一章
放課後を迎えた六年一組の教室は、いつも以上にざわめき立っていた。だがそれもそのはず。今日は一学期の終業式である。クラスメイトは渡された通知表に一喜一憂し、明日からの夏休みに、各々、思いを募らせているようだった。
「おうい、航」
佐伯航がプリントや宿題をランドセルに詰め込んでいると、友達の佐々木勇太と小林翼が声を掛けてきた。
「なに?」
どちらかといえば消極的な航にとって、二人は、とりわけ仲のいい友人であった。
「通知表、どうだった?」
「まあまあかな……。良くもなく、悪くもなく。そっちは?」
「俺は体育だけで、あとは全然」
と勇太が答えれば、
「俺も俺も」
と、翼も、常に被っている野球帽の下から、日焼けした顔を覗かせ、その目尻を一杯に広げて笑った。
ロッカーに置きっぱなしだった荷物類を両手一杯抱え、三人で校舎を出る。木々から聞こえるセミの鳴き声は、本格的な夏の訪れを感じさせた。
アスファルトに照り返す強い陽射しが、全身から絶え間ない汗を噴き出させる。
「みんな、夏休み何する?」
勇太がTシャツの袖で頬を拭いながら言った。
「特に何も。いつもどおりだよ」翼が雲一つ無い青空を見上げて答える。「ラジオ体操行って、プール行って、お盆はおばあちゃんち。――航は?」
「うーん。僕も似たような感じかな」
「はははっ、だよな」
すると勇太だけは、不満そうに口を尖らせた。
「なんか、味気なくねえか? 小学校最後の夏休みなわけだし、何か特別なことしようぜ」
確かに一理ある。航自身、今までと同じように過ごしてしまうというのは、もったいないと思っていた部分もある。
「でも、何をするの?」
「例えば…………肝試しとか」
「ええっ! それはちょっと」
「なんだよ、航。怖いのか?」
「そ、そんなことはないけど……でも、この辺で心霊スポットとか聞いたことないし、いい場所は無いよ」
航は取り繕うように言った。
「学校とかじゃ――ありきたりか」
「で、でしょ」
早く他の案を出して肝試しという選択肢を無くさなければ――しかし、それより先に、翼が思い出したように口を開いてしまう。
「そういえば……心霊スポット、とはちょっと違うかもしれないけど、曰くつきの場所なら、俺知ってる」
「曰くつき? どこだよ?」
勇太が興味津々といったふうに喰い付く。
「ほら、裏野ハイツって、聞いたこと無い?」
「ああ、確か……住んでる人たちは皆おかしな奴らだから、近付かないほうが良いっていう……?」
裏野ハイツは、航たちの通学路と離れた通りにあるため、居並ぶ住宅の隙間から、僅かにその屋根が見えるか見えないか程度で、航自身、その外観をはっきりと見たことはなかった。
「うちの兄ちゃん、そこの近くのコンビニで深夜のアルバイトしてるんだけど、夜の十二時になると、必ずそこの一階に住んでるおじさんがやってきて、二人分のお弁当やお茶を買っていくんだって」
「それがなんだって言うんだよ?」
「噂じゃ同居人がいるらしいんだけど、その姿を誰も見たことがないみたい。だから、もしかしたら、誰か監禁してるのかもしれない、って」
「まさか!」
「もちろん、兄ちゃんも冗談交じりだったけど、ただ、あそこはあまり人も近付かないし、そういう意味では、都合のいい場所なのかもって……最近、そういう事件も多いし」
勇太と航は思わず眉をひそめた。心なしか、セミの鳴き声が小さくなっている気がした。
三人の歩く速度は次第に遅くなり、やがて誰とも無くその足を止めたとき、腕組みをした勇太が口を開いた。
「それなら、確かめてみよう」
それは航も大方予想していた言葉だった。勇太は冒険心があるというか、好奇心が人一倍強いタイプなのだ。だからこういうとき、必ず興味を示してしまう癖のようなものが、彼にはあった。
「ね、ねえ、危ないからやめようよ」
大抵の場合、翼が提案し、勇太が決断したことを航が止めようとする。しかし、結局はいつも押し切られてしまうというのが、三人のお決まりといえるパターンだった。
航としては、自分の反論が簡単に通らないであろうということも、この小学校生活の中で嫌というほど感じていたが、それでも、性格上、否定しないわけにはいかないのだ。
「大丈夫だって。ちょっと張り込んで、同居人がどんな人なのか確認するだけだよ」
「でも」
「それに、もし本当に監禁されてる人がいるんだとしたら、助けてやらなきゃだろ?」
「そうだけど……」
「じゃあ、家に荷物置いたら、空き地に集合な」
こうして無碍に出来ず、なし崩し的に行くことになってしまう自分の性格が、航はいつも嫌になるのだった――。




