11.
再び新しい朝が来て、鳥たちがようやく起きだすような時間、アドルフは自国・カーエンタールへの帰路に着くべく、馬車へと歩みを進めていた。
「ユーリウス」
「お呼びでしょうか、殿下」
アドルフは傍らに控えていた従者を呼び立て、口を開いた。
「昨日の、中庭にいた女。あれの名は何と?」
「はっ。確か、ジェラルド殿下は、ユウ、と呼ばれていたように存じます」
「ユウ、か……」
ニヤリと笑む主人を見て、その従者、ユーリウスは、得体の知れない寒気を感じた。
「殿下、何をお考えですか? まさか……?」
「いや、何でもない。気にするな。行くぞ」
アドルフはばさりとマントを翻し、その歩みを速めた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「おはようございます」
フィオナの自室の前の詰所に入ったユウは、そこにいたリアに声をかけた。
「あ、おはよう、ユウ。改めて、今日から宜しくね?」
リアは作業の手をいったん休め、ユウの方を向き直った。
「いろいろご迷惑をお掛けすると思いますが、ご指導、宜しくお願いします」
そう言って深々と頭を下げるユウに、リアは慌ててユウの頭を上げさせた。
「迷惑をかけるのは、私の方だと思うんだよね、どう考えても…。だから、気にせず頑張りましょ?」
リアがそう言って笑うと、ユウも一緒になって微笑んだ。
「さ。フィオナ様がお目覚めになる前に、しておくべきこと、済ませるわよ!」
リアが張り切ったように力こぶを作ってみせると、ユウも「了解しましたっ!」 と右手を額に掲げて敬礼の姿勢をとり、これまでにない位、笑って見せた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その頃のヴィンセントの執務室。
その部屋の主が、執務机に向かって書類をしたためている。
「……なぁ、ヴィンス。訊いても良いか?」
ウォーレンは、久しぶりに顔を合わせたヴィンセントに、心細そうに声をかけた。
「どうした?」
「あの、さ。オレがジェイ殿下についてカーエンタールに出る前の日に連行されてきた、あの女の事なんだけどさ……」
気まずそうに俯くウォーレンを見て、ヴィンセントは、彼がまた何かやらかしたらしいことを感じ取った。
「レン、“あの女”ではない。ユウ、だ。で、どうした?」
そのまま、ペンを持つ手を休め、ウォーレンの言動に注意を集めた。
ウォーレンには、かつて、ユウを馬車から突き落とした事実がある。
(まさか、また、ユウの身に……?)
机に置いた手が微かに震えた。
「あの、さ。オレ、アイツが、フィオナ様の侍女になったなんて知らなくて。ジェイ殿下とカーエンタールへ出向く前の日も、あんなだったし。てっきり、あの……」
「レン、ハッキリ言えよ。彼女の腕、捻じり上げて拘束したこと」
言い淀むウォーレンをけしかけるように、男の声がした。
「アートっ?!」
「お前、前回も言ったろ? 長く国を空けて帰って来たなら、留守中の状況を先に確認しろ!」
「……はい」
居るとは思わなかったスティアートから罵声を浴びせられ、ウォーレンは小さくなった。
「レン、今のアートの報告は事実か?」
ヴィンセントが、冷ややかな目を向けてウォーレンに問う。
「はい。間違いありません」
消え入りそうな声でウォーレンが返事をすると、彼はそれっきり黙ってしまった。
「さて。ヴィンス、どうする?」
重苦しい沈黙に耐えかねたスティアートが口を開く。
ウォーレンは俯いて、ただ、立ち尽くしたまま動けない。
ヴィンセントは立ち上がり、ウォーレンの方へとゆっくり歩み寄った。
「……!」
俯いていた視界にヴィンセントのブーツのつま先を認め、ウォーレンは思わず首を竦めた。
「今日から二週間、ジェラルド殿下の護衛の任を解く! ユウに習い、その所業、改めて来いっ!」
「は! 仰せの通りに! ……て、え?」
いつになく厳しいヴィンスの声に、その内容の如何に問わず、ウォーレンの口は反射的に諾ない、そして、改めてその命令を理解した瞬間、呆気にとられた。
「ほらほら、早く行けよ。侍女たちはもう働き始めてるぞ?」
スティアートに背中を押され、ウォーレンは、半ば追い出されるように執務室を出て行った。
「二週間、か。その間、どうすんだ、殿下方の護衛。お前一人じゃ無理だろう?」
扉を閉め、振り返りながらスティアートがヴィンセントに訊ねる。
「陛下から、許可を頂いたよ。流石に公には動けないが、あの子にも約束したから。俺が、お前を助ける」
「アート」
「一人で抱えるな。俺がいる」
「……すまない。感謝する」
俯くヴィンセントに近寄ると、スティアートはポンと肩を叩いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
国王の執務室では、国王とエディが、爽やかな朝には似つかわしくない、深刻な表情を突き合わせていた。
「……で、その話、真実なのか?」
「調べの付いた部分を纏めると、信じられない話ですが、どうも、そのようです」
「何故、今、再びこの地に……。どうにかできないのか?」
「この国にとって、容易く回避できるものではないのでしょう。さもなくば、彼の“魔女”様が現れるなど、考えられない」
苦痛に耐えるような表情の国王と、眉間の皺を一層増やした魔術師団長が口を閉ざす。
すくと立ち上がり、窓際へと歩み寄った国王のその唇は、強く噛み締められ、薄っすらと血が滲んでいた。
自分に背を向ける国王に、エディは言葉を飛ばした。
「彼のお人は、幸か不幸か、いまだ覚醒されておりません。もちろん、ご自身もお気付きになられていないはず。ただ、あの日、私の放った術に、紛うことなく応えられた。今は何のお力を発せられなくとも、あの方は、間違いなく“偉大なる魔女”様です」
「しかし、あんなか弱き人に、我々が頼ってよいのか?」
「“魔女”様は、我らには計り知れないお力をお持ちです。今はまだ無理でも、ゆくゆくは我らをお護り下さる筈……」
そこまで言うと、達弁に語っていたエディでさえ、とうとう口を閉ざしてしまった。
長くなってしまいました。しかも、場面が四つ。
ごちゃごちゃするし、読み難い……とも思うのですが、ちょっと訳有りな”朝”の場面だったので、敢えて、こんなことしてみました。
『我慢ならない!』と思われた方、どうぞ、ご連絡ください。
一定数を超えましたら、どんなに先に進んでいようとも分けます。
(字数の都合で、四つにはできないかも? ですが……)
それと、お知らせを一つ。
第一章と第二章で書き方を変えておりましたが(え? 拙いのは変わってない? 正解! そこは永久に不変です!(←情けない……))、この度、統一させることにしました。
つきましては、本日から、ボチボチと第一章の方を修正していきます。
基本的な流れは変わっていないと思うのですが、『なんか変よ?』 とお感じになられましたら、ご一報いただけると幸いです。
ご迷惑をおかけしますが、宜しくお願い申し上げます。
勿論、誤字、脱字、ご意見、愚痴、その他諸々もお待ちしております。
あとがきまで長くなってしまってすみません。
ここまでお付き合いくださいましたあなた様に、心からのお詫びと感謝を。
諒でした。