第19話:襲撃
始まったら楽しいよね。
モウドウニデモナレバイイ。
俺がそう思っても無理もないな、と我ながら思う。
だってこんなことになるなんて思ってもなかったもの。
ちょっと攻略組に地力で大きく引き離されてるから、
軽く野営地でも襲って、プレイヤーを狩りまくろうとしただけなんだけどな。
一人だとしても深夜に低レベルな所だったら、
ステータスの差と死の雰囲気でどうにかなる。
そう思っていただけなのに、
襲撃メンバーが一人増え、二人増え、三匹増え、四体増え、五頭増え、
バアル様まで参加して、
ついにパーティーの参加者の半分で大きな町を襲撃することになった。
本当になんでこうなった。
それに大きな町だと問題点もある。
”ピースエリア”の存在だ。
町そのものがピースエリアだから、
ピースタウンと呼ぶ人もいう。
ともかく町の中は状態異常は入るのだが、
ダメージは基本与えられない。
基本って言ったのは処刑場の中のように、
ダメージがはいる例外的な場所もあるからだ。
しかしその弱点もすぐに消え去る。
バアル様が町の襲撃クエストをつくったことで、
時間指定はあるものの、
ピースエリアが一時解除された。
まあ、クエストとして襲撃する予定の町のプレイヤーには、
連絡がいっているだろうから、
警戒は厳重になるだろうし
もしかしたら近くの町からも、
増援が来るかもしれない。
でも魔王が来ることまで想定はされているのだろうか?
そうじゃなかったらただの虐殺になるぞ。
襲撃される町に存在する
全てのプレイヤー諸君。
汝らに冥福と食物としての感謝をここに捧げよう。
今宵その町は地図から消える。
~プレイヤーサイド~
ったく暇なんだよな。
いくらキチガイ連中と攻略組に恐れられるこのアカベエでも、
1ヶ月に一度は休んでおかないと、
なんとなく調子が悪くなる。
攻略組も1週間に一度くらいの休養を推奨してるし、
365日いつでも暴れられるのは、
あのチート姫のAUだけだ。
だけどいざ休むとなると、
町での過ごしかたが分からねえ。
宿屋でゆっくりする? 論外だ。
じっとしてるのは性に合わん。
この前βテスターのアルカナ使い<笑>が、
合コンとやらに誘ってきたが、
この世界で合コンして何がしたいんだか、
さっぱりわけが分からねえ。
もともと現実でも仕事が恋人で、
そういう浮ついたものには手を出したことが無いから、
偏見が混じってるかもしれないがな。
それはともかく暇だ。
町に何があるか、
町に誰がいるか、
町で何が買えるか、
町で何が楽しめるか、
俺はまったく知らない、
知ってる人も知らない。
今までそんな生活をしてきたからな、
俺は。
ああ、そういや現実でも、
仕事仕事で妻と子に何もしてやれず、
1ヶ月に一回ほどあった休みでも、
何をしていいか分からず、
どこに行っていいか分からず、
どうしたらいいのかも分からず、
肩身が狭い思いをさせちまったなぁ。
なんで俺はこっちに来てまで、
同じ生活を続けているんだろうか?
そんな時、俺の頭の中にクエスト情報が流れてきた。
…ふふふ。
ふはははっはははははははははは。
そうだよな、俺の居場所はやはり戦場だ。
3時間後までに救援要請と迎撃準備を整えねば。
幸いにしてこの町の領主から信任が厚いプレイヤーを一人知っている。
そいつから話させれば、軽く扱われることはねえはずだ。
魔王バアル=ゼブルだったか。
首を洗って待っていろ。
”絶対死域”アカベエの名をその身に刻み込んでやるからよ。
これは確かに忙しいが俺の性に合っている。
現実でもそうだった。
昔から俺の帰りを桃子と食男は待っていてくれた。
だから今でも俺のことを待ってくれているのだろう。
帰ったら二人のことを抱きしめてやろう。
頑固で仕事しか能が無い俺は、
そのくらいしか出来ねえが、
その分しっかりと抱きしめてやればいい。
さあ、忙しくなるぞ。
~視点は元に戻る~
誰かが死亡フラグをたてたような気がした。
別にそういうスキルを持ってるわけじゃないから、
気のせいかもしれないけど、
なんとなくそう思った。
それはさておき、
今、俺たちはなんと!
襲撃する予定の町”ホロビオン”に来ています。
最初バアル様に、
”襲撃は三時間後に行う。
それまで兵站を整えるなり、
装備を整えるなり、
パーティーのあまった料理をタッパーに詰めるなり、
英気を養うなり、
腹を満たすなり、
各自好きに過ごせ。”
と言われた時には、
少しぶらぶらしようと思っていたけれども、
しばらくしてから気付いた。
…ごめん、嘘です。
タロットに指摘されて気付きました。
俺たちプレイヤーなら、
ダメージこそ与えられないものの、
町の中に入ることは容易なことだと。
そうと決まれば即行動。
装備を整えると、
すぐさまその町に向かった。
もう夜だから大通りには、
プレイヤーやNPCの数は結構少ない。
これはまだみんな寝てるのかな?
…そう思っていた時期が俺にもありました。
わずかにいる人の流れに逆らわず、
城門の方へ足を運ぶと、
そこには人、人、人。
城壁の上には魔術師と弓兵がひしめき合い、
高さが1メートル高く、
攻略難易度は数十倍高くなっている。
城門の前には装備を整えたプレイヤーが勢ぞろいし、
その後ろには一糸乱れず隊列を組んだNPCの兵隊、
そのさらに後ろには医療部隊が待機している。
どこかの店だったであろう場所は、
仮の襲撃対策本部となり、
いちいち領主の館まで指令を運ばずとも、
迅速に指令が出せるようになっている。
城門は一つしかないから、
まともな方法ならここを攻めるのには苦労しそうだ。
…まともな方法ならね♪
タロットが発案した計画によって、
ちょっとした小細工をした後、
本部の方に向かう。
中にはキチガイ連中の一人である、
アカベエという奴が指揮を執っていた。
くそっ、キチガイ連中が何でここにいるんだ?
あいつらが一人いるだけで、
戦況を大きく覆しかねないぞ。
タロットは普通にアカベエに近づくと、
軽く手を上げる。
「よう、絶対死域。
忙しそうだな」
「ああ、アルカナ使い<笑>か。
どうした、女でも漁りに来たか?」
「なんだ、あの堅物が合コンに興味をお持ちで?
しょうがないなあ、
これを無事に乗り切ったなら、
次の合コンに連れて行ってやるよ」
「残念だが俺は妻子もちだ。
冗談でも行くわけにはいかねえよ。
それはさておき何の用だ?」
「そうだな、
俺の名を言ってみろ」
「…そういうわけか」
「そう、俺の魔方陣マスタースキルを、
こうやってスタンプにしてみた。
スタンプだから1日もすれば効果は切れるが、
襲撃には十分だろう。
少し効果が弱まったところで、
前線で通用するHRスキルだ。
生存率はぐっと上がるだろうよ」
「…感謝する」
そういってアカベエは指示を出し、
次々とスタンプを押させていった。
どうやら仕込みは上手くいったようだ。
あのスタンプには、
戦車と力という、
STRを増大させるアルカナを、
二つ刻むことにより、
相乗効果ですさまじいバフ効果を生み出している。
まあ、スタンプだから逆位置である、
暴走や自惚れが発生しやすくなるけどね。
そしてもうひとつ、
これが重要で4時間後に無自覚で設定した、
”悪夢”が刻んである。
交戦してからしばらくしたら発症して、
とてもおもしろく作用してくれるはずだ。
まあバアル様がいるから、
それまでもつかどうかの問題もあるけれどね。
”キャラ紹介”
桃子&食男
アカベエの妻と息子。
忠犬ハチ公の如く待っているのが好きな妻で、
同じく犬のように付き合ってくれと、
付きまとうアカベエに惚れて結婚。
息子は普段いじめられているのかと心配するほど気弱だが、
なぜかレモンを食べると気が強くなる。
もちろんレモンは大好物。