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黒の管理者  作者:
第二章
38/50

22.

 



 どのくらい時間が経ったのか。

 重い沈黙の末に、国王は、ふっ、と父親の顔をのぞかせた。


「その言葉に、嘘、偽りはないな? ルー」

「ありません。陛……いえ、父上」

「……良かろう」

 真っ直ぐ逸らすことのない力強い視線に、国王は厳しかった表情を少し崩した。

「ありがとう、ございます」

 片膝をつき、深々と頭を下げるルーカスに、国王は苦笑いを浮かべた。

「まだ何も言っていないだろう? 気が早すぎるぞ」

「そうですぞ、殿下。彼のお方には、もうしばらく先に、私の下で魔術を学んで頂きます」

「何故?」

「彼のお方が、漆黒の人、だからです。殿下」

 キッ、と睨み付けたルーカスを、エディは、ピシャリ、と撥ねつける。

「お目覚めになられた以上、ご自身でその力を操って頂かなくては。殿下もお判りでしょう?」

「ユウは、まだ何も知らない。なのに、魔術を? しかも、お前の下でか?」

「私以外に、他に誰がいますか?」

 そう反論されて、ルーカスは、うっ、と返事に詰まった。

「時は一刻を争います。あの力の放出から、既に一週間。どの国も、虎視眈々と構えているやもしれません。私のもとで学んで頂くのは、もちろんご自身でお力を操って頂く為でもあります。しかし、一番は、その御身をお護りするため。ご理解ください、殿下」


 エディの厳しい表情に、ルーカスはそれ以上、何も返さなかった。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ヴィンセントは一人、自分の執務室の窓辺に立ち、そこから見える切り取られた空を見つめていた。


「……ユウ」

 無意識のまま溜息混じりに零した名前をに気付いて、慌てて周囲を見渡し、誰もいないことに、ホッと息をつく。


 ―― ユウが、偉大なる魔女?


 ふと思い出し、ふるふると弱々しく頭を横に振る。

 さらさらと流れるプラチナ・ブロンドの髪は、夕陽をきらきらと反射させた。


 ―― そんなはずはない。ユウは、ただのユウだ。


 何処かでくすぶり続ける不安を強引にでも消し去るために、無理矢理説き伏せるように思いを強くさせる。

 そうして目を閉じて、意識の奥底深くまで全ての感覚を沈めて空虚に浸り、その後、ゆっくりと感覚を戻していく。


「いらっしゃってましたか、殿下」

 ゆっくりと双眼を開きながら、戻りつつある感覚に流れ込む気配の主に声をかけた。


「ああ、すまない。邪魔をしたか?」

「いえ。こちらこそ、申し訳ありません。何か、ありましたか?」

 振り返ったヴィンセントの目に映ったルーカスは、葛藤と憔悴の面立ちを隠さずに佇んでいた。


「……ルー?」

「……ヴィンス。お前にだけは伝えておきたいことがあって……な。悪い、聴いて……くれる、か?」

 俯き加減で力なく告げたルーカスに、ヴィンセントはただ、静かに、頷き返す。

 それを見たルーカスの表情が、少し、和らいだ。


「ユウは、やはり、あの人物の転生者らしい……」

 簡素な応接に通され、ルーカスは開口一番、ヴィンセントに告げた。

 予想を超えた発言は、グラスに水を注ごうとしていたヴィンセントの動きを一瞬の間だけ止めた。

「なんで、あの子なんだ……」

 苦渋に満ちた声が、ポツリと零された。

「落ち着いて、ルー」

 普段は人目を気にして主従関係を意識し続けるヴィンセントの口調が、幼い頃からの友人を労るものへと変わった。


「あの人物って、誰の事だい?」

 ルーカスの正面に水を湛えたグラスを置き、自身も椅子にかけたヴィンセントが訊ねる。

「今更か?」

「ルー?」

 吐き捨てるようなルーカスの口調を怪訝に思い、ヴィンセントは名前を呼んだ。

「なんで、あの子なんだ? 本人が望みもしないのに別世界へと引き擦り込まれただけで、もう、充分じゃないか! なのに、何故!」

「落ち着け、ルー!」


 いつにない厳しいヴィンセントの声に、ルーカスは我に返ったかのような顔を見せ、そして、再び苦悶の表情をにじませた。

「……話が見えない。何があったんだ?」

 ヴィンセントは穏やかな声でルーカスに問う。

「……すまん、ヴィンス」

「なにが?」

「俺は、ユウが好きだ」

「……ルー、ますます話が見えないよ。一体どうしたんだ? ルーらしくない……」

 右手で額を覆い、軽く左右に首を振りながら、ヴィンセントは溜息とともに吐き出す。

 その姿はいつもと変わらない様子だったが、見えないようにした左手は、血が薄っすらと滲むほど固く握られ、小さく震えていた。


「やはり、ユウは“偉大なる魔女”らしい」

 目の前に置かれたグラスの水に口を付け、ルーカスは静かに話し始めた。

「正確に言うと、魔女の“転生者”らしいが……」

「転生者?」

「ああ、そうらしい。一週間前の、あの膨大な魔力が“覚醒”だったそうだ」

「覚、醒……」

 そこまで言葉を交わすと、二人は黙り込んだ。


「俺たちが小さい頃から聞いてきた魔女の話と、実際の大戦の話には、随分と相違点があるらしい」

 ルーカスが目を伏せたまま、静寂を破る。

 そして、国王の執務室でエディから聞かされた大戦の話を、かい摘んでヴィンセントにも語った。

「それを聴かされてきたのか?」

「ああ」

「確証は?」

 ヴィンセントに詰められ、ルーカスは口を噤む。

「ない、のか? それをお前は信じるのか?」

「嘘であれ、真実であれ、俺は、あの子を失いたくない。それだけだ」

「ルー、お前……」

「俺は、ユウを護りたいだけだ」

「次期国王の発言として、それが許されると思うのか?」

「……王太子である前に、俺も一人の人間だ」


 すい、と頭を上げたルーカスの視線に、捕らえられたヴィンセントは息を呑む。

 真っ直ぐ自分に向けられた王家に受け継がれる瞳は、ただ、信念を貫こうと、僅かな曇りもなく、そこにあった。




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