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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
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キミヲ想フ

作者: たかむし
掲載日:2015/08/21

何気なく発せられたその言葉に、僕の胸が疼いてしまったのは、彼のまっすぐな想いと恥じらいが詰め込まれていたからだ。

冗談だったらよかった。そう思う自分が嫌いだった。

その顔、ウケる。

笑って目尻にできたシワに刻まれるその表情を夕陽が紅く染める。


蒸し暑さと気怠さ、そして爪の先まで熱を携えたその夏を僕は忘れられない。


僕は夏期講習を受けるため、学校に向かっていた。

本当なら。冷房の効いた部屋で寝転がって、漫画を読んだり、ゲームをしたり、ときどき昼寝したり。有意義な夏休みを満喫していたはずだった。

なのに。今、僕は坂道を自転車で駆け上がっている。汗が一気に吹き出る。

なんで、僕が。

自然と眉間にシワがより、その間から、一筋汗が流れ落ちる。

なんで、僕が。

すすーっと坂を下りる、と、汗で張り付いたシャツが風で少し膨らみ、涼しさを感じる。それもつかの間、またくだり坂の風が止むと、じわり、と暑さが蒸し返す。

なんで、僕が!

 

「なあ、お前。英語の夏期講習受けないの?」

終業式の日、帰りの準備をしているとユイがそう声をかけてきた。

「は?なんで?受けないよ」

「えー?お前、英語全然できてねーじゃん」

ユイが軽率に笑いながら言うので少し腹が立った。

「はあ?お前になんでそんなこと言われなきゃなんねーんだよ」

「ああ、俺はめちゃくちゃ英語の成績悪い!だから、受けるんだ。偉いだろ?見習え」

僕の苛立ち計測器がじわじわと数値を上げていく。ユイのこういうところがすごく嫌いだ。

「頑張れよ」

僕は冷たく言い放ち、立ち上がると、そのまま教室を出ようとした。その時咄嗟に、ユイが僕の腕を思い切り掴んだ。

「いてっ、なんだよ!」

僕は少し大きな声を出してしまう。ユイは困った顔をしている。何情けない顔してるんだよ。

「ちょ、だから、お前も受けようぜ」

「は?だから、なんで?」

「なんとなく」

ユイはますます困った顔をする。僕はふっと思い出す。犬のマロがよくする顔に似ているのだ。マロはよくいたずらをするので、僕が時々叱るのだが、その時の表情がまんまユイに張り付いている。力が不意に抜ける気がした。

「嫌だよ、そんなの」

僕は小さく低い声で返答する。

「お前、英語はこれから必要だぜ」

今度は開き直ったように訳のわからないことを言う。しかもやけに自信に満ちていて、それが正当化されてクラクラする。

「だから、受けない!」

僕は一度首を大きく振り、答える。

「受けろ!」

受ける、受けないの、その言い合いを一体何度続けただろう。結局僕が根負けした。そういうところもマロに似ている。僕が承諾した時、ユイの笑顔がやけに綺麗で少し驚いた。何、その顔。言おうとして言えなかった。


教室に入ると、ユイがすでに席についていたのに、気づいた。なぜか、体操着になっている。ユイは僕を見ると、おはよう、と片手で教科書をバタバタあおぎながら言った。僕は軽く頷くと、ユイより二つ前の席に着く。

「ごめん」

教室には僕ら二人しかおらず、蝉の声に混じりながら、ユイの声が背後でジワリと響く。

「何を今更。別にいいよ。英語成績悪いし。どうせ暇だし、家にいても課題しねえし」

僕はユイの方には振り向かず、教科書やノートなどを机の上に出しながらつぶやいた。

「よかった」

見えてないけど、きっとユイは笑っている。声に笑顔が添付されているのがなぜか手に取るように分かった。空気の音が微妙に揺れる。

「気持ち悪」

僕は低く呟いた。ユイに聞こえないように。


「あれ、二人なのか」

英語を担当する教師は僕らのクラス担任でもある野間だった。とても童顔で実際は30歳をとうに過ぎているらしいが、自分たちとそう年は変わらないように見える。

「先生ー。夏休みなのにお疲れさまです」

ユイが間が抜けたような声を出す。それに対して、はにかむように野間は笑った。

「このクラス、英語の成績悪い奴が多いから、夏期講習の日程組んだのになあ。でもまあ、一番成績の悪い、菊池がいるからいいとするか」

「先生、クーラーかけてよ、暑い」

僕はただ黙って二人の会話を聞きながら、教科書を適当に開いて、そこにある文章に視線を落とした。

「ここ来る前にスイッチ入れたからそのうち涼しくなるよ。これ、今までの文法とかを入れた長文作ったからとりあえず解いてみて。で、わからないところを教えるよ。あと今までの授業でわからないところあったら言ってくれ。二人だけだし、この講習を有意義に使ってくれ」

「先生も涼しいからよかったね」

「そうだな。家にいると電気代がかかるしね。ありがとう」

野間は冗談を言っているのか本気なのかわからない返答をすると、笑って、教卓のそばにある椅子に腰掛けて、持ってきた書類をチェックし始めた。


講習は11時頃に終了した。二人だけだったのがやはりよかったのか、野間が丁寧に教えてくれて、僕はこの講習にユイが誘ってくれたことを少しだけ感謝した。

「じゃあ、また明日な!」

ユイは僕の席にやって来るやいなや、一言声を急ぐようにかけると、教室を出て行った。なんだ、あいつ。いつまでクーラーついているんだろう?と思いながら、しばらく動かなかった。夏のひとりだけの教室はやけに広く感じた。蝉の声がより一層大きく鼓膜に響いた。


夏期講習の全日程は5日間で8月が入る前に終了した。僕は毎日ちゃんと学校に通った。初日は嫌々ながら登校したが、規則正しい生活もでき、勉強自体も捗り、有意義だったので、講習も悪くない、と思った。そして、いつもユイが先に来ていて、やはり体操着を着ていた。聞けば、ここに来るまでに汗だくになるので、体操着に着替えているのだと言う。ユイの家は僕の家より自転車で20分ほど遠かった。

「今日で終わりだけれど、少しは役に立ったかな?」

野間がトントンとファイルと叩く。

「とても役に立ちました!先生、これで2学期から成績上がると思います」

「ならよかった。綾瀬はどうだった?」

「はい、とても役に立ちました」

野間はにこりと笑い返した。また何か分からないことがあれば、質問してください。お疲れ様、と言い残し、教室を出て行った。


「海行こうぜ」

ユイが僕の席にやってきてそう言った。

「今から?」

僕はとても驚いた。今日もそれが習慣であるかのように足早に帰るのかと思っていたからだ。

「うん。勉強したら疲れた」

「今日は帰らないのか?」

僕は思わず疑問に思い、問い返した。

「え。なんで」

今度はユイが目を丸くして驚いた顔をする。

「いつも勢いよく飛び出して帰ってたから」

「うん、まあ、な」

ユイは僕の返答に曖昧な返事を返したが、僕は特に気にしなかった。


学校を出て15分ほど自転車をこぐと、そこには海水浴場がある。今日も暑い日だったのでたくさんの人が海で泳いでいた。パラソルや泳ぐ人の水着、海は色鮮やかに華やいで、騒がしかった。空気の熱、砂地の熱、そして人の熱、いろんな熱さが密集して濃い密度になったそこは僕には少し息苦しかった。ユイと僕は少し人が泳ぎにくい場所まで自転車をこいだ。遊泳禁止場所ではなかったが、大きな岩がいくつもあり、海は深かった。僕は着替え持ってないから、と言って、泳ぐことを断り、岩の上から足だけを海につけるだけにした。ユイは体操着のまま海に飛び込んだ。一度沈むと、浮き上がってきて、上着を僕に投げつけた。

「ちょ!おま!」

僕の上半身は、ユイの体操着のせいで、びちゃびちゃに濡れてしまった。

「太陽の下にいたら、すぐ乾くって!」

僕は浮いたり沈んだりするユイを見ていた。


どれくらいそうしていたのだろう、僕は知らないうちに眠っていて、目を覚ましたのは、自分の左側がやけに冷たいと感じたからだ。そばに濡れたユイが座っていた。

「あれ、僕」

「寝てた。つか、器用に寝るのな、お前。よく海に落ちなかったな」

ユイが笑う。ユイの顔を太陽が照らし、水滴が輝く。遠くで笑う声やはしゃぐ声が波の音に混じり聞こえる。

「ほんとは。きっかけが欲しかった」

突然、ユイが海に真っ直ぐな視線を向けたままそう呟いた。

「なんの?」

僕は不思議に思って、問いかける。

「二人になるきっかけ」

「気持ち悪。何言ってんだよ」

思わずその返答に素直に答えてしまった。

「だよなー、そうなんだよ。気持ち悪いんだ、俺」

ユイが恥ずかしそうに、顔をしかめて笑うので少し心がびくりと音をたてた。

「ユイ、どうしたんだよ?暑さで頭おかしくなったんじゃね?」


「好きなんだ」

何もかも音がその瞬間消えた気がする。その声だけが僕の耳を突き抜いた。

「何が?夏が?」

心音が早くなる。何?何言ってるの?

「だよなー。そういうところが好きなんだ」

またユイが苦しそうに笑う。

「な、そういうところ」

ユイの右手が僕の左手に重なる。

「え?ちょ。な、」

「ごめん、好きだ。綾瀬」

僕の耳にユイの唇が触れるか触れないかの位置で、そう囁かれた。ユイの熱い吐息の感触に心が震えた。


好きだ。綾瀬


「綾瀬が好きだ。ごめん」

僕をまっすぐユイが見つめて、今度は掠れるような小さい声でそう呟く。

「同じこと言ってんな、」

「だな」

僕はどうにかなりそうだった。ひどく熱い。


「なんだ、その顔、ウケる」

急にユイが笑い出した。その行動が全く予期できず、意味がわからず、僕はただ戸惑うばかりだった。

「だって、お、お前が」

ユイの右手はまだ僕の左手に重ねられたままだった。

「講習中、ずっとお前の背中見えるじゃん。だから、誘った。本当の理由。英語の講習なんて誰も申し込んでなかったからさ。これはって。すげー幸せだった」

「…なんだよ、それ」

「へへ、ごめん」

今、わかった。あの日、講習を受けようと誘ったユイの笑顔の訳を。

なんで、僕なの?

僕は胸を少し抑えた。心臓が飛び出そうだった。どうしていいかわからない。だって、待って。だって。ユイは友達なのに。

僕はどうにかなりそうだった。ひどく怖い。


帰宅してからも僕の頭から、ユイの言葉が消えなかった。何度もその言葉だけがリフレインされ、気が狂いそうになった。どう答えればいいんだろうか。こんな経験今までしたことがない。誰かに相談しようか。いや、どうやって相談するんだ。もちろん、ユイの他に友達はいる。僕はどうなってもいい。ただユイを傷つけたくはなかった。そんな思いに僕は時に絶望し、時に高揚し、結局何もできずにいた。講習から後、始業式までユイに会わなかった。ユイからの誘いもなかった。一度、僕からユイにメールをすると、その日から祖母の家に帰るからしばらくこっちにいない、と返されて以来連絡を取っていない。僕はユイに会いたくなった。その気持ちの意味を正確に自分では分析できず落ち込んだ。落ち込むとまたユイに会いたくなった。講習で使った課題の英文を見るたび、胸がチクチク痛んだ。人生最大、最悪の夏休みだった!


「おはよう」

始業式の朝、自転車置き場でユイに会った。僕の心は憂鬱に拍車をかけてさらに淀んでいた。ユイに声をかけられて、卒倒しそうだった。

「ユ、ユイ。僕…」

僕は咄嗟に言葉が出ず、真っ青な顔をしていたと思う。

「ああ、あっはっは。冗談だって、冗談」

僕の顔を見ると、ユイが勢いよく笑い声を飛ばした。僕の心はどよんとさらに沈みかけたが、沸騰に転じた。

「なっ!」

「ごめんごめん。ちょっとからかったー」

ユイはまだ声をたてて笑いながら喋る。ちょっと待て。なんだ、からかうって?

「嘘だろ、お前、ぼ、僕はあれから!ずっと…」

予鈴の音が聞こえる。おい、遅れるぞ!とユイが急かすように僕の肩を抱く。びっくりして、僕は思わず、体を硬くする。ユイの表情に一瞬影が落ちた気がした。


始業式はとても退屈だった。背の高いユイは僕より前に整列していたのでその背中をじっと見ていた。講習の日、今の僕のように、ずっとユイは僕の背中を見ていたのだろうか。そして何を思っていたのだろう。隣の男子と小声で話しているユイの横顔が見えた。その時、ユイと目が合ってしまい、途端恥ずかしくなって、視線を上履きの先に落とした。


体育館から教室へ戻る時、背後からユイが声をかけてきた。

「ありがと」

そう言ってユイが通り過ぎようとしたので、僕は思わず、ユイの制服を掴んでしまった。

「え?なに、なんで?」

僕らは少し廊下の端に避けると、数人の男子生徒が騒ぎながら通り過ぎた。

「俺、臆病者だから、ごめん。傷つけた?」

列が途切れたその瞬間、窓から見える校庭の方を向いて、ユイが小さな声でそう言った。僕は首を横に二、三度振ったが、いや、違う、と思い直し、縦に首を振り直した。その様子をユイは不思議そうな顔で見たが、それから小さく笑う。

「臆病だよな、本当。綾瀬の反応見たりして。ずるいの知ってる。でも、こんな方法でしか、伝えられない。ごめん。ずっと俺のこと考えてくれた?」

ユイの声がだんだん小さくなる。

「ユイ」

「やな奴なんだ。俺」

ユイは廊下の壁に寄りかかり、そのまま視線を下に移した。自信なく呟くユイが僕の知っているユイじゃなくて、悲しくなった。

「自分の気持ち、その、よくわからなくて。でも、思いに応えることが、その、できない、っていうか、えっと」

また2、3人の男子生徒が僕たちの前を過ぎる時、ユイが耳元で呟く。

「知ってる。そういうとこ、好き」

その行動に、僕は告白の日のことも重なって顔が真っ赤になった。

「やめろ」

「ほんと、綾瀬ウケる」

ユイは笑うと、その通り過ぎた男子生徒に駆け寄り、話しかけ、その会話の中に溶け込んでしまう。ユイの何もなかったのようなその清々しさに、やきもちに似た醜い気持ちを抱いてしまう僕を残して。


野間からの簡単な話が終わるとその日は終業となった。教室内はざわざわとクラスメイトたちの話でごった返す。クラスメイトは総勢30人未満でそう多くはないが、とても狭く感じたのはあの講習の日、一人ぼっちでここにいた自分を思い出したからだ。そんな日を懐かしく思うが、それと同時に胸を痛みを伴ったのは言うまでもない。

ユイが僕の席にやってきて、帰ろうぜ、と声をかけた。何食わぬ顔をしているユイが歯がゆい。でも、ユイの気持ちを100%受け止めて応えることができないので何も責めることができなかった。


9月になったとは言え、まだ暑さは留まり、鈍く肌を焦がす。最後の力を振り絞り鳴いているのか蝉の声が切なく感じる。自転車置き場に向かう中、僕は立ち止まった。それに気づいたユイが振り返る。

「ごめん」

僕はまっすぐにユイを見て、力いっぱいそう言った。反対にユイは力なく笑って、頭に手を置き、首を横にゆっくり振る。

「いいんだ。あ、…気持ち悪くなったら、離れてくれな」

ユイがあまりにも悲しいことを言った。待って。今度は僕が思い切り横に首を振った。

「やだ、離れない、よ」

「なにそれ」

ユイが小さく笑う。

「うまく答えられないけど。離れられるのは寂しい、から」

本当の気持ちだった。これ以上ない素直で純粋な気持ちだった。僕はそのままを曝け出した。

「複雑」

ユイがあのマロ顔で笑う。

「僕だって」

僕も同じように困った風に笑う。


「知ってる」

「クソバカ」

「知ってる」

「認めるな、バカ」

僕は少し声を出して笑ってしまう。飼い犬と戯れているような錯覚に陥る。

「だから、そういうところ、好き。ごめん、ほんと、好き」

ユイが駆け寄ってきたかと思うと、ふいに抱きしめられた。その行動に驚いていると、急に思い切り、ユイが笑い、なんだ、と思った瞬間、ユイが僕にキスをした。羽根みたいに軽い唇が触れるだけのキスなのに、とてつもなく、心が跳ねた。

「バッ、!ちょ、まじムカつく!」

ユイが離れた瞬間、僕は大きな声を出して叫んだ。

「えー!冗談だって!あはは」

クリアな声でユイが笑いながら、自転車置き場に駆け出していく。

「事後冗談なんてふざけるな!ほんと、クソ野郎!!!ばかばかばかばか!気持ち悪い!もう二度と近づくな!!!!」

顔を真っ赤にして僕は叫びまくった。

晴れ渡る青すぎる空さえも味方にしたユイはそれを背中に背負って、僕の前を自転車で過ぎ去る。

「先、行くぞー。いつものところで待ってるから早くこいよな!」

ユイが自転車で通ったそのあとには、キスの熱、青空の余韻、笑顔の欠片、形のない恋模様が散らばっていて、僕の胸を締め付ける。ふいに、生ぬるい風が僕を捉える。僕はのろのろと自転車置き場に歩き出した。虚ろな気持ちを抱えているのに、嫌な感じがしない。ユイの笑顔が映える。


「好きだ。綾瀬」


青空に想いが溶ける。


Fin.

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