優しい君と朽ちていく。
この爆弾は甘く熟して、
いつかそのまま朽ちていくから。
もう誰もいないマーマレードみたいな色の教室。
帰りの仕度をしていれば、後ろから声をかけられた。
「今から、帰りか」
「そ。委員会が長引いたんだよ」
まったく嫌になるね、おどけながら振り返れば思った通りの君の姿があった。
肩から提げられたエナメルバックが目に留まり、おそらく部活が終わったのだと検討をたてる。
「なに忘れ物でもした?」
「いや」
「なら、なんで教室きたの?」
教科書を詰め終え、君のほうに歩み寄りながら鞄を背負う。
勢いをつけすぎて、よろけかければ、君は自然と手を貸してくれた。
背中に触れた手はそのままに、君は独り言のように呟く。
「お前がいる気がしてな」
何気なく言われたであろうその一言に、息が詰まった。
触れられている手に熱を錯覚して、慌てて離れる。
鞄を背負いなおし、平静を装って促す。
「とりあえず、帰ろっか」
「あぁ」
君はいつも通りに無感動にそう返した。
幼なじみ。
多くの友達は私と君の関係牲をそうやって言葉にする。
小さい頃から家族間の交流があって、一緒にお風呂に入ったことも寝たこともあって、確かに一般的にそう言うのだとはわかっていた。
わかっていたのだけれど、何か違和感のようなものがあって。
それを理解したのは、あの一言のせい。
「好きだ」
中学の卒業式に腕を捕まえられて、君が私に放った言葉のせい。
ぐるりと世界が反転したみたいなあの感覚を、私は多分忘れない。
でも私はその時、それが何を意味するのかわからなくて結局、逃げだした。
「わ、わかんないよっ」
振り払った手は思っていたよりたやすく解けて、それに私は戸惑って、でも立ち止まれなかった。
今までがみんな壊れていくようで、迷子のように泣きたくなった。
けれど次の日、君は全てをなかったことにしていつも通りに振る舞った。
私の中に爆弾を落としたままで。
家が隣なのだから、君と家路につくのは習慣に近いものがある。
ぐりこ、白線しか踏まない遊び、そんな二人遊びが私たちの幼少期だった。
「今度の試合、勝てそうなの?」
並んで歩くと、もうあの頃とは歩幅が違って少し感傷的になる。
「勝つ」
「勝てそうかって聞いてるのに」
頬を膨らませて抗議すれば、君は少し困ったように眉を潜める。
「勝てると思ってやる」
「ん! 今のスポーツマンらしい」
「それは褒めてるのか?」
「褒めてる、褒めてる」
笑って君を見上げれば、君の瞳が優しさを帯びた。
見守るようなその色に、慌てて目を逸らす。
駆け足になった鼓動に、知らず知らず俯いて目をつぶる。
「どうした? 大丈夫か」
微かに心配を含んだ声音に、大丈夫と言葉を返す。
甘い、と思う。
君は私に甘い。
今、君が向けてくれるものが、どういうものなのか私はわからない。
男女の友情は成立しないと、誰かが昔言っていた。
その時の私は嘘だと言った。
そう信じていた。
「……わた、し」
耐え切れずに君の袖口を引いた。
振り返る君の顔が見れない。
それでも、見られていると思うだけで頬が赤くなる。
黙らないで、何か言ってと、泣きたくなった。
好きなのだ。
私は君が好きだ。
あの時、あんなふうに傷つけたのに好きなんだ。
だって知らなかった。
君が言うまで、この気持ちが恋だなんて知らなかった。
黙る私の上に君の声が優しく降る。
「無理するな」
掴んだ裾を優しく解いて、君が歩き出す。
その背中を見て、唇を噛む。
君はきっと知っている。
私のこのずるい気持ちを。
好きだけれど、このまま優しい関係のままでいたいという願いを。
だから、私が必死で気持ちを隠しているのも知っていて黙っている。
あぁ、なんて、
「優しすぎるわ、ばか」
隠しきれない。
どうしよう。
その背中に抱き着きたい衝動。止めて。
この爆弾が熟しきったら、私はきっと隠しきれない。
でも、その爆弾が朽ちることも、君を焦がすことも望んでいて。
気づいて。気づかないで。
恋を始めたら、いつか終わるでしょう?
君とずっと一緒にいたいのに。
気づいて。気づかないで。
だって、君となら恋したいと思えたの。
青い恋をしている10題
3.どうしよう隠し切れない
『確かに恋だった。』より