6.
すみません。長いです。
キリの良い適当な部分が見当たらず、今回、2,000字オーバーです。
特に、携帯からご覧いただいている方、本当にゴメンナサイ…。
腱鞘炎に、ならないで、ね?
「ユウ、度々申し訳ありません。アートはいい奴なんですが、少々、真面目過ぎるところがあって…」
「いえ……」
「さ、ユウ様、こちらを羽織ってくださいまし。お身体が冷えてしまいます」
バスケットから取り出した淡い色彩のストールをふわりと肩から掛けられる。
「あ、すみません。ありがとうございます」
「ユウ、彼女はジュディ。君の世話をしてくれるよう、頼んであります」
「ユウ様、申し遅れました。私、ヴィンセント様にお仕えしております、ジュディ・ブリュネルと申します。ジュディ、とお呼び下さい。ユウ様がこちらでご静養なさる間のお世話を、ヴィンセント様より承っております。どうぞ、ご遠慮なさらず御用をお申し付けくださいませね」
そう言いながら、彼女はユウの手からタオルを受け取り、そっと微笑む。
「……いろいろとご迷惑をおかけします」
「まぁ、迷惑だなんて。スティアート様の方が、よっぽど迷惑ですわ」
「ジュディ、それはあんまりだ。アートが可哀想だよ」
ぷぅ、と頬を膨らませる彼女の隣で、ヴィンセントが口元を押さえクツクツと笑った。
「気分はどうですか? 少しは楽になりましたか?」
ヴィンセントがベッドの脇で跪き、ユウの顔を覗き込む。
「……ええ、おかげさまで」
彼女は俯いたまま、ニコリともせずそう答えた。
「……少し、話をしましょうか?」
ジュディがヴィンセントのいるところまで椅子を持ってくる。
彼は片手を挙げ「ありがとう」 とジュディに礼を言い、椅子に掛けた。
ジュディは「何か御用の際はお呼び立て下さいませ」 と、一つ黙礼をして部屋を出て行った。
「さて、何から話しましょうか? 何か訊きたいことはないですか?」
相変わらず、物腰の柔らかい話し方で言葉を紡ぐヴィンセント。
「訊きたいことが多すぎて、どれから訊いていいのか……」
「そうですね。では、この大陸のことを少し話しましょうか?」
穏やかに微笑むヴィンセントに、ユウは、素直に首を縦に振る。
* * * * * * *
自然豊かでおおらかな大地、『レリーズフィールド』。
この母なる大陸には、三つの王政国家がある。
一つは、大陸の北東部にある『レイズリール』。
鉱物の産出が多く、工業が主な産業で、この大陸では二番目に大きいな領土を持つ国。
優れた技術の工業製品を大陸内外の国に輸出している。
一つは、大陸の北西部にある『カーエンタール』。
領土は一番小さいが商業が盛んで、主に貿易で成り立つ国。
一次産業がほとんど根付いておらず、生活に必要なものは、そのほとんどを他国からの輸入で賄っている。
また、貿易国であることから犯罪も多く、その為、大陸三国の中では、最も大きな軍事力を保有している。
そして、最後の一つは、大陸の南側殆どを占める『ベイルシャール』。
レリーズフィールド三国の中で最も領地が大きく、一番長い歴史を持ち、また、最も栄えている国。
農業が盛んで、農産物はもちろん、その加工品の品質にも優れている。
この大陸三国は、遥か昔に起きた大きな戦争以降、万一、その領地を他国から侵略されるような事態に陥ったとしても、すぐさま当事者以外の国の援助が入る協定を結んだ。
とは言っても、ここ百年以上、そういった事態は起きておらず、どの国家の国民達にも安穏な暮らしが続いている。
* * * * * * *
ヴィンセントが物静かに語るこの“世界”を、ユウはじっと聴いていた。
彼女が義務教育で教わった世界には、『レリーズフィールド』などと言う名前の大陸はなかった。
やはり、この“世界”は、彼女がいた世界ではないらしい。
ユウは溢れてくる不安な気持ちを抑え、ヴィンセントに向き直る。
「……私、コチラの“世界”に来て、何日経ったんでしょう?」
「眠り続けていたのは一週間です。ですから、今日で八日目。実は、貴女の首を傷付けたナイフ、アートが刃に弱い毒を仕込んであって……。貴女にはこの毒に耐性がなかったのか、大変辛い思いをさせてしまった。本当に申し訳ない」
ヴィンセントが深々と頭を下げる。
その姿に、なぜが動揺してしまう彼女がいた。
「あの、止めて下さい。こうして手当もしてもらっているし、もう、いいですから……」
「身体はどうですか? 傷は、痛みますか?」
「いえ、大丈夫です」
「そうですか……。術が間に合ったようで、よかった……」
ホッとしたように表情を緩めるヴィンセントに、ユウは気になった言葉を問う。
「術?」
「ええ、解毒のための魔術ですが、それが何か?」
「魔術、ですか」
「力の小さな者でも使えるような特別なものではありませんが、どうなされました?」
「……私の国に、魔術は存在しません」
「そう、ですか。ここに住まう者は、大なり小なり魔力を持ちます。魔力が無い、魔術が使えないと言ったことは有り得ないのです」
「……もう、どうやっても、帰れませんか?」
絞り出すような声の問いかけに、ヴィンセントは辛そうな笑顔を浮かべた。
何も言わない目の前の男に、彼女は縋るような視線を向ける。
嫌な沈黙が部屋の中に満ちていく。
その重い静寂に堪え切れず、ユウが両掌で顔を覆うと、その隙間から涙がこぼれた。
「……今、貴女をこの世界に呼び寄せた人間を全力で捜しています。すみません。私たちができるのは、それが精一杯なんです……」
「捜し出してどうするんですか? その犯人が見つかったとしても、私は帰れないんでしょう? なら、犯人なんかどうだっていい。私を、元の世界に帰してっ!」
抑えていた不安な気持ちが一気に溢れ、咽び泣く声が叫び声に変わる。
ユウの顔を覆っていた手は、何時しかシーツとともに固く握り締められ、強く震えた。
慟哭が部屋中に響き渡り、ベッドの上で折った膝を抱え込んだ彼女の微かに震える背中を、温かく大きな手はそっと撫で続けた。
暫くそれが続き、その声がほんの少し落ち着いた頃、項にヒヤリとした手が添えられ、直後、ユウは恐ろしいほどの眠気に襲われた。
「な、にを?」
ユウがヴィンセントを睨み付けようとするも、力は全く入らない。
「“眠り”の魔術をかけました。……もう少し、おやすみなさい」
辛うじてヴィンセントの姿を視界の端にとらえたところで、ユウはそのまま深い眠りに落ちて行った。
「……力及ばずの私を、どうか許してください」
震える声で呟いたその顔が、恐ろしいほど苦しげに歪んでいたことを、彼女が知ることはなかった。
ここまでお読みいただきました、心優しきあなた様。
お疲れ様でした。そして、心から、ありがとうございます。
諒でした。