貴方だけは言わないで。
好きに終わりがあるなら、
きっと貴方を好きにならなかったのに。
「わたしは好きよ」
こんな時にも、貴方は目を逸らさない。
だから、その瞳が好きだった。
「でも、もうだめなんでしょう?」
静かに尋ねた。
泣き叫ぶなんて考えられなかった。
そういうところがよくないのも理解していた。
自分が可愛くないことなんて、ずっとずっと知っていた。
それでも、貴方に名前を呼ばれるたびに可愛くなれる気がした。
「すまない」
その一言に、わたしは目をつぶった。
好きな本が一緒だった。
始まりはそんなささいなこと。
それがいつの間にか、お互いに本を薦め合い、好きな音楽の話をして、休みの日に一緒に出かけるようになった。
気づけば友人だったし、気づけば恋人だった。
分かりやすい区切れも、一般的な関係の手続きも一切なかった。
「好きだ」
ふいに話の途切れ目にそう言われたことがあった。
わたしはそれが今一緒に見た映画のことにも思えたし、わたしに言っているようにも聞こえた。
別にわたしは何がとは聞かなかったし、貴方もそれ以上は何も言わなかった。
けれど、気づけばどちらともなく手を繋いで、唇を合わせて。
甘さなんてきっとなかった。
どこまでも静かで、傷つかない距離で相手と恋していた。
それでも、わたしは貴方に恋をしていた。
「こんな終わりですまない」
閉じた瞼の向こうで貴方の声だけが聞こえる。
暗闇に溶けるようなその声がわたしは好きだった。
今まで好きだなんて口にしたことはなかった。
だから、いまさっき自分が言った言葉を思い出して、可笑しくなった。
それはまるで引き留めるように繋ぎ留めるように。
今まで、一度でさえ言わなかったのに。
それなのに、こんなに胸が苦しくて。
「終わりだなんて言わないで」
堪らず開いた瞳に、貴方。
眩しい世界と近いのに遠い貴方が悲しい。
「でも、終わるのは事実だ」
「終わらないわ。これから始めるの」
「……すまない」
貴方は頭を垂れて、それから踵を返した。
遠ざかる背中はこんな時にもしゃんとしていて、だから。
だから、好きだった。
そんな貴方だから好きだった。
さらさらこぼれ落ちていく気持ちを、なくしていく自分をかき集めて呟いた。
「終わるなんて言わないで……」
終わりじゃない。
わたしは終わるのが嫌だったのだと、貴方はきっとわからない。
「好きよ」
こぼれ落ちたひとつ。
愛おしげに頁をめくるあの長い指。
「好きなの」
こぼれ落ちるひとつ。
花を見つめるような優しいあの眼差し。
「貴方が思っていたより、わたしはきっと貴方が好きだったのよ……」
いま頬を伝う気持ちを、もっと早く貴方に言えばよかった。
終わるなんて言わないで。
お願い、わたしが恋した人。
わたしの想いなのに、終わるなんて貴方だけは言わないで。
青い恋をしている10題。
7.終わるなんて言わないで
『確かに恋だった。』より