十章
勇太の葬儀から僅か三日後。
今度は、翼が交通事故に遭って亡くなった。
現場は横幅の狭い道で、後ろから来たトラックの車体が、彼の身体を塀の間に挟み、押しつぶしてしまったのだ。
トラックはそのまま逃走したが、幸い、目撃者が居たことで、ドライバーはすぐにひき逃げの容疑で逮捕された。
けれど。
速報のニュースで、警察車両へ乗せられる犯人の顔を見たとき、航は震えが止まらなかった。
その容疑者こそ、あの101号室の男だったからだ。
警察の調べに対して、男は「操られていた」などと、意味不明の言動をしているらしく、精神鑑定も視野に入っているということだった。
犯人が101号室の住人ではないかという予感は、翼の死と男の逮捕によって、ほとんど確信に変わっていた。おそらく、日本人形を壊されたことに激情したのだろうと航は推測していたが、肝心の、三人が侵入した事実をどうやって突き止めたのだろうかということは、不明であった。
夏休みの間に二人もの児童が亡くなってしまったことで、学校では、生徒の保護者らを対象にした集会が、連日のように行われていた。
その一方で、犯人が捕まっても、恐怖心の抜けなかった航は、自室に篭もることが多くなっていた。
ある可能性に辿り着いたのは、亡くなった二人を偲ぶ気持ちで、運動会が撮影されたビデオを見返していたときだった。
自分の子供を撮ろうと、興奮しながらビデオカメラを構える保護者たちが画面の端に映ったとき、手に持っているそのビデオカメラのランプが、赤く点滅していることに気がついたのだ。
その瞬間、航は、はっとした。
もしかして、真っ暗だった101号室のクローゼットの隙間で光っていた赤いものは、録画を示すビデオカメラのランプだったのではないだろうか?
だとすれば、三人が侵入した一部始終が記録されていたとしても、不思議ではない。仮に姿は映っていなかったとしても……声は……? あのとき、航たちは名前を呼び合っていたから、それが手がかりになってしまった可能性は充分にある。
もしこの予想が当たっているなら、自分のもとにも、近い内に警察がやってくるかもしれないと航は思った。男の部屋が家宅捜索されれば、ビデオカメラも押収される可能性が高いからだ。そうなったら、全てがバレるのも時間の問題だろう。
――だったら……。
両親が帰ってきたら、全てを打ち明けようと航は決意した。自分のやってしまったことを話せば、怒られるだけでは済まないかもしれない。けれど、これ以上、自分の胸の内にだけ、あの出来事を留めておくことは、限界だったのだ。
震える身体を押さえながら、無意識に頬を流れていた涙を拭ったとき、インターホンが鳴った。
――誰だろう……?
廊下に出て、玄関ドアの覗き穴から外を窺うと、ダンボールを抱えた宅配業者が立っていた。
――お母さん、また通販で何か頼んだのかな……?
鼻を啜ってドアを開けると、作業服姿の配達員がにこやかに微笑んだ。
「お届け物ですっ。佐伯さんのお宅は、こちらで間違いないでしょうか?」
「あ、はい。そうです」
「それでは、ここにサインをお願いします――――はいっ、ありがとうございました~」
「ご苦労様でした……」 キビキビとした動きで配達員が去っていくと、航はドアを閉め、その荷物をリビングへ運んだ。
それほど重くはなかったが、中々大きなサイズのダンボールだ。
「…………あれ?」
テーブルの上に置き、改めて宛名を確認した航は、それが自分宛であることに初めて気がついた。
「僕の名前?」
送り主の欄は……黒く塗りつぶしたようになっている。
「なんだろ……?」
無造作に貼り付けられたガムテープをカッターで切ると、中には、クッション材だろうか……大量の丸めた新聞紙が詰まっていた。
それを一つ一つ、ゆっくり出していく。すると、まもなくして見えてきたその中身に、航の全身は恐怖で粟立った。
そこに入っていたのは、あの、101号室で見た、髪の長い人形だったのだ。
「な、なんで、こんなものが……?」
そのとき、ふいに、逮捕後の男が言ったとされる「操られていた」という言葉が、航の脳裏に浮かんだ。
その直後――。
右腕の折れた日本人形の黒い瞳が、ぎょろりと動き、航の視線と重なった。―――――――――――――――――――――――――――――終。
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