火薬と荒野
西部開拓時代を舞台にした旅人のお話です。
俺は面倒が嫌いだ。シンプルなものが好きだ。
ここは未開の土地、西部の荒野。俺は旅のガンマンで馬の上、次の町まではあと半日。
無精ひげに面長の顔、長身でやや痩せ気味の体を土色のテンガロンハットと膝まで覆う同色のマントに身を包み、空と土と熱い風が吹く以外に見渡すかぎり何も無い荒野を進む。
容赦のない太陽と砂塵から身を守るためのそれらは実際土まみれでくたびれている。くたびれ果てた今の俺には丁度いい。
身に付けたそれらと大人しい馬、S&Wの45口径拳銃が3丁ライフル1丁が俺の全財産だ。
拳銃二丁は腰のホルスターに、残りの拳銃一丁とライフルは馬に括りつけた鞄に吊ってある。
金も名誉も女も要らない、面倒だから。
今欲しいものは冷たい酒だ。カラカラに乾いて死にそうだ。
だが、こんな田舎の街じゃぬるいビールかバーボンが関の山か。
つらつらとそこまで考えて……俺は手綱を引き、緩みかけた意識を正し直した。
「あと一歩のところが一番危険」
先生の声が脳裏に響いた。
時々俺を助けるこの声は俺が身に付けた財産の中で一番上等なモノかも知れない。
こんな所でトラブって立ち往生とかそれこそ面倒の極致だ。
あと半日分の集中力をかき集め、行く道を睨む。
街への到着は予定通りの昼過ぎ。
ここは近隣を結ぶ交通の要所だが、さして大きい街という程ではない。村というには少し大きい程度だ。
街に入る前に馬上でマントと帽子の砂埃を銃に掛からないように注意深く払った。そしてマントの中で手探りで腰に下げた2丁の銃の残弾と動作を確認する。
目的は酒だ、街に入ると近くの酒場を目指す。馬から降り愛馬を酒場の厩に簡単に繋いで入口のスイングドアを押し開く。
よくある酒場だ。二階が宿になっているタイプの宿屋兼酒場。
三十人程度で満員になりそうな店内のホールに立ったまま使うための丸いテーブルが四つ、入口正面の一番奥にカウンターがあり、左手奥に二階へ上がるための階段。
昼間っから飲んでいる連中が八人いた。ニヤニヤとこっちを見ている、無法者崩れだろう。
恰好はみなカウボーイ風だ、旅人ではなく地元のチンピラといたところか。
絡むと面倒くさそうな連中とは目を合わさない。
ホール中央でたむろする無法者崩れを素通りしカウンターでグラスを磨く店主に近づいた。
「宿なら後にしてくれ、今は掃除中だ」
三十を過ぎたぐらいだろうか、ひげ面禿げで小太りチビの店主がこちらを見ずに話しかけてきた。
確かに二階から物音がしていた。女の話し声も聞こえる。
「いや、泊まるつもりは無い」
「そうか、じゃぁご注文は?」
カウンター席に陣取り目の前の店主に注文した。
「ビールを、可能な限り冷えたやつを頼む」
だが店主からの答えは
「スミマセン旦那、ここの酒はすべてビリー・ジェームスに買い占められてるんで…」
わざわざフルネームで言ったって事は壁に貼ってある手配書のビリーの事だろう。賞金首の悪党の名前だ。
「では彼らは?全員がビリーだとでも?」
俺は既に飲んでいる連中を指して言った。
「ビリー・ジェームスとお仲間たちさぁ♪」
言いながら大柄の太った男が左右に肩を揺らしながら大物ぶって近づいてきた。無法者たちのリーダー格の男のようだ。
確かに顔は手配書の似顔絵に似ていないことも無い。
「あの二丁拳銃で有名な?」
俺は尋ねた。
「まぁ左手の銃を抜かせることが出来た奴はここ最近いねぇがなぁ!ああ、この店で一番冷えたビールを頼むぁ!!」
上機嫌で奴は語った。
「はいよ」
店主がこの店で一番冷えたビールを奴の前に出した。
「何で買い占めるなんて面倒なマネをしたんだ?」
俺は問うた。
「飲みきれないほどの酒を浴びるほど飲むためさぁ!」
奴は答えた。
「買い占めるってことは金で?」
俺は問うた。
「なに当たり前のこと言ってんだ?列車強盗で大金をせしめたんだぁ」
奴は答えた。
「鉛弾を金に換えて金を酒に換えて…ご苦労なこった」
俺は労った。
「大金のために銃をぶっ放す!それが悪党ってもんだぜぇ!!」
奴は主張した。
「酒が欲しいなら、鉛弾で足りるのに?」
「は?」
パンッ
奴の間抜けな声の直後に乾いた音が一回響いた。俺の両手の銃からは硝煙が2つ立ち上り、自称ジョンには眉間と胸に穴が一つずつ開いた。
!?
とっさに動いた店主の眉間に右手の銃から一発ぶち込む。
そこから残りの連中の動きは分かれた。
出口に逃げようとする奴の背中に左手の銃で一発。
こちらに銃を向けた奴の眉間に右の一発。
そして誰も動かなくなった。
ここまで来て残った7人は分かったようだ、残った弾丸は7発。そして俺が的を外すことは無いと。
俺も一杯のビールのためだけにこれ以上鉛弾を使いたくない。
双方の利害が一致して、もしくはつり合って場が落ち着いた。
俺はテーブルの上のこの店で一番冷えたビールとやらを飲み干した。
ぬるい…
苛立ちを込めてグラスをドンッとカウンターに叩きつけた。
テーブルの裏でナイフを握ったまま死んだ店主を睨んで言った。
「ぬるいビールの代金にしちゃ払いすぎたが、釣りはいらねぇ」
酒が買い占められているのに「ご注文は?」なんて聞くから趣味の悪い遊びをしてるグルだと分かっちまったんだぜ?
心の中でそう付け足した。
酒を売らない酒場と、金を集める働き者の無法者たちを置き去りにしてこの街をでた。この規模の街なら保安官も居るだろう、面倒は嫌いだ。
金は懐が重くなるだけだ、欲しいものは鉛弾との物々交換で必要な分だけ頂けばいい。
一杯の酒を飲むためだけに寄った街が遠ざかる。目的地はもう半日の半分ほど進んだ先のもう少し大きい街だ。
俺の名前はビリー・ジェームス。火薬と荒野に生きる悪党だ。
気が向けば続きを書きます。