくりと刀を抜き、それを引きずるように右手に持った。

「って、おい。なんだこの刀は」

 ふと手元に目を向けた万兵衛は驚き、刀を目の近くまで持ってきてそれを眺めた。


 昨日、月舟が万兵衛へ渡した刀。その刀身は錆び、刃は修復が不可能と思われるほどに所々が大きく欠けている。とても人を斬るための代物とは思えない。

「月舟の野郎、かましてくれたな。何が『手入れはしてある』だ。まったく、下らねぇことを…。まあいい。これを使ってあいつに勝てばいいんだろ」

 そう言って再び刀を下げ、万兵衛は前方に待ち構える門番へ歩き出した。


 時折、切先が地面に転がる小石に当たり微細な金属音を鳴らす。

「己の得物も把握していないとは、やはり気の違った浮浪者か」

「失礼な奴だ。今斬ってやるから覚悟しな」

 軽口を叩きつつも、万兵衛は既に門番の間合いに踏み込んでいた。

 門番の顔に汗が伝い、それが目の横に達した時、刀を握る手に力が込められた。

 瞬間、繰り出されようとしていた斬撃を封じるように万兵衛が斬り上げ、門番の腕を僅かに削いだ。

「なっ、迅い…!」

 門番は一歩退き、すかさず踏み込むと掲げた刀を眩い光と共に振り下ろした。

 それを万兵衛の諸手で持つ刀が受け、脆い刃が悲鳴のような音を立てる。


「遅いな。月舟の棒の方がはるかに恐ろしいぜ」

「月舟とは、貴様、もしや先生と手合わせの経験があるのか」

 交わる刃の向こうで、門番が驚きを露わにした。

 万兵衛はそれを気にも留めず、押された刀を押し返す。

「くっちゃべりに来たんじゃねぇぜ。ほら行くぞ!」


 さらに押し、門番を引きはがす。

 風を動かし迫る刃に、門番は再び鍔ぜりに持ち込むかと思われたが、僅かに身を逸らすとそのまま振りぬいた。

「ちぃっ」

 裂けた額から血を漏らし、万兵衛が微かな怯みを見せた。

「甘い!」

 そこへ門番の刃が斜角に襲い、弧を描く軌道が確実に首を落としにかかる。

「させるか!」

 刃が到達する直前、万兵衛がそれを潜り抜けるように身を躱す。

 それと同時に、相手の腹へ刃を当て、渾身の力でもって引き斬った。


「ぁぐっ」

 鋸のように乱雑な刃は着物を巻き込み腹の肉を削ったが、それ故に深く斬り込まれることは無かった。

 しかし、門番は腹から派手に血を流し、苦痛に顔を歪める。

「あんまり月舟が脅かすもんだから身構えちゃいたが、ぶっちゃけ拍子抜けだ。警備隊ってのはこの程度だったのか」

 万兵衛は右肩の前に刀を構え、門番を挑発するように言い放った。


「舐めるな!」

 それに乗るように振りかざした刃は再び万兵衛のなまくらを打ち、門番はさらに己の額で刀の背を押し詰め寄る。

「必死だな…!」

 万兵衛は眼前に震える刃に冷や汗を垂らし、歯を食いしばり耐える。

 不意に、門番が額を刀から離したかと思うと、そのまま交わる刃を越え万兵衛へ頭突きをかました。

「くっ」

 揺れる脳に視界が霞み、万兵衛は後退を余儀なくされたが、その足を門番の足が踏みつけ逃がさない。

「卑怯とは言うまい!」

 門番は叫び、足を取られ大きく体勢を崩した万兵衛へ薪を割るがごとき一撃を振り下ろす。

「当然よォ!」

 万兵衛は答え、機械の右腕で受ける。


 門番は驚きに目を見開いて、慌てて刀を引いて立て直すが、すでに突きつけられた切先が迫っている。

「ぬぅっ」

 やや遅れながらも門番はすかさず突き返した。

 行き交う刃が擦れ合い、細かな火花を散らし互いの相手へ突き進む。

 腕を伸ばした二人の影が十字を作り出した。



「ゴボッ」

 門番の口から水音を含んだ声が漏れた。

 万兵衛の刃は門番の喉元を貫き、そこからは真紅の泡が膨らんでは弾ける。

 対して門番の放った突きは万兵衛の頬を掠め静止していた。


「ガボッ」

 刀が引き抜かれると、門番は大量の血を吐き出したのちに倒れ込み動かなくなった。

 万兵衛は刀を振り血液を飛ばし、それをゆっくりと鞘に収めた。

 高まった鼓動が落ち着きを取り戻すと、血の海に沈む門番を一瞥してから静かな山道へ向き直った。

 勝利の雄叫びを上げるでもなく、全てが淡々としていた。

 しかし、足取りだけは己の強さを噛み締めるように力が込められている。


 その勇ましささえ感じる歩みが不意に止まった。

「いつから見ていた」

 

長くなりそうなので切ります。

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