第23話:姫様
始まっていいと思っていたの?
とりあえず拠点に持って帰ったけど、
一体どうしようか?
まずは適当に、
拠点の地下の一室の中に放り込んで、
手を太い釘で壁に打ちつけ、逃げられないようにしておく。
それだけだと心配なので、
腸を引っ張り出し、中に鎖を詰め、
床に固定しておいた。
流石にここまでやっておけば大丈夫だろう。
一応ピースエリアだから死にはしないはずだ。
だからといってこうもすやすや眠られていると、
無痛空間まで設定されてるんじゃないかと錯覚してしまう。
ためしに自分の頬を軽く引っ張ってみる。
初めて触ったが結構やわらかくてプニッと伸びる。
意外と癖になりそうだ。
今度村の子供の頬を、
ピーラーで削いでみよう、そうしよう。
…そんなことより、
これをどうしようか?
「ねえ、ゴトー。
実際ストレス発散用に持ち帰ったはいいものの、
昨晩結構な人数を…」
殺れてないや。
そういえばあいつら再起不能にはなっただろうけど、
まだ一人たりとも死んで無いじゃないか。
そう考えたらストレスが溜まってきた。
「いえ、
所持金が足りないからと、
ミ=ゴ達に売り払って…、
確かに脳味噌だけになって生きてる可能性も御座いますな」
そう、
操操人形は回収して、
ミ=ゴに全部売ってしまったのだ。
人形を買ったら、
まともに調味料が買えなくなったから、
仕方ないといえば仕方ないんだけど、
せめてプレイヤーだけは、
残しておいた方がよかったのかな。
だけど売ってしまったものはしょうがない。
…さて、まずは適当に抉っておくかな?
そう思ってふと部屋の中を覗いた。
俺たちが目を離していたのはたった数十秒。
いや、十数秒だったかもしれない。
一瞬とはいわずともそれなりに短い時間だった。
それなのに、
たったそれだけの時間しかたっていないのに、
手の傷が無い。
それだけならまだ脱出を図ったと思えた。
釘を抜き捨て、回復魔法を唱えればいいだけの話だ。
だけど腹の傷も無い。
ここまでだったらまだ回復魔法のせいにできた。
想像を絶する痛みがあるだろうがまだ可能だ。
逃げようとしたの一言で終わった。
難しいが何とかなった。
でも釘も無い、鎖も無い。
空っぽの地下室には、
寝ている姫がただ一人。
何があったっていうんだ?
これの説明はどうすればいい?
何故釘や鎖が部屋から消えているんだ?
「落ち着いて下さい。
こうなったら、
本人に聞きましょう<物理>。
それが一番です」
ああ、そうだな。
それには起こす必要があるんだが、
腹を抉られても、掌を貫通させても、
熟睡しているこの姫を、
どうやって起こすかという問題が生じるけどな。
そう突っ込んだらゴトーはあさっての方向を向いた。
やはりそのことは考慮してなかったらしい。
タロットを召喚してみた。
「というわけでタロエモン、
何か素晴らしいアイデアを出してくれ」
現状を簡単に説明した後、
いつも通り無茶振りしてみる。
「残念だが俺は、
十数年前、夢が現実となった青ロボットとは違うんだ。
というかあのロボットも高度AIは搭載してても、
演算装置の質はそこまで高くないから、
革新的なアイデアは特に出さないよな」
そうなんだよね。
どこかの企業が作ったはいいものの、
汎用性を高くしたせいで、
そっち方面に期待は出来ないんだよね。
まあ、インテリすぎても夢が壊れるのだが。
タロットはさらに言葉を続ける。
「ここはそのロボットよりさらに古い、
昔ながらの知恵でいこうと思う」
「それは?」
「腹が膨れれば、
なんかいい考えも出るだろう」
なんか適当なアイデアだったが、
それもそうかと思い、
ちょっと早めの朝食にする。
もちろん作るのは俺である。
タロットは食べるだけ。
まあ、当たり前だが。
というかDEXがほとんど育ってない
+料理スキルが一つもない
+リアル料理スキルが皆無なタロットに、
調理が難しい人肉を任せたら、
大変なことになるだろう。
炭になるだけならまだいいが、
腸の中とかに残留している、
ゴミとかを撒き散らされたら、
ゴトーにさんざん愚痴られるのだ。
ゴトーって無駄に綺麗好きだから。
そうして食べながら考えていると、
料理の香りで気付いたのか、
目を閉じたままゆっくりと体を起こす。
「ふわぁ、朝食の時間なのですか?」
意図した方向とは違ったが、
結果はいいほうへと転がったようだ。
食事をさっさと終わらせ、
俺たちは尋問を開始した。
まあ開始はしたんだが、
結果としてなんの意味も無かった。
何を聞いても、
「ぽわぁ、お腹がすいたのですよ」
と話がかみ合わない。
あまりにもイラついたので、
「じゃあ、これでも喰ってろ」
とナイフを投げても、
「くわぁ、いただくのです」
と言って本当に噛み砕き食べてしまう。
お気に入りのナイフだったのに…ぐすん。
まあ、投げる俺も悪いんだが。
というかアダマンタイト製なんだが。
硬さだけでいえばオリハルコンより上なんだが。
そしてオリハルコンは金剛石より硬い。
つまりこいつは竜の鱗以外なら、
なんだって噛み砕ける可能性があるわけだ。
というか竜の鱗もいけちゃうか?
でも流石にβ版の時に、
公式にもっとも硬いとされている竜の鱗は、
無理があるだろう。
「ほわぁ、食べたら眠くなってきたのです。
おやすみなさいです」
「「「寝るなーーーーーー」」」
俺は寝させまいと、
とっさにナイフを目の中に差し込む。
だけどその瞬間、猛烈な怖気が走る。
師匠に”かみかみするのですよ”と言われたときのような、
自称天才の青年が剣の星をつくったときのような、
ロリチートが本気を出したときのような、
バアル様と一騎打ちしたときのような、
走馬灯がないのが不思議に感じるほど、
危険だと体が、本能が、雰囲気が訴えている。
俺は即座に離れようとする。
出来なかった。
「ぐわぁ、これも食べていいのです?」
ナイフごと手を握られ、
動かせなくなる。
そして手が、腕が少しずつ、
しかし着実に確実に、姫の手の中に引き込まれていく。
飲み込まれるような、呑み込まれるような、
そんな感触に気付き、
あわてて自分の腕を切り落とす。
それで腕と手は切り離されたのに、
まだ食べられ続けている感触がある。
これは慣性とか幻肢痛とか、
そんなやさしいものじゃない。
もっと凶悪な、
そう俺が使っている”人体おままごとセット”。
あれは取り出した食材と、
その対象の間に感覚はつながっており、
生きながらにして調理される恐怖を味わえるという一品だが、
それと同じだ。
たぶんこのまま、
食いちぎられ、消化されるまで、
この感触は続くのだろう。
痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い…
溶ける 溶ける 溶ける 溶ける 溶ける…
「失礼」
首筋に強い衝撃を感じた瞬間、
俺の地獄は幕を閉じた。
目が覚めた。
でも寝汗が酷い。
まったくこんなところまでリアルさを追求しなくてもいいと思うんだけど。
まあ、それに伴う不快感が無いからまだ許せる。
そういえば寝る前に何かあったような、
何だったっけ?
えーと…、
…痛…溶…喰…姫…
どうやら思い出さない方がいいみたいだ。
そう思って俺が記憶の忘却に努めていると、
ゴトーが来客を告げる。
門の外には白い百足に乗った師匠がいた。
「まにゃ、私を迎えに来たのですよ」
お願いですから日本語を喋って下さい。
というか意味の分かる言葉を。
困惑する俺の表情を察したのか、
師匠…ではなく白い百足が、
同情したかのような仕草をする。
まず間違いなく生涯で初めての経験だ。
そんな経験は二度としたくは無いけれど。
”キャラ紹介”
シロ
自称天才曰く、
”ロールスロイスやネコバスなんかよリ、乗り心地がいイ”
と誇る三世御用達の百足型ロボット。
製造者も命名者も自称天才であり、
これだけでつくるものがいかに良かろうと、
ネーミングセンスは天才とは程遠いといえる。
長さが調節可能なため、
最大乗員人数に制限はまず無いと言っていい。
だけど百足に乗る酔狂な奴もまずいないと言っていいだろう




