あの日の温度を君と。
振り返れば君がいて
それがどれほど幸せだったか。
許されたわけじゃないのに、君はいつだって笑うから嫌になる。
「どうしたんです? このチョイスが不服なんですか?」
「別に」
渡されたアイスが溶ける前に、手早く封を開ける。
少し汗をかいたアイスはいつもと同じソーダ味。
「なら何がそんなに不服なんですか?」
「なんで不服だって決め付けんの」
「眉根がよってるからですよ」
指摘されて、余計に眉根がよるのが自分でも分かった。
君はそんな私を見て、目元を優しく緩ませた。
「次はバニラにしましょうか」
「……ソーダでいい」
君は知ってる。
私がソーダ味のアイスが一番好きなこと。
だけど、知らないふりで買ってきて、いつも少し意地悪を言う。
だから、私は素直に喜べなくていつだって不服そうな顔になってしまう。
「夏ですね」
ふいに思い出したように、君が呟いた。
ぽたりと溶けたアイスがアスファルトに染みを作る。
その黒い点にいろんなものが吸い込まれて、ぐるりと世界が変わればいいのに、なんて一瞬だけ思った。
私は君の宝物を壊した。
その夏、私は君が一冊の本を大切にいつでもどこでも持ち歩いていることに気がついた。
それは去年の夏にはなかったものなのに、君にとても大事にされていた。
私が遊ぼうと誘っても、一緒にいても、君は手放さなくてとても嬉しそうな表情でその本ばかり眺めていた。
たぶん、幼心に悔しかった。
私と一緒にいることより、一人で本を読んでいることのほうが楽しいなんて許せなかった。
今ならわかる。
たぶん私は、淋しかった。
「ごめん」
またぽたりとアイスが溶けて、アスファルトに染みを作る。
君はアイスをくわえたまま、きょとんとした目を私に向けた。
「何についてですか?」
「アイス買ってきてくれたことについて」
食べかけのアイスはぽたりとぽたりと夏の日差しに溶けていく。
私はあの夏、君の本をびりびりに引き裂いた。
焦げるような暑さの中で、必死で泣きながら君の宝物を壊した。
そうすれば、一体どうなると思ったのだろう。
君が私だけを見てくれるとでも思ったのだろうか。
いや、たぶん幼い私にはそれがどんな感情か説明できなかった。
だから全て破り捨ててから、君を見て凍りついた。
君は微笑んでいた。
音もなく壊れていた。
後から知ったのは、その本が君のお母さんの形見だったこと。
「ごめん」
意味もなくもう一度繰り返す。
あの時、私は謝れなかった。
でも、君はなんの変わりなく私の隣にいてくれた。
そして、こうして今も。
太陽が肌を焦がしていく。
あの日と同じ熱でじりじりと。
君がんーと気のぬけた声を発した。
「それはごめんより、ありがとうですね」
君は食べ終えたアイスの棒を指揮棒のように振って笑って見せた。
それが泣きたいくらい眩しかった。
「馬鹿」
「え、今のは礼儀講座ですけど」
「うっさい馬鹿」
「んー。理不尽です」
君がいつも変わらない笑顔でいるから、私はつい許された気になってしまうんだよ。
口から出かかった言葉を飲み込む。
代わりに溶けかけたアイスを一口で口に滑り込ませた。
「いつもありがと」
「え、今なんか言いました?」
「……聞こえてるくせに。馬鹿」
君が変わらない笑顔をくれることが、私にとってどれだけ幸せか。
きっと君は知らないでしょう。
言うつもりはないけれど。
許されるつもりもないけれど。
でも、そんな理屈抜きで君が笑ってくれると私は嬉しくなるんだ。
青い恋をしている10題。
6.きみは変わらない笑顔で
『確かに恋だった。』より