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自販機

作者: ト部泰史

 一人の男が砂漠をさまよっていた。遭難して十日目である。持っていた水と食料はすでに尽きており、気力だけで何とか歩いている状態だった。

 男は日本のごみごみした街に嫌気が差し、広々としたエジプトへと旅行に行ったわけだが、砂漠を眺めていてふと旅行者にありがちな馬鹿な考えを起こした。砂漠を歩いて越えようとしたわけである。当然の如く道に迷い現在に至っている。

 砂漠を越えようとするにあたり水と食料は持っていったが、所詮は素人判断の量ですぐに無くなる事となった。

 男は後悔する気ももはや起きずただただ歩いている。水を求めてオアシスを探したがそんなもの都合よくあるわけが無い。金はあるのにこんなところではのどの渇きを癒すことも出来ない。男は自動販売機のことを思った。あれが今ここにあればどんなに助かることか。

 

 東京にいたころはそこらじゅうに置かれた自販機のことがあまり好きではなかった。必要以上に置かれていることが無駄に感じるし、省エネだの言われている最近の風潮から真っ向から反抗している。もっと言えば必要以上に人がいる、あのごみごみとした都会の象徴にも思える。

 男はそんなことを考えながら歩いていると、何かにけつまずき前のめりに倒れた。このまま倒れていたいとも思ったが、何にけつまずいたのか気になり後ろを振り向いた。

 足元を見ると急須の様な物が砂に埋もれていた。手にとってまじまじと見ると急須ではないことが分かった。汚れていたのでごしごしとこすってみる。

 すると口のところからもくもくと煙が出てきて煙の中から巨大な人影が現れた。いきなりのことで腰を抜かした男に煙の主は声をかける。

 

 「ハロー、ニーハオ、グーテンターク、アンニョンハシムニカ、ナムステ、ボンジュール、こんにちは」

 男はあっけに取られていたが、あいさつをされたのだと分かるとなんとか言葉を返す。

「……こんにちは」

「おお! あなたは日本人ですか。私はずいぶんと長いこと生きていますが日本人には初めて会いましたな。いやね、私はあなたを見た瞬間日本人だなとは思いましたけどね。念には念を入れて各国の言葉であいさつをしたわけですよ」

 「あんた誰だ?」

 「ああすいませんね。紹介が遅れました。私はいわゆるランプの精というやつです」

 男は手に持った急須のようなものを見る。ものすごく汚れているので分からなかったがランプだったらしい。

 だがそれよりも大事なのは、目の前にいる巨人がランプの精だということだ。見た目はただのでかいおっさんというだけなので、その事実を信じがたかったが、ランプの精であればやってもらうことは唯一つだ。

 「それで、願いは叶えてもらえるのか」

 「そうです。何でも言ってくださいよ。どんな願いもお安い御用です」

 「じゃあ自販機を出してくれ」

 

 町に送ってくれだとか家に帰りたいといえば良いのに、さっきまで自販機のことを考えていたせいでついそういってしまった。男はしまったと思ったがまだ願いは二つある。そこでゆっくり考えればいいだろうと落ち着いた。

 「妙な願い事ですね。じゃあ願い通り自販機をここに設置しましょう……はいっ!」

 ランプの精の掛け声とともに何も無い砂漠に自販機が出現した。

 「じゃあ願いは叶えたので帰りますね」

 「えっ、願い事って三つじゃないの?」

 「確かに昔はそうでしたけどね。最近はこの業界も不況でして。予算削減されてしまったんですよ。なので残念ですが今では願い事は一つっていう決まりになってるんです。じゃあもう質問は無いですね。帰ります」

 「えっ、あっ、えっ、おっ、えっ」

 待ってくれという暇も与えずランプの精は消え去った。後には男と自販機とランプが残された。

 

 男はしばらく呆然としていたが、ランプがまだ残っているのを見ると引っ掴みごしごしとこすった。数分やっても何も起きないのでさらにやるとランプの口から紙が吐き出された。紙には「お一人様一回まで」と書かれている。

 ひざを着き何もする気が起きなかったが、のどの渇きには勝てない。のろのろとした動作で、財布を出し自販機にお札を入れる。

 しかしすぐにべーっと吐き出された。何回か同じ事を繰り返したが何度も吐き出される。男は何事かとお札を確認し、吐き出される理由が分かった。エジプトの金だったのだ。自販機を見ると日本円にしか対応していない。ランプの精はご丁寧にも日本人仕様にしてくれたらしい。そのことが分かった男はばたりと倒れた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして! 導入からオチまで、まるでプロの作品のように完ぺきだと思います。 オチは、「あ、そういえばそうか」と一本とられた感じでした。 これからも執筆がんばってください!
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