20.
「……そう遠くない将来、この国によからぬことが起きる、と、何処からか聞こえてきました。恐らく、争い事の類かと思われますが……」
ルーカスが、重い口を開く。
「いつも早いな、お前の情報網は」
フッとひとつ鼻で笑い、国王は続けた。
「そうだ、お前の言うとおりだ。さほど遠くない未来、この大陸で大きな争い事が起きそうだ」
「何故……」
「はっきりした理由は、まだ解っていない」
「避けられないのですか?」
「多少の時間稼ぎはできるやもしれん。しかし、完全な回避はできないらしい……」
ここまで話し終えた国王の表情が曇るのを、ルーカスは、ただ、見ていた。
「“偉大なる魔女”が、我が国に遣わされたようです」
それまで傍らで沈黙を守っていたエディが声を発した。
「偉大なる、魔女?」
「はい。先の『アーマーズウェーの大戦』を治めたと言われる魔女様です。彼のお方が遣わされるほどの争い事……。 まず、避けることはできないでしょう」
「どういうことだ? その、『魔女様』とやらは、争いごとを治めるんだろう? その魔女がこの国に遣わされたというのなら、避けられるのではないのか?」
「いえ、殿下。言い伝えでは、魔女様が力を発し大戦を治めた、とされていますが……」
ルーカスの問いに答えていたエディの声が、そこで途切れる。
「……真実は、そうではなかったのです」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ユーリウス」
「はっ、こちらに」
白銀の髪がサラリ、と揺れ、振り返った従者の主は、秀麗な顔立ちに意味深な笑みを浮かべていた。
「例の件、どうなっている?」
「はい、万事、滞りなく……とご報告申し上げたいのですが」
「どうした」
「はい、あの侍女、これまでの経歴が全く出て参りません」
「どういうことだ?」
「どこで生まれ、育ち、どのような縁故でベイルシャールの城にいるのかすら、全く何も知れないのです」
ユーリウスはそこまで告げると、片膝をつき、首を垂れた。
「申し訳ございません、殿下。今しばらくの……」
「良い、気にするな」
謝罪を口にする己が従者の言葉を、アドルフは笑みを深めながら遮った。
「濡羽色の髪に、漆黒の瞳……。 フフフ……やはり、そうか」
抑え込むような笑い声をもらしながら、アドルフはユーリウスの肩に手をやる。
「必ず、あれを手に入れて参れ。その為の手段は厭わぬ」
頭を上げ、そこに見えた仕えるべき主の黒く陶酔した表情に、ユーリウスは震えおののいた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
狭く薄暗い螺旋階段に、カツカツと乾いた足音が響く。
アドルフは、足元を照らすためのロウソクを一本手にし、階段を下りきった先にある部屋を訪ねた。
「レオナルト、いるか?」
ノックもせずにその部屋の扉を開け、部屋の主に声をかける。
窓もない石造りのその部屋の主は、目を手元の書物からゆっくりと上げた。
「おや、アドルフ殿下。わざわざこちらまで? 何か御用でしたら、お呼び立て下さればよろしかったのに……」
手元の灯りのために置かれたロウソクの火が、男の顔をぼんやりと闇に浮かび上がらせる。
二人の男は互いに顔を見合わせると、どちらからともなく歪んだ笑みを漏らした。