第12話:無双
眠りと始まりは一瞬で終わる
そして二週間後、
六つあった陣営は六つになった。
数は変わらないが、内容が変わった。
一つ、最も少ないキチガイ共かわらず十数人くらい。
二つ、二番目に少ない攻略組。
三つ、頑張り続ける生産組。
ここまでは人数等にあまり変わりはない。
四つ、遠くの町で運よく逃れた準探索組。
五つ、拠点が遠くにありあまり中央に帰ってこず、
情報も入ってくるため被害はまだましなほうだった自由人。
この二つの陣営はまさに地獄絵図のような有様となった。
街でいきなり襲われ何が起こったのかもわからず、
ただ感染し、PKになった者。
また抵抗の方法が分からず、
同じ運命をたどるもの。
信頼していた仲間に刺されるもの。
無差別に襲撃しまくるもの。
騒ぎに便乗したやつに刺されるもの。
意味がない解呪魔法を唱え続けるもの。
朝になったら正気に戻り自殺するもの。
PK行為を楽しみにし正気に戻ってもなおやり続けるもの。
暴動を鎮圧しようと思ったら返り討ちにされるもの。
殺そうと思った相手のほうが強くて逆に殺されるもの。
これを機会に殺しあうもの。
俺に殺されるもの。
感染は一定確率であり、広がらない可能性もあったものの、
対抗手段が分かりづらいこの悪夢は、
瞬く間に中央の街中に広がった。
ペストのように、インフルエンザのように、コレラのように、
感染し、蝕み、犯していった。
そして六つ目の陣営。
PK。
これが現在ミラの中で最も多い陣営である。
その数なんと全体の三割弱。
なお消えた軍のメンバーはほとんどが感染し、
軍ではなくチームと言った方がいいような感じになっている。
三割弱と言うのは巫女系NPCから聞いたから間違いではないだろう。
まあ、いまでこそその大半が状態異状によるものであるが、
それは仕方が無い。
きっとこれをきっかけに、
この道に目覚めてくれるのを待つとしよう。
目覚めないなら目覚めないで、
このまま餌食にするだけだ。
俺は、人形は狙う側。
そう思っていた。
そうなのか?
違かった。
だから油断していたのだろう。
俺がPKであることを公表していない以上、
こうなることも分かってはいたはずだ。
だけど心の中の慢心が、油断が、偏見が、錯覚が、
こうやって中央の街を出て少し歩いている途中に、
新規PKプレイヤーの大群に囲まれてしまうという、
結果をもたらしたのだろう。
その中からチンピラとしか言いようのない奴が、
一歩どころか数歩進んで眼を飛ばす。
「おい、そこの餓鬼。 死んでくれよ」
まさか、自分でさえも、俺自身でさえも、
こんなにPKプレイヤーが増えているとは思わなかった。
今、俺の周りには何人いるのだろうか?
数え切れない数のプレイヤーに取り囲まれている。
1、2、3、4…
「ねえ、そっちって何人いるの?」
直接聞いたほうが早いや。
いちいち数えるなんて面倒なまねはよしておこう。
「ああん? 驚いたか。
オレタチはなぁ、なんと56人もいるんだぜ。
おめぇ、装備からして回避型の盾か支援職か、
少なくともこの大人数をどうにかできるほどの、
性能はねえはずだ」
うん、正解。
というか回避盾じゃないし、
支援職としてはいまいちなんだがな。
あえていうなら妨害屋とでも言っておこうか。
まあ、いちいちセリフを挟むのは好きじゃないんで、
口には出さないけどね。
「というかこっちが死んでくれって言ってんだ。
そこは素直に分かりましたって答えんのがジョーシキだろう」
一体どんな常識だろうか?
初めて聞いたぞ、そんな常識。
「ねえ、それどこの国の常識?
君の国の常識? 君の世界の常識?
馬鹿の国の常識? 馬鹿の世界の常識?
ねえ、教えてよ」
「なんだと、こらぁ」
あっ、つい突っ込みたくなって、
さっきの自分を否定してしまった。
でも自分が正しい、自分が偉い、自分を敬えとかいってそうな奴に、
なんかいじりたくなるのは俺だけじゃないはずだ。
まあ、タロットは敬えとか実際に臆面もなく、
堂々と言い放つし、
からかったりいじったりすると反応が面白いので、
気に入っている。
「喧嘩売ってんのか? こらぁ。
こんな状況でよくぞ言えたもんだ。
お望みどおりぶっ殺してやる」
「どうせ殺そうとしてたんじゃない。
だとしたら変わりはないかな」
ああ、でもこの状況はとてもやばい。
一昔前にあったVRMMOもの小説に出てくる、
全身真っ黒な主人公みたいに、
雑魚が何人いようが敵ではない。
みたいな無双はできないのだ。
だれか、助けてくれないかな。
まあ、俺に殺された奴らもそう思っていただろうが、
それを俺は踏みにじったわけだ。
今度は俺が踏みにじられる番。
たったそれだけのことだ。
何も変わりはしない。
俺はここで死
…ななかった。
「あたしを誰かが呼んでいる。
助けを求める声がする
悪即改心の正義と共に、
アタシの名、AUを心に刻め」
ああ、中二病末期がおる。
これは走馬灯か?
死ぬ前に起こるというあれか?
あんな時期もあったなあっていう回春ストーリーか?
「なんだ? この女」
違う、現実だ。
俺の身長をはるかに超える、
まるでドアを二枚くっつけたかのような長さの刀身、
それに合わせるかのように、俺の身長に届くかもしれない長大な柄。
それに反比例するかのごとく、ネタで小さく設定した俺より小さい体躯。
ちょうどいいところに助けが来たのと、
このプレイヤーのネタはどっちが異常かと迷ってしまう。
「あたしはいつだって困ってるやつの味方だ。
つまりお前達の敵だ」
そう言ってリーダー格のチンピラに剣を向ける。
そして一陣の風が吹き、
一方の首に剣があたる。
「おい、
後ろから攻撃するなんて卑怯じゃないか」
もちろんチンピラ一人に剣を向けているので、
後ろや横からは攻撃し放題だ。
馬鹿馬鹿しい。
他のPKは思い思いに、
首にナイフのスキルを当てるわ。
大魔術を直撃させるわ。
ただ蹴っ飛ばすわ。
…抵抗しろよ。
魔術とかをお構いなしに撃っているので、
仲間のPK連中にも被害は出ているが、
奴らはそんな事お構いなしだ。
そんな感じで一方的に攻撃していて、
チンピラはそれを見ながらニヤニヤしていたが、
一人の発言によって、
戦況が大きく変わる。
「粋がってた割には何も抵抗しないじゃねえか。
その馬鹿でけえ剣はお飾りかよ。
だとしたら俺によこせよ。
ちび女」
その言葉を吐きながら剣を奪おうとしたPKは、
生命の危険を確かに感じた。
いや、そいつだけじゃない。
俺もチンピラも、他のPKたちも、
なにやら底知れない筆舌に尽くしがたい恐怖を感じた。
だが俺にはその恐怖に経験がある。
お師匠様と同じ感じだ。
絶対的な強者と相対したときの、
獅子を目の前にした子ウサギのような、
竜と相対した村の娘のような、
悪魔を復活させてしまった考古学者のような、
邪神と遭遇した探索者のような…。
「ああ、もういい。
一人倒して改心させるんじゃない。
全員一度地に沈めてあげる。
叡智の書、全封印の解除要請」
「承認…
解放、SRスキル:覇王剣、
解放、SRスキル:時の旅人
解放、SRスキル:未来感知
解放、SRスキル:覇道を往く者
解放、SRスキル:竜気功
解放、SRスキル:不可侵領域
解放、SRスキル:奇跡
解放、SRスキル:ファイナルブースト
解放、HSRスキル:神剣乱舞
解放、HSRスキル:偏在
解放、HSRスキル:正義の鉄槌
解放、HSRスキル:武神
解放、HSRスキル:完全魔術防壁
解放、HSRスキル:七つの美徳
既にSRスキル竜王の血統<地、空>、HSRスキル輪廻復元、
HSRスキル英雄、HSRスキル神眼、Rスキル手加減、
そしてワタクシHSRスキル叡智の書は起動しております。
それ以外は今使っても被害が多すぎるか、
あなた様にご負担がかかるか、
もしくは意味の無いものに御座います。
それではあなた様に確かな勝利を」
その言葉が終わるのと同時に、
その彼女…AUの姿は掻き消え、
次の瞬間、まさに一瞬のことだった、
それも瞬き一回分という意味のほうで。
たしか56人いるって言ってたっけ、
その全員が
ことごとく地面に倒れている。
立っているのは俺と浮いている本と、
そして彼女だけだ。
まあ、本は立っているというのも変だから、
無事なものといってもいいかもしれない。
本人はその光景に満足したように見渡すと、
こちらのほうに歩いてくる。
「やあ、少年。
無事だったかい?」
無事も何も君のほうがなんかさんざんな目にあってなかったかい?
というか何があったの?
というかあのSRスキルとHSRスキルの量は一体何なの?
でももういいや。
なんかもうどうにでもなればいい。
今までの努力がなんだったのかと思うほど、
異常な戦闘力だった。
まだ時間をかけてくれたら、
プレイヤースキルで納得することが出来た。
だけど一瞬だと、
もはや絶望する気力さえない。
まあ、ここは無難にしよう。
「うん、大丈夫だよ。
君こそ大丈夫?
なんか刺されたりしてたけど」
「ああ、大丈夫さ。
あたしは丈夫だし、
万が一傷ついても輪廻復元で回復するから問題ないのさ」
輪廻復元は高性能リジェネってところかな。
ああ、そんなゲームのことを思い出していたら、
ミラから出てプレイしたくなるじゃないか。
「じゃあな少年。
また会えるといいな」
「そうだね」
去っていく彼女は地平線に消え、
ここには俺と五十を超えるPK集団が残っている。
だけど彼女って優しいな。
こんな
こんなに
無抵抗で
たくさんで
殺しやすそうで
食べやすそうで
潰しやすそうで
殺しても文句がでにくそうなプレイヤーを
置いていってくれるなんて。
それじゃあ、
コ・ロ・ソ・ウ・カ
そして俺もこの場から立ち去り地平線に消えていった。
さっきとは違いPK集団だった死体が、
無残な形で残っていた。
”事象解説”
チートキャラAUが行ったこと。
・まず時の旅人で時間を止めます。
時の旅人はザ・ワー○ドのようなものです。
・次に偏在でPKの一人一人の前に、
自分を配置します。
偏在は自分と同じ動きをする<ただし一人一人を自分で動かしばらばらの動きをすることも可>分身を作り出します。
またその分身のどれかに本体権を移す事も出来ます。
・あとは一人一人の頭に手加減をこめた正義の鉄槌を放つだけ。
手加減は相手のHPを一割以下に出来ない。
正義の鉄槌は相手がPKならば確実に1日間続く硬直、拘束、気絶、麻痺、など
ダメージを与えないほとんどの状態異常を引き起こします。
・そして時は動き出す