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僕の羊と君が眠るまで。  作者: シュレディンガーの羊
◇青い恋をしている10題
3/32

優しい君と朽ちていく。




この爆弾は甘く熟して、

いつかそのまま朽ちていくから。




もう誰もいないマーマレードみたいな色の教室。

帰りの仕度をしていれば、後ろから声をかけられた。


「今から、帰りか」

「そ。委員会が長引いたんだよ」


まったく嫌になるね、おどけながら振り返れば思った通りの君の姿があった。

肩から提げられたエナメルバックが目に留まり、おそらく部活が終わったのだと検討をたてる。


「なに忘れ物でもした?」

「いや」

「なら、なんで教室きたの?」


教科書を詰め終え、君のほうに歩み寄りながら鞄を背負う。

勢いをつけすぎて、よろけかければ、君は自然と手を貸してくれた。

背中に触れた手はそのままに、君は独り言のように呟く。


「お前がいる気がしてな」


何気なく言われたであろうその一言に、息が詰まった。

触れられている手に熱を錯覚して、慌てて離れる。

鞄を背負いなおし、平静を装って促す。


「とりあえず、帰ろっか」

「あぁ」


君はいつも通りに無感動にそう返した。




幼なじみ。

多くの友達は私と君の関係牲をそうやって言葉にする。

小さい頃から家族間の交流があって、一緒にお風呂に入ったことも寝たこともあって、確かに一般的にそう言うのだとはわかっていた。

わかっていたのだけれど、何か違和感のようなものがあって。

それを理解したのは、あの一言のせい。


「好きだ」


中学の卒業式に腕を捕まえられて、君が私に放った言葉のせい。

ぐるりと世界が反転したみたいなあの感覚を、私は多分忘れない。

でも私はその時、それが何を意味するのかわからなくて結局、逃げだした。


「わ、わかんないよっ」


振り払った手は思っていたよりたやすく解けて、それに私は戸惑って、でも立ち止まれなかった。

今までがみんな壊れていくようで、迷子のように泣きたくなった。

けれど次の日、君は全てをなかったことにしていつも通りに振る舞った。

私の中に爆弾を落としたままで。




家が隣なのだから、君と家路につくのは習慣に近いものがある。

ぐりこ、白線しか踏まない遊び、そんな二人遊びが私たちの幼少期だった。


「今度の試合、勝てそうなの?」


並んで歩くと、もうあの頃とは歩幅が違って少し感傷的になる。


「勝つ」

「勝てそうかって聞いてるのに」


頬を膨らませて抗議すれば、君は少し困ったように眉を潜める。


「勝てると思ってやる」

「ん! 今のスポーツマンらしい」

「それは褒めてるのか?」

「褒めてる、褒めてる」


笑って君を見上げれば、君の瞳が優しさを帯びた。

見守るようなその色に、慌てて目を逸らす。

駆け足になった鼓動に、知らず知らず俯いて目をつぶる。


「どうした? 大丈夫か」


微かに心配を含んだ声音に、大丈夫と言葉を返す。

甘い、と思う。

君は私に甘い。

今、君が向けてくれるものが、どういうものなのか私はわからない。

男女の友情は成立しないと、誰かが昔言っていた。

その時の私は嘘だと言った。

そう信じていた。


「……わた、し」


耐え切れずに君の袖口を引いた。

振り返る君の顔が見れない。

それでも、見られていると思うだけで頬が赤くなる。

黙らないで、何か言ってと、泣きたくなった。

好きなのだ。

私は君が好きだ。

あの時、あんなふうに傷つけたのに好きなんだ。

だって知らなかった。

君が言うまで、この気持ちが恋だなんて知らなかった。

黙る私の上に君の声が優しく降る。


「無理するな」


掴んだ裾を優しく解いて、君が歩き出す。

その背中を見て、唇を噛む。

君はきっと知っている。

私のこのずるい気持ちを。

好きだけれど、このまま優しい関係のままでいたいという願いを。

だから、私が必死で気持ちを隠しているのも知っていて黙っている。

あぁ、なんて、


「優しすぎるわ、ばか」


隠しきれない。

どうしよう。

その背中に抱き着きたい衝動。止めて。

この爆弾が熟しきったら、私はきっと隠しきれない。

でも、その爆弾が朽ちることも、君を焦がすことも望んでいて。




気づいて。気づかないで。

恋を始めたら、いつか終わるでしょう?

君とずっと一緒にいたいのに。

気づいて。気づかないで。



だって、君となら恋したいと思えたの。








青い恋をしている10題

3.どうしよう隠し切れない

『確かに恋だった。』より


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