2.
中庭と室内をつなぐ窓まで戻って、ヴィンセントは、ユウが裸足のまま中庭に出ていたことに気付き、困ったように微笑んだ。
抱き上げていたユウの身体をベッドに横たわらせ、ポケットからハンカチを取り出して、ユウが目を覚まさないようにそうっと足の汚れを拭う。
そんな感触がやはりくすぐったかったのか、むにゃむにゃと寝言を言いながらユウは身体をよじる。
無防備なその姿に、ヴィンセントは、ふにゃり、と溶けるように微笑んで、子猫のように背中を丸めて眠る少女の頭の頂にそっとキスを落とし、耳元に小さなささやきを残して部屋を出ていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
―― 目醒メヨ、我ガ力ヲ継グ娘。
闇の奥から響く低い声に、ユウはゆっくりと目を開ける。
見慣れない周囲に戸惑う彼女に、声は穏やかに語りかける。
―― 恐レナクトモヨイ。主ノ心ノ中ジャ。
「心の、中?」
―― ソウジャ。主ニ直接逢ウコトハ、叶ワナクナッテシマッタカラ……
「どういうこと、ですか?」
―― 我ノ遺シテキタ力ガ尽キル。アヤツトノ約束ヲ、違エルコトニナッテシマッタ……
闇の奥から、ぼんやりと光が浮かび上がる。
次第にそれは、霞がかった一人の人物、いつか鏡に浮かび上がった、黒髪の少女を形どった。
「“魔女” 、様?」
―― 主マデソウ呼ブノカ?
目の前の少女は苦笑いを見せた。
―― 我ハ、魔女デモナンデモナイ。タダノ人間ジャ。ホンノ少シバカリ、力ガ強カッタダケデ……
先程とは違う哀しげな声に、ユウは、キュッと唇を噛んだ。
―― ソノヨウナ顔ヲスルデナイ。
「でも……」
―― 我ニトッテハ、終ワッタコトジャ、何モカモ。
白く透ける手が、ユウの頭を撫でるように動く。
―― 主ニハ、スマナイコトヲシテシマッタ。
「エヴァ様?」
―― 予想ヲ越エタ力ノ消耗デ、再ビ争イノ火種ガ燻リハジメテシマッタ。アヤツト、固ク約束シタノニ……
「約束、ですか。それを、あなたは、ずっと一人で守って?」
―― アァ。アヤツトノ、最初デ最後ノ約束ダッタカッラナ。ソレナノニ……
「ここまでお一人で守って来られたんです。その方も、きっと認めてくださいます」
ぴたりと動きを止め、驚いたような表情になったエヴァに、ユウは微笑んだ。
「心の強い、お優しい方なのですね。あなたが、この国の人々から慕われ続けているのが、わかるような気がします」
―― ソウ、ダロウカ?
「ええ、みんな、あなたを慕っています。私もあなたの熱烈な信者を、一人、知っていますから」
ユウは、図書館で絵本を手にしたウォーレンを思い出し、微笑みを深めた。
「だから、大丈夫。あなたはこの国をお護りになる、偉大な方のお一人なのですよ」
―― アリガトウ……
暫くの沈黙の後、震える小さな声で、エヴァは答えた。
―― 主ハ、強イナ。
その言葉に、今度はユウが驚いて声を上げた。
「そんなことは、ないです!」
―― 我ニ恐怖ヲ感ジテハイナイダロウ?
「それは、あなたがエヴァ様だから……」
戸惑うユウに、フフフ、と小さく笑い、エヴァは訊ねる。
―― 護リタイモノガ、アルノジャナ?
その言葉に、静かに、しかし、しっかりとした意思を載せてユウは頷いた。
―― 主ガ、今、ココニイル理由ヲ伝エヨウ……
先回、『1週間に1回は更新!』な~んて大口をたたき、早速蹴倒したほう、諒です……
試験も終わり、少し落ち着くと思ってたのですが、諸事情(全くもって、個人的な事情ではございますが……)により、遅くなりました。
ごめんなさい。 ホントにゴメンナサイ。
こんな奴ですが、今後もお付き合いいただけると嬉しいです。
宜しくお願い申し上げます。
心からの謝罪をこめて。
諒でした。