エルフさんと学ぶ憲法、その1:憲法、人権とは?
とある大学のカフェテラスに1組の男女の学生がいた。
ひとりは一見して平凡な男性、名を薬師寺アキラ。
もうひとりは留学生のエルフ、名をエンラティル・ヴァル・セレストリア。
二人は地球人と異世界人であり、劣等生と優等生であり、そして、土下座する人、される人であった。
「一緒に卒業しようって約束しましたよね、アキラさん?」
「レポート出したら単位貰えるんです」
最近はこういった抜け道的な処置も許されなくなって久しいが、男は運が良かったようだ。
それが目の前のエルフにも効くかどうかは別の話であるが。
「卒業したら一緒に帰って、国を良くしようって約束しましたよね?」
案の定、涙目になったエンラティルを見上げながら、アキラは背中にだらだらと冷や汗が流れるのを感じた。
「い、今から頑張るので、僕に憲法を教えてください」
「……アキラさんは高校という施設で学ばれたのでは?」
「あまりまじめにやってなかったので。途中で異世界行って間が空きましたし」
「その節は誠に申し訳ありませんでした」
そんなこんなで、エンラティル(以下、「ラティ」と呼称する。)による憲法講座が始まった。
・そもそも憲法って何?
「憲法とは複数の意味を持つ言葉なのですが、ここでは一般に想定されている『立憲的意味の憲法』についてお話ししようと思います。
立憲的とは憲法が――神や王ではなく――憲法自体によって規定されている、といった意味だと考えていただいて構いません」
(※その憲法自体は誰が決めるんだよという問題があるのですが、ここでは民主的に結成された議会によって決められたものを想定してください)
「では、アキラさん、立憲的意味の憲法というのは誰に対してのものかわかりますか?」
「え? 国民じゃないんですか?」
「違います。それが民法などの他の法律と憲法の大きな違いですね」
ここが大事なんです、とラティは真白い人差し指を立てて強調した。
「憲法は遡ると英国のマグナ・カルタに行き着きますが、これは国王に『勝手に税を決めません』ということを宣言させたものです。
同様に、日本国憲法の思想的前身であるフランス人権宣言も、核の部分は『(財産を)所有する自由は神聖かつ不可侵の権利である』という点にあります」
「それって一番得するの商人ですよね? その時代の田畑は国や貴族とかの所有物だった筈ですし」
「民主主義と資本主義の相性がいい理由が良く分かりますね。
それはともかく、つまり、初期の憲法は、それまで好き勝手に法や制度を変えることのできた王の権能を制限することに主眼が置かれていたわけです」
「ああ、そうやって王様の権利を制限していって、最終的に国民主権になるんですね」
「はい。実際の憲法は私人の間にも適用される場面もあるのですが、ひとまず、憲法の基本原理は『国に好き勝手させない為の法』であると理解してください」
「国家レベルの縛りプレイ……!!」
「えっと、そんな感じでいいんじゃないでしょうか」
※こうした“国家権力を法に服させる”という考えを『法の支配』あるいは『法治主義』と言い、立憲的意味の憲法の基礎となります。
人の支配、つまり絶対王制による支配に対抗する概念です。
司法、立法、行政の相互チェック体制、いわゆる三権分立や普通選挙制は人の支配に陥るのを防ぐための制度と言えます。
ざっくり言うと、現代において当然に保障されている権利を、過去の時代に王様を脅して勝ち取った証拠文書がここで述べた『憲法』に当たります。
・人権について
「日本国憲法の中身は大きく分けてエンペラーについて、平和主義、人権、統治の項目にわかれます。今回は憲法の核である人権についてお話します。
実際の憲法の条文では第三章、第10条から40条にあたります。
アキラさんは『基本的人権の尊重』という言葉は聞いたことがありますか?」
「それは流石にあります。憲法11条ですね」
>第11条:国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。
「同旨の内容はフランス人権宣言やアメリカ合衆国憲法にもあります。
これが前述の『国に好き勝手させない』という考えを具体的にあらわしたものの一端です。
では、基本的人権とはどのような権利ですか?」
「えっと……」
ここですぐに出てくるようならそもそもアキラは劣等生をしていない。
きっかり30秒待って、ラティは再び口を開いた。
「たとえば、アキラさんは『生きること』について誰かから許可を貰っていますか?」
「許可がいるんですか!?」
「いりませんね。同様に財産を持つ権利や平等に扱われる権利についても誰かにお伺いをたてるまでもなく有している権利です。
それらを総称して基本的人権というのですね。
具体的には、憲法の第三章のうち、17条と40条を除いた条文で保障されている権利などです」
「など?」
「はい。日本国憲法が制定されてから60年以上が経っていますが、その当時には想定されていなかった問題が発生した時に、それを保障する権利が必要ですよね」
「ああ、環境汚染とか問題になってましたね」
「そういったいわゆる『新しい人権』も場合によっては憲法13条を理由として基本的人権に含まれることがあります。今後も増えるかもしれませんね」
>第13条:すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
※基本的人権は憲法で保障しなくても存在する=国家や憲法がなくても当然に有している、という点を指して『前国家的・前憲法的権利』ともいいます。
17条の国家賠償請求権や40条の刑事補償請求権は、国家という枠組みが出来た後でないと機能しないことから基本的人権には含まれないと考えられています。
※条文は読点で区切られた前後を指して前段/後段という言い方をします。
例として、13条後段は上述のような新しい人権の理由となる点を指して幸福追求権を宣言しているとも言われています。
憲法の条文なんて見たくもないぜ、という方向けにざっくり言うと、基本的人権とは生命、身体、財産、平等、選挙、精神、居住移転、学問、勤労、拷問等を禁止する適法手続の要請、その他あとからぽこじゃか生まれたプライバシーや環境権などを保障する権利を指します。
そして、自己の生命や財産を保障する権利を有していると同時に、他者の権利を尊重する為に自己の権利に一定の制約が課されます。
この権利の保障とその限界の規定及び調整が法律の主な仕事となります。
その1、終了。