9.
開け放たれた窓から、心地よい風が、カーテンを揺らして吹き込んでくる。
穏やかな太陽の光は、ベッドで横たわるユウの頬を、優しく包んでいた。
「……偉大なる、魔女……」
深い色の瞳に映るユウのあどない寝顔に、ベッドの脇で、スッ、と目を細めた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ぁ……。ヤダ、私、また?」
ユウが目を覚ましたのは、正午を少し過ぎたころだった。
「起きたかい? 殿下が、今日は休めってさ」
中庭に出られるように通じた窓から、一人の男が部屋に入ってくる。
「あなたは……」
ユウは、その姿を見て言葉を噤んだ。
恐怖が無かった訳ではない。
それより、何故、この男がここにいるのかに、ただ、純粋に驚いた。
「すまなかった、な」
中庭から現れた、ひと月前、この世のものとは思えないような形相でユウに襲いかかった男、スティアートが、ユウに頭を下げた。
「スティアート、さん?」
「アート、でいいよ」
「アート、さん……」
「もう暫く、謹慎なんだ。まぁ、自業自得なんだが……」
眉を八の字に下げ、困ったように笑う目の前の男を、ユウは、不思議そうに眺めていた。
「あれから、よく考えたよ。それしかすることがなかったと言えば、それまでだけれど」
スティアートは、そこで一度言葉を切った。
「どうして、ヴィンスがあんなに君に肩入れしたのか。……あいつは、君を、自分に重ねてしまったのかもしれない」
ポツリとこぼす俯き加減のスティアートをじっと見つめるユウを、顔を上げたスティアートの視線が捕まえた。
「……あいつ、優しいだろ? 他人を、拒絶、できないんだ。今までにもその優しさに付け入る奴がいてさ。そのたび、ヴィンスは精神も身体も、ボロボロになってた。小さい頃からずっと見てきたから、君も、その類の人間だと思った。俺は、“侵入者”を捕らえる以前に、ヴィンスを護りたかった。本当にすまなかった」
ギュッと眉間に皺を寄せ、スティアートは、苦しそうに言葉を紡いだ。
そんなスティアートを、ユウは、黙って見つめた。
「あいつ、俺やレンと逢う少し前まで、街の外れの孤児院に居たんだ。そこがどんな環境で、どんなふうに育ったのかはよく解らないけれど、ヴィンスは未だに、誰かを求めることも、拒否することも、できない……」
ユウは、突然聴かされた話の内容に、息を詰めてスティアートを見つめ続ける。
「自分の存在をさ、認めてやれないんだ。居てもいなくてもどうでもいい存在だと……いや、むしろ、居ない方がいい、と、思ってるようでね」
そこまで聴かされたユウが、微かな声で、ぽつりと「あぁ、だから…」 と小さくこぼした。
「“だから”? 何か、あった?」
「はい。あの日から三日後に目を覚ました時、私、自分を否定する言葉を口にしました。そうしたら、ヴィンス、すごく怒って……」
「あぁ、うん、そうだね。そういうの、あいつ、血相を変えて怒る。俺達にでもそうだよ」
スティアートはナイトテーブルに置かれていた水差しからグラスに注ぎ、ユウに持たせた。
「あいつは、そういう存在は、自分だけでいいと思ってる。でも、奴も、そういう存在じゃ、ないのにさ……」
ユウの、グラスを持つ手に、僅かに力がこもる。
「あいつは、何も、言わない。いつも、自分だけでどうにか片を付けようとする。君のことだってそう。俺のこともそう。全部、一人で抱えて……」
スティアートの、何時しか強く握られた拳が、微かに震える。
ユウは、手渡されたグラスをテーブルに戻し、そっと、その手を震える拳に重ねた。
「君……」
「アート、さん。……ごめんなさい」
スティアートの目には、今にもこぼれそうな位に涙をためた、ユウが映っていた。
「私がいなければ、アートさんは、牢屋に入れられることもなかった。ヴィンスが辛い思いをするのを判っていて、あなたが苦しむこともなかった。今回の事は、全て、私が原……」
「待て、違う。君が悪いんじゃない」
スティアートは、咄嗟に自身の拳に重ねられたユウの手を握りしめ、その言葉を遮り、ユウは、驚きのあまり、瞬きを忘れた。
「ヴィンスは、言っていなかったか? 君は、“召喚”されてきたのだと。全ての根源は、罰せられるべきなのは、禁忌の術を用いた“召喚主”だ。召喚された人間に、何の罪もない。君は、とんでもない事件に巻き込まれてしまった被害者なんだよ」
そこまで一気に話すと、スティアートは、ふわりとユウの頭を撫でた。
「本来なら、謹慎中は大人しくしていなければならないんだが……陛下がね、俺に特別な許可を下さった。君をこんな目に遭わせた原因を捜すよ、ヴィンスを援けて。約束する。だから、君は、もう苦しまなくていい」
「アートさん……」
「君、たったひと月で、フィオナ様の侍女になったんだってね? 凄いじゃないか。明日から、しっかり頑張るんだよ? フィオナ様はお優しい方だから、きっと善くしてくださる。君もそれに応えるんだ。ヴィンスが、陛下や殿下方に応えるように」
グズグズと鼻を鳴らしながらも、ユウがこくりと頷くのを見て、スティアートは微笑んだ。
「さぁ、もう少し休みなさい。明日からが、大変だから」
ユウの身体を横たえさせ、シーツを引き上げそっと掛けるスティアートに、彼女は、「はい」 と小さく答え、瞼を閉じた。
アートくん、ユウと仲直り、の巻。
アートがユウの事を目の敵(?)にしていた理由、伝わりましたでしょうか?
大好きな弟を庇いたかったお兄ちゃん的立ち位置?
…なんだかよく解らないことを言ってますね、私。すみません。
今日もここまでお付き合いくださったあなた様に、心からの感謝を。
諒でした。