シュガーレス・ハッピー。
隣にいられる。
それだけでいいと思えたら。
「いい加減に気づけ……」
彼は顔に手をあてて今日も深いため息を零した。
「あいつは鈍感すぎる……」
「でも、そんな天然鈍感ふわふわ可愛い所が好きなくせに」
さらりとそれだけ言ってやれば、俯きっぱなしだった顔が勢いよくばっと上がる。
その顔は、
「自覚済みだと思うけど真っ赤よ」
「自覚済みだと思うなら言うな」
「まぁ、照れるならもっとわかりやすく照れたらどう?」
「……悪かったな」
彼の声は抑揚がなくて、表情だっていつも仮面のように動かない。
今だって、真っ赤なんて言ったけど本当は微かに赤みがさしているだけ。
クラスメイトからは鉄壁の男だなんて、呼ばれてる可哀相な彼。
そんな彼が恋をしている。
寡黙で、淡々としているポーカーフェイス。
彼の第一印象はそんな所だった。
もう少し関わってみれば、実は不器用でちょっとズレててなんだか顔に似合わず可愛らしい人だとわかる。
一見すると無愛想に見える無表情も、上手く感情を表に出せないだけだ。
実際、心底驚いたと口にした時の顔があまりに普段と変わらない無表情すぎてクラスメイトに大爆笑されていた。
けれどある時、私はそんな彼の表情が柔らかくなる瞬間に出会った。
一度気がついてみれば、それは日々繰り返されていて、私は程なくしてそれが向けられる相手を知った。
そして、知ってしまえば彼の不器用さに耐え切れず私は言ってしまったのだ。
「好きならもっとアプローチしてみたら?」
その時の彼の表情は今まで見た中で、一番人間らしかった。
「確かに結構わかりやすく好意示してると、私も思うよ」
「おそらく俺の無表情が原因だろうな」
あの一件から、私は彼の相談役になった。
彼の想い人を知っている唯一の人間だから必然的にそうなった。
めったに使われない屋上への階段。
ここで話をするのはもうありふれたこと。
一向に進展のない状況に私も息を吐く。
「さくっと幸せになってよ」
「俺にか?」
「以外に誰がいるの、ここに」
呆れて尋ねれば、彼は微かに眉をひそめた。
近頃は前より表情の機微がわかるようになった。
「相談は迷惑か?」
「違うよ。いい人間には幸せになって欲しいっていう単純な心理」
実際はもっと複雑な心理だけれど、それ以上は彼には言えない。
いつの間にかありふれたことになった君との時間。
大切と思う私がいる。
不器用な彼の恋を応援したい。
これは確かに本音。
幸せになって、笑ってほしい。
これだって本音。
でも、彼の恋が成就したら。
このありふれた大切な時間は消える。
気がついたら日常に彼がいて、それが普通になっていた。
彼と話す度のが楽しくて嬉しくて、気づけばなくすことが怖くなっていた。
私は本当はそれが怖い。
「なら」
彼がふいに私を見た。
揺れない瞳に私が映る。
「お前も幸せにならないとな」
隣にいる彼がそう言って微かに笑った。
思わず泣きそうに、なった。
あぁ、どうしてと堪らず上向く。
彼が不可解そうに私の名を呼ぶ。
私はおどけていつも通りを取り繕った。
「勝手に私が不幸って決め付けないでくれる?」
「別に俺も不幸じゃないが……」
「はいはい、わかってるわよ!」
彼は元気がいいな、と少し困ったように苦笑した。
今ちゃんと笑えているといい。
幸せなら泣くよりも、私は笑っていたい。
彼の隣にいれるだけでいい。
私はそれだけしか望まない。
例え彼の幸せが私のありふれた幸せを壊すとしても、私は彼の幸せを祈らずにはいられない。
青い恋をしている10題。
8.ありふれてる大切なこと
『確かに恋だった。』より