7.
しんっ、と重く沈黙がのしかかる。
ユウは、呼吸をすることすら、忘れていた。
「……い、ま、なんて……」
ようやく破られた沈黙に、エヴァは、もう一度、答えた。
―― 勇敢ナル人は、我ヲ拾ッタ術師ノ子ダ。
「な……」
―― 似テイテモ、ナニモ不思議デハナカッタンダ。父子ナンダカラ。
「どうして、父子、だと?」
―― ヒューノクレタイヤーカフハ、片方ダケダッタ。ソノモウ片方ヲ、クリストフガ身ニツケテイタ。ソレニ気付イタノハ、アヤツダッタガナ。訊ケバ、幼イ頃、死二別レタ母親カラ、形見トシテ渡サレタソウダ。イツカ父ニ逢ウ日ガ来タラ、自分ガ息子ダト名乗レルヨウニ、ト。
哀しげな瞳でエヴァを見るユウに、エヴァは優しく続けた。
―― ソレガ判ッタ時、アヤツハ、我ニ、ヒュート言ウ男ノ事ヲ、父ノ事ヲ教エテ欲シイ、ト言ッタ。我ハ、ソレヲ聞イテ、ソノ場ニ崩レタ。
「エヴァ様」
―― ソノ後ノコトハ、少シノ期間、記憶ガナイ。気ガツケバ、見知ラヌ寝台ノ上ダッタ。
* * * * * * *
懐かしい森の木々の匂いが鼻をかすめ、エヴァはゆっくりとその眼を開いた。
見たことのない天井。小さな窓は開け放たれ、行き来する風で、カーテンがゆらゆらと揺らいでいた。
ぼんやりした意識のまま、ふらり、と身体を起こすと、パタリ、と扉の閉まる音がエヴァの耳に届いた。
「気が付きましたか? 随分、疲れていましたからね」
勇敢なる人、と呼ばれた男が、水を湛えた桶を手に部屋に入ってきたところだった。
「あなたは……?」
「私はクリストフ。あなたと共に居た、ヒューの息子です」
「なにを根拠に息子だなんて! それに、ここは……?」
「ここは、人里遠く離れた山の中の一軒家で、私がずっと暮らしてきたところです。人は滅多に近寄りません。ご安心なさい。それと、根拠なら、これです」
クリストフは桶を寝台近くの台に置き、振り返った。
そして、桶から離した手で、すい、と白金の髪を左耳にかけた。
その耳には、エヴァがヒューから譲り受けたものと同じデザインのイヤーカフが、窓から差し込む光を受けて、くすんだ銀色を放っていた。
「母の形見です。父が、母に遺した、唯一のもの。失礼。あなたのそれを外しても?」
エヴァがこくりと頷くと、クリストフはエヴァの右耳のイヤーカフを外してから、自身のイヤーカフも外し、二つをそっと近づけた。
二つのカフが、ぽうっ、と仄かに光を放った。
「どうやら、父が、術をかけていたようです。どちらかが何も語らなくなっても、お互いがわかるように」
儚げに笑い、エヴァの耳にカフを付け直した。
「どうして私を生かしたの? あのまま、ひと思いに」
「言ったでしょう? 私に父がどんな人だったか教えて欲しい、と。ずっと、捜していました。父は、母が身籠っているにもかかわらず兵に取られ、どんなに待っても帰ってこないまま……母は一人で私を産み育てました。私が五歳になった年に、流行り病で亡くなりました」
クリストフは自身もそれを付け直し、寝台に腰かけた。
「母が亡くなって十八年も経ちました。私が父を捜し始めてからは十年になるでしょうか。ようやく、あの街までたどり着きましたが……」
苦しそうに顔を歪めたクリストフから、エヴァは視線を逸らした。
「ごめん……なさい。私が……私に、もっと力があったら……」
「あなたが謝ることではないのです。父は、最期まで、幸せだったと思います。母の事は護れませんでしたが、あなたを護ることができたんですから」
その言葉に、エヴァの涙が一気にあふれた。
「私……、私っ!」
「ありがとう。ずっと父を想って、一人、闘っていてくれたんですね」
そっとクリストフに抱き寄せられ、エヴァはその身を預けて、声を上げて泣いた。
暖かかった陽射しがすっかり傾いたころ、泣き疲れ、久しぶりに感じた温もりにうとうとと微睡み始めたエヴァの背中を、クリストフは、優しくさすり続けた。
え~、ご無沙汰いたしております……
いつぞやは、『週一更新』などと大きなことを声高に叫んでおりましたが……
すっかり、ダメダメです……orz 本当に、ごめんなさい。
もし、宜しければ、またお立ち寄り頂けると嬉しいです。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
そんなあなた様に、心の底からの感謝を。
諒でした。