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黒の管理者  作者:
第二章
41/50

25.

 



 そろそろ深夜の時間に差し掛かろうかと言う頃。

 侍女の詰所には、まだ、二人の姿があった。


 隣り合わせに座ったルーカスが静かに話し始める。

「一週間前、フィーに付き添って、図書館へ行ったな?」

「はい」

「その時、レンに絵本を渡された」

「はい。私、まだ、こちらの文字の読み書きがうまくいかなくて……。ウォーレンさんが『自分の小さい頃、よく読んだ絵本だ』と薦めて下さったので」

「何の、絵本だった?」

「かつての戦争をお一人で抑え、この国を創られた、魔女様のお話でした」

 その答えを聞いて、ルーカスが大きく頷く。

「きちんと読めていたんだな。……お前は、その魔女の生まれ変わりだ」

「……? 仰る意味が、よくわからないんですが……」

 ユウが困惑の表情をルーカスに向ける。それを、ルーカスは真っ直ぐ受け止めた。

「……だろうな。だか、事実らしい。一週間前から、お前の纏う“気配” に魔力が混じり始めている、それも膨大な量の」

「生まれ変わり、って……。魔力なんて、私にはないでしょう? それなのに、どうして生まれ変わりだなんて……」

「“覚醒” したからだ」

「“覚醒” ?」

「封印を解かれた力が、ユウの“気配” として表に出始めているんだ。ここ一週間で、いろいろとおかしなことが起きなかったか?」

「おかしなこと……」

 ユウは目を閉じて、この一週間の出来事を思い浮かべる。

「そう言えば!」

 唐突に目を開き、胸の前で両手を、パン、と合わせる。

「どうした?」

「落として割れたカップを片付ける時に切った指が、その日のうちに、跡形もなく治りました。それも、二、三度」

 両掌をちらちらと見遣りながらユウが告げた。

「回復術か……。他には?」

「リアさんがつまづいた時、持っていた水桶を飛ばしてしまって、辺り一面も水浸しになって、私の隣にあったワゴンも水を被ったんですが……」

「ユウは濡れなかった」

「はい」

 こくり、と素直に首を縦に振るユウを、ルーカスは苦しげに見た。


 ―― 無意識のうちに、いくつか魔術を使えるようだな。だとしたら、ますます……。


 深刻な表情のルーカスを、ユウは心配そうにのぞき込む。

 ルーカスは、ユウの頭を左後ろから片手で引き寄せ、自分の胸へと招き入れた。

「殿下?」

「……どこにも、行かないでくれ。ずっと、俺の隣に……」

「殿下、落ち着いて? 仮に、私がその魔女様の生まれ変わりであったとしても、そこまで……」

「近い将来、戦争が始まる」

 ルーカスは、何処か不安げなユウの言葉を、ピシャリ、と遮った。

「そうなれば、力の強い者達は、否応なく召集され戦地へと送られる。自惚れるわけではないが、俺も間違いなく()くことになる。ヴィンスやアート、レンもだ」


 ユウは、俯いたまま息を詰めて、ルーカスの言葉を黙って受けていた。

 耳元に響いてくる規則的な拍動に、その重さを感じた。

「……ユウ、このままでは、お前も最前線(せんじょう)に駆り出される」

 その言葉に、顔を上げる。

「させたくない。お前は、まだ、何も知らない。お前に、あのような場所は似合わない」

「……でも、その力が、私にはあるんでしょう?」

「お前は行かなくていい。行ってはならない」

「どうして?」

「ユウ……頼む、俺の願いを聞いてくれ」

 切迫の度を高めたルーカスの声が、詰所に静かに響く。

 ユウは、ゆるゆると、頭を横に振った。


「頼む……」

「申し訳ありません、殿下。私には、できません」

 ルーカスの眼に、哀しげな笑顔が映った。

「でも、殿下のその気持ち、嘘でも、嬉しかったから」

「嘘じゃない! 何度言ったら、わかってくれるんだ? 俺には、お前しかいないんだ。お前以外に考えられないんだ、ユウ」

 その両腕の中に閉じ込めた存在に、思いの丈を吐露する。

「……失いたくないんだ。行かないでくれ」

「ごめんなさい。今は……」

 視線を逸らしたユウの言葉に、藍青の瞳は、ほんのひと時、哀しみに揺れた。


「……では、今でなくていい。時間が経って……全て片が付いてから、もう一度、聞かせてくれないか?」

 そっ、と愛しい娘の髪に指を滑らせる。

「……わかりました」

「ありがとう」

 頭の頂に、優しいキスが落とされた。

「殿下……」

「疲れているのに、長い時間、すまなかったな。明日は休みを取って、ゆっくりすればいい。フィーには言っておく」

 そう言って、ルーカスはユウから離れた。


「近いうちに、魔術の教師がつく。いろいろと気難しい人間だが、魔術の腕は確かだ。自分の身を護るためにも、しっかり学ぶように」

「はい、承知いたしました」

 先程までの砕けた口調を消し、いつものように王太子として話すルーカスに、ユウは深く頭を下げる。

 そのしぐさを目の当たりにして、ルーカスはくるりと身をひるがえし、奥歯を、ギリ、と噛み締めた。


「……すまない、護ってやれなくて。どうか、無理だけはしてくれるな。お願いだ……」

 背後にいるはずの黒髪の少女に、ルーカスは、到底届くはずのない声で胸の内を吐き、詰所を後にした。






お立ち寄りくださりありがとうございます。


これをもちまして、第二章、終章です。

思った以上に長くなってしまいました……(汗)

カメ更新も手伝って、ご迷惑をおかけしました……

でもこれで、ようやく、次の章に移れます。

ただ、次の章も、これまで以上の針山が……(涙)


長々とお付き合いくださり、ありがとうございました。

そんなあなた様に、心からの感謝をこめて。


諒でした。


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