23.
忘れた呼吸を取り返すかのように、ヴィンセントは大きく息を吐く。
「……不便だな」
「お前に言われたくないよ、ヴィンス」
互いに顔を見合わせ、ニヤリと笑みを漏らす。
「それにしても、そこまで思い詰めるのは何故だ? 魔女の話に、続きがあるのか?」
「陛下は……父上は、ユウを盾にしようとしている」
「な?!」
「あの力を利用して、国を護ろうとしている」
「バカな……ユウを捨て駒にしようと言うのか? 何も知らないと言うのに?」
「力をコントロールできるように、近々、エディの下で魔術の教育を始めさせるそうだ。自分が犠牲になることを厭わないあの子の事だ。巧く扱えるようになった自分の力が皆を護ると聞けば、自ら進んで最前線へ赴くだろう」
「ああ、間違いなく。ユウは、そう言う気性だ」
「あの子にそんなことはさせたくない。血にまみれた場所など、あの子の立つ場所ではない。それに……」
ルーカスの言葉が、不意に途切れた。
「それに?」
「……想い人一人護れずに、国なんか護れるかっ!」
不貞腐れたように口元をへの字に歪め、吐き捨てるように呟くルーカスを、複雑な思いでヴィンセントは見詰めた。
「……で、どうするつもりだ?」
「妃として、迎える」
ヴィンセントの問いかけに、間髪を容れずルーカスが答える。
「そ……!」
「何処の国が、戦わせるために王妃を戦地に送り込む? 俺には王妃候補は何人かいるようだが、正式に取り決めた婚約者はいない。不可能ではないだろう?」
「だからと言って、それは!」
「……思い、付かないんだ。どうしたら、引き留められるか。俺は、ユウを護るためだったら、どんな手段も使う。汚いと罵られようとも、構わない」
「ルー……」
激しすぎるルーカスの決意に、ヴィンセントは絶句した。
窓の外の茜色だった空はすっかり色を塗り替え、宵の闇が覆っていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「では、フィオナ様、本日はこれで下がらせて頂き、また明朝にお伺いさせて頂きます」
二人の侍女が、仕える女主人に深々と頭を下げる。
「今日も一日ありがとう、リア、ユウ。また、明日ね。御苦労様」
フィオナは花がほころぶような笑顔を浮かべ、目前の二人に一日の労をねぎらう言葉をかけた。
「では、失礼致します」
「ありがとう、リア」
「おやすみなさいませ、フィオナ様。よい夢を」
「ありがとう、ユウ。あなたも、よい夢を」
それぞれ暇の挨拶をして部屋を出て、詰所へと戻った。
「今日もお疲れ様、ユウ。いつも、ありがとね。私気が回らなくって」
「そんな。たまたまできることをしただけで……。リアさんも、今日もお疲れ様でした」
お互いに顔を見合わせてにこやかに言葉を交わす。
そんな穏やかな時間を、ユウは心から喜んだ。
「じゃあ、私はこれで部屋に下がるから。また明日ね、ユウ」
「はい、リアさん。おやすみなさい」
大きく手を振り自室へと引き上げていくリアの後姿を、ユウはにこにこと微笑みを浮かべて見送る。
「ユウ」
その姿が見えなくなった頃、後ろから、名を呼ぶ低い声が響いた。
不意打ちを食らったユウは、一瞬、呼吸を忘れる。
小さく息をし、恐る恐る振り返ると、そこにいたのはルーカスだった。
「……ルーカス殿下……もう、驚かさないでくださいよっ!」
ユウがその姿を認め、ホッとしたのもつかの間、ルーカスの様子がおかしいことに気付く。
いつもの掴みどころのない雰囲気はなりを潜め、酷く深刻な表情でユウを真っ直ぐに見ている。
「殿、下?」
首を傾げ恐る恐る訊ねるユウの腕をとり、ルーカスは、詰所へと足を踏み入れ、扉を閉めた。
「殿下、どうなさっ……」
「ユウ。用件から言う。……私の妻になってくれ」