年上の彼は桜がお好き。
以前、フォレストノベルに掲載していたものです。
柔らかな白が浮かぶ澄んだ青空の下に立ち並ぶ木々。淡い桃色の桜を見つめるその人は、ベージュのパンツに紺のジャケット姿で、仕事中よりラフなスタイルにいつものことながらドキリとする。風によって舞う桜の中で、揺れる彼の栗色の髪。その姿が一枚の絵のようで、駆け寄るのを止め、携帯を握った。
カシャ…ッ
「――瑠璃さん?」
音につられるようにこっちを向いた梨木さんに私は慌てて携帯を隠した。
「すみません、お待たせしましたっ」
肩にバックをかけ直して、パタパタと駆け寄ると笑顔が返ってくる。
「大丈夫ですよ。私もさっき来たばかりですから。ところで瑠璃さん今…」
「桜があまりにも綺麗だったので、思わず撮っちゃいました」
梨木さんの肩に乗った桜を背伸びして手に取る。その桜を見せて笑って見せると彼は、なるほど…と声を零した。
「確かに今年の桜は綺麗ですね」
そう言って目を細めて桜を見上げる姿に胸の奥がきゅんとする。梨木さんと出会って、私は初めての感情を抱くばかり。梨木さんといると、不思議な気分になる。自分が自分じゃない気がするけれど、嫌ではない。梨木さんは、私を女の子にしてくれるから。その存在ひとつで、何かが変わるから。あの合コンの日から、何度か会って、食事をしたり買い物に行ったりしているけど、まだ気持ちは伝えてない。初めての感情にもうちょっとだけ準備時間が要るから、もう少し今を続けたいから。
「瑠璃さん」
ぼーっと梨木さんを見ていた私は、不意の呼びかけにハッとする。いつの間にか目の前にある吸い込まれるような瞳に呼吸を忘れた。
「今年の桜は、瑠璃さんがいるから特別に思えます」
「っ!」
直接的な言葉ではないのに、もうそれは告白染みたもので、桜以上に顔が染まる。
「では、行きましょうか」
「……はい」
差し出された手にそっと手を乗せて、隣並んで歩きだす。梨木さんと過ごす時間が増える度に、私の気持ちは桜色に染まるばかり。
「さっきの写真待ち受けにしてくれるんですよね?」
「っ!?」
私の嘘を見抜いた梨木さんに、私は俯くしかなくて。携帯の中にある桜色の中の梨木さんを遠慮なく待ち受けにしようと思う私でした――。
fin?
読んでいただきありがとうございました。桜の短編です。初めて時期に見合ったものをアップできた気がします……。