年上の彼は隠し事がお好き。
以前、フォレストノベルに掲載した作品です。
騙された、そう思った時には既に手遅れで。
「ではでは、皆さん!乾杯!」
「「かんぱーい!!」」
悲しくもグラスを鳴らした。
『タダで美味しいものが食べられるよ』という、友人の美味しい話に私は迷わず飛びつき――
今思えばばかばかばか!
ちょっと小洒落たパスタのお店に入り、店内をくるっと見渡す友人が向かったのは、何故か私たちを待っていたような男女のいる席。男5人に、友人と私を含めた女5人。
まさか、まさかまさか!
反射的に足を後ろに引いた私を、友人はすかさず捕まえる。……目が、恐い。
「座ろっか」
「……はい」
そんなわけで、私はこの合コンという名の茶番に参加する羽目になった。
お酒も入り、私以外はみんな盛り上がっている。相手の男たちはどこかの会社員らしく、大学生の私たちからすれば年上。でも。
「るーちゃん可愛いねえ」
「あー、ありがとうございます」
勝手にるーちゃんとか言って馴れ馴れしく肩に手を廻してくる気持ち悪い男とやらを、私は大人だとは思えない。いつ誰がるーちゃんと呼べと言ったか。年上ならそれに相応しい行動しろよ。自分イケてるだろ!みたいな間違った空気出すな。…などなど、私はどんどん不満が募っていく。
帰りたい帰りたい、とは思いつつも私たちがいる席から出入り口は丸見えで、トンズラなんてできない。どうしようかと嘆息し、コースターを弄っていると、不意に影が落ちた。ふっと顔を上げれば、お店の雰囲気に合った少しシックな制服の店員さんがテーブル横に立ってた。
「伝票はこちらでいいですか?」
耳に残る声や丁寧な手の動き。嘘っぽくない笑顔。仕事、というより元々そうなんだろうなあと勝手に考察して、はい、と頷く。静かに伝票をテーブルに置き、スッとお辞儀をして、失礼しますの一言。たぶん、この酔っ払い男たちと同じくらいの年齢。だけど、全然雰囲気が違う。
奥に消えた背中からテーブルへと目を戻し、伝票を手に取ってみた。話によれば、今日は男性陣の奢りらしい。どれどれ、と金額に目をやろうとしたとき、付箋の存在に気付いた。首を傾げながら、そっと、付箋を剥して、綺麗な字を追う。なになに――
『抜け出す時は、声をかけてください。 梨木』
……え?
何度か読み返して、きょろきょろと辺りを見渡すけれど、目当ての人はいない。
…梨木って、さっきの人…だよね?たぶん…でも、え?は?私ってば、もしかして帰りたいオーラ出しまくり?
綺麗な字をなぞりながら、なんでだろう、どうしよう、と考える。なんで梨木さんとかいう人がこんなこと言うのかは分からないけど……
「るーちゃんるーちゃん、聞いてる?」
……うん、トンズラさせて頂こうか。
「ちょっとお手洗いに」
肩に廻された手をそっと剥して、さっきの付箋をバックに入れる。バックを掴んで立ち上がると、さっきから異常に絡んでくる男にぶーぶー言われ、ますます帰りたくなってくる。
「るーちゃん早く帰ってきてねー」
ガキかよ。甘えたな声に、適当に返事をして、店の奥を目指す。きょろきょろと梨木さんとやらを探し――
「もしかして探してました?」
早くも素敵ボイスと頭にインプットされた声に、振り返った。さっきと変わらない笑顔に、とりあえず頷くと、こちらです、と促されその背中についていく。
どこ行くんだろう?
右やら左やらしているうちに、倉庫らしきところに入って、さらにその奥の扉に向かう。梨木さんがその扉を押した瞬間、ふわりと風が吹いた。
――外だ。
「ちょっと分かりにくい従業員専用の出入り口なんですよ」
困ったような笑顔に、ふむふむと頷き、次に目を瞬かせる。
「私なんかにそんなの教えちゃっていいんですか?」
その言葉に、今度は梨木さんが目をぱちくりさせ、小さく笑った。
「だって帰りたいんでしょう?帰るなら今ですよ?」
「……!」
う……やっぱりばれている。バックを抱えちょっと小さくなってしまう。恥ずかしい。でも、私の感情が顔に出やすいのか、梨木さんが人の感情に敏感なのか。どちらかは分からないけれど、出会ってばかりだけれど、純粋にいい人だと思ってしまった。
外に出て、ぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございました。助かりました」
「いえいえ。お役に立てたのなら良かったです」
癒し、としか言いようがない笑顔に心が温かくなる。はわー、笑顔がやっぱりいいよこの人。――て、まずいまずい。梨木さん、仕事中だ!
「あの、じゃあ失礼します。本当にありがとうございました。今度お礼に何か持っていきます。いつかはお約束できませんけど」
ちょっと慌て気味の挨拶に失礼かも、と思いつつもくるりと方向転換する。仕事中にほんとに申し訳ない!あああ、ほんとにごめんなさい!!すみません、すみません、と心の中で謝罪して一歩踏み出す。
「お礼なら」
「え?」
微かな声に足が止まる。振り返るより先に、目の前に梨木さんが来た。な、なんで!?
「あの…?」
やっぱり失礼な態度だった?どうしよどうしよ、と戸惑い気味に見上げると、ぶつかった瞳に思考が持って行かれそうになる。な、なんか緊張するんですけど――!?落ち着かない落ち着かない。何だか癒しを通り過ぎている気がする。
「後で、もう一度付箋を見ておいてくださいね」
「へ?」
思わず間抜けな声が出る。どういうこと?
「絶対ですからね」
「…えと、はい」
笑顔付きの言葉に、首を傾げながらもとりあえず頷く。そして、梨木さんも満足したように、頷いて体の位置をずらした。
「では、気を付けて帰ってくださいね」
「あ、はい。お仕事頑張ってください!」
小さく手を振ると、一瞬きょとんとされたがまたあの笑みが返ってきて。扉の奥に消える瞬間まで背中を見送り、ぽつりと呟く。
「……何してるんだ私」
包む世界は暗く、でも心は穏やかで。
――付箋の裏に書かれてある数字の羅列に、帰宅してから気付く私でした。
fin?
連載と言っても、ただの短編をまとめただけというか。単純にそれぞれにタイトルつけるのが面倒だったので(←おい)図書室の定義のような、感じです。読んでいただきありがとうございました。