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黒の管理者  作者:
第二章
37/50

21.

 


 窓のない小さな部屋には、テーブルと椅子が二脚、大きくはない棚と、簡素なベッドが一台置かれている。

 椅子に腰かけ、読んでいた書物から視線を上げた男は、わざわざその部屋を訪れた王太子にもう一つの椅子をすすめた。


「お前の“落とし物”、見つかったようだな? レオナルト」

「ええ、殿下もお気付きでしたか。自らその在り処を知らせてくれましたよ」

 そう言いながら、レオナルトと呼ばれた男はクククと薄気味悪い笑みを浮かべ、手にしていた書物をテーブルに置いた。

「ものは相談なんだがな、お前の“落とし物”、手に入れた暁には、私に譲ってはくれないか?」

 テーブルに両肘をつき、にたり、と穏やかでない笑みを浮かべて、アドルフがレオナルトに持ちかける。

 それを聞いたレオナルトの薄気味悪い笑みは、より一層深くなった。


「おや、殿下。人のモノを欲しがる悪い癖がまた出て参りましたな?」

「あれが気に入ってな。どうしても、この手に入れたい。どんな手段を使っても、な」

「なるほど、お目に留まりましたか。なかなかの上物でしたでしょう? この国の王宮魔術師の称号を戴きながら、私としたことが、まったくお恥ずかしい失態を犯したものです。何事もなければ、すぐにでも殿下に献上できたものを」

 レオナルトは、右手で両の眼を覆い、大袈裟に頭を振ってみせた。

「……ですが殿下。どんな手を使ってでも、私が、必ずや殿下のお手元にお届けいたしましょう」

「期待して待っておるぞ、レオナルト。お前はこの大陸一の魔術師だ。お前にできないことなどないだろうて」

 そうして、石造りの部屋中に、男達の妖しげな笑い声が響いた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「真実では、ない……だと?」

 ルーカスは驚きを隠さずに、エディを見遣った。

「はい。言い伝えは、真実ではありません」

 そう語るエディの表情は、ひどく硬く、冗談だ、と笑い飛ばせるようなものではなかった。

「では、いにしえの大戦の本当の結末は……?」

「魔女が関与して、大戦が終結したことは事実です。ただ、その過程が違うだけで……」

 そこまで言うと、エディは国王の方に視線を送り、国王はそれに黙って頷きを返した。


「お耳に、入れられますか?」

 この国の魔術師団長の問いかけに、蒼い顔のまま、ルーカスは頷いた。

「では、少々長くなりますが……」

 そう言って、エディはゆっくりと話し始めた。


 * * * * * * *


 この大陸の至る所に些細な原因で起きた小さな争いは、その後十年、二十年と年月をかけ、次第に大きくなり、やがて大陸全土を戦場とした大きな戦争となった。


 人々は、その期間の長さや互いに憎みあい、(おとし)めあうことに辟易とし、疲れていった。

 しかし、そんな状況になってもどちらからも手を引くことはせず、ただ、闇雲に無駄な時間だけが過ぎていった。


 そんな中、真っ黒な髪と漆黒の瞳を持つ一人の人間が、何処からともなく現れた。

 その人は、ただ一人で戦場へと舞い降りて、敵味方関係なく兵士たちを(あや)めていった。

 人を殺めるその表情はただウットリと(とろ)けており、またその姿は赤い海を自在に飛び回る黒い影のようだったと言う。


 この漆黒の人物の登場で、ようやく人々は目を覚まし、その圧倒的な力を抑えにかかることとなった。

 しかし、個々に挑んだところで、その力の差は歴然としている。

 人々は、これまでの行いを悔い、悩んだ。

 そうして互いに力を合わせようと話し合いをもったその場に、一人の人間が現れた。

 白金の髪に暗緑色の瞳を持つその人は、自らの身をもって、漆黒の人物を抑えてみせる、と一人、戦場へと発つ。


 残された人々は、その勇敢なる人が、漆黒の人を抑えると信じる者と、敗れたのちの報復を恐れる者の二手に分かれた。


 長きにわたる戦いにより今や廃墟と化したかつての王都で、二人は視線を交わらせる。

 互いに二言、三言、言葉を交わし、一蹴り(ちゅう)に舞ったかと思うと、そこからは世にも絶する修羅となった。

 来る日も来る日も二人の持つ剣の悲鳴や、地の唸り声が治まることがなかった。


 そうやって、幾日にも及んだ激戦だったが、ある日、突然、幕を下ろした。

 ふとした拍子に漆黒の人がみせた隙を、勇敢なる人が制したのだ。

 そうして、漆黒の人は消え失せ、後を追うかのように、勇敢なる人も姿を消した。


 残された人々は、その壮絶さに、ただ、ただ、涙し、この惨事を二度と再び繰り返すことのないように語り継いでいくことを、互いに固く誓いあい、親から子へ、子から孫へと伝え続けた。



 * * * * * * *



「長い年月が経つうち、言い伝えられる内容が少しずつ変わったのでしょう。現在のような“偉大なる魔女”像が出来上がったようです」

「……そのような悪人ならば、何故、人々は、その魔女を(あが)めるんだ? 憎み続けるものなのではないのか?」

「誰彼構わず手にかけていたなら、そうだったでしょう。しかし、漆黒の人はそうではなかったのです。確かに、敵味方に関わらず、()()()()は殺めました」

「エディ、何が言いたい?」

「漆黒の人が手にかけたのは、()()()()()()なのです、殿下。武器も持たずにただ村にこもって身を守ることしかできなかった者たちを襲った()()()()()()なのですよ」

「では、勇敢なる人は、弱者を護った漆黒の人を制した、と?」

 ルーカスの問いかけに、エディは、こくり、と頷く。

「……ですから、我々は、彼のお方にこの地に留まって頂く必要があるのです。国を、国民を護るために」

「……そ、んな……」

「お目覚めになられた以上、その力は、諸刃の剣。どの国も、手に入れるべく動くでしょう」

「……無理、だ。そんな、無理だ! そんな、戦場なんて、あの子には無理だ! ユウには……!」

 我を忘れて口にした名に気付いたルーカスは、己の愚かさに息を呑み、俯いた。


「やはり、気付いておったか」

 国王の静かな声が流れた。

「……はい」

「それでも、あの娘を、自分の傍らに置きたい、と?」

「……はい」

「運命に抗うことになっても?」

「……私は、あの子が……ユウがいてくれるなら、運命をも変えたいと思います」

 強い意志を表に出して顔を上げたルーカスが、真っ直ぐに国王を見る。

 その視線を受け、国王は、沈黙を続けた。





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