8.
「……殿下」
ヴィンセントは、部屋の隅で壁を向いてうずくまる、ようやく見つけた己が主に声をかけた。
「ヴィンス……か。捜させたか? すまないな」
立ち上がり振り返ったルーカスの腕に抱えられていた者の姿に、ヴィンセントは、一瞬、心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われた。
「ど、うして、ここに……?」
「フィーが、ユウを待っていてな。なかなか来ないから、迎えに来たんだが……」
腕の中でクタリと力なく自分にもたれかかるユウに目を落とし、ルーカスは続けた。
「随分と気を張っていたようだ。疲れが出たんだろう。今日は一日、休ませてやってもいいんじゃないか?」
常に冷静で違わない判断を下すとの声高き次期王が、ユウを見るその瞳に今までに見せたことのない色を滲ませ、それに気づいたヴィンセントは息をのみ、ただ、ギリッと唇を噛んだ。
「そ、うですね。この一ヶ月、彼女はよく頑張っていましたし。では、そのようにフィオナ様にお伝えして参ります」
蒼白い顔で俯いたまま、ヴィンセントはようやくそう言うと、くるりと踵を返し、さっさとその場を立ち去った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ヴィンス!」
回廊を歩くヴィンセントが自分を呼び止める声に振り返ると、そこには、このひと月の間、かの異界の娘に働いた罪を償うべく刑を受けていたスティアートが立っていた。
「アート……」
「どうした、ヴィンス? 顔色が悪い」
「いや、何でもない……」
もごもごとくぐもった声で話すヴィンセントに、スティアートは眉を顰めた。
「大丈夫か? また、一人で厄介ごとを抱えてるんじゃないのか?」
気まずそうに目線を逸らせる幼馴染を前に、スティアートは肩をガチリと掴んだ。
「なぁ、ヴィンス。そんなに、俺が信用ならないか? お前、昔っからそうだろう? なんで、話してくれない?」
苦しそうに告げるスティアートに、ヴィンセントは、顔を上げることができなかった。
「私は……私がしたことは、正しかったのだろうか……」
数分の間の静寂の後、ポツリ、と零したヴィンセントの呟きに、スティアートはあっけらかんと答えを返した。
「お前が信じたのなら、それは、間違いではなかったんじゃないのか?」
「……アートにも酷い思いをさせた」
「何言ってんだ、ヴィンス。あれは、俺の暴走だよ。お前が止めてくれなければ、あの娘を、俺は亡き者にしていたかもしれない。たかが、一時の感情で」
ハッと顔を上げたヴィンセントの前に、いつにも増して真剣な表情のスティアートが立つ。
「一ヶ月。長いようで短かったが、俺にとってはいい時間だったよ。すまなかったな、ヴィンス。お前の信じたものを、色眼鏡を通して見て、自分の感情のままを突き通した。もっと、冷静になって、お前を信じて、支えるべきだったんだ。なのに、俺は……」
スティアートの噛み締めた唇から、薄っすらと血が滲む。
「アート……」
「大丈夫です、団長。復帰まであと二週間、申し訳ありませんが、もう暫く、ご迷惑をおかけします」
突然口調がガラリと変わり、スティアートは、右手の拳を左胸に置き、首を下げて、騎士団特有の最敬礼をとる。
そんな彼を、ヴィンセントは苦しげに見つめた。
「そんな顔、するなって。お前がそんなで、どうするよ?レンも説得しなきゃならないんだろう?」
再び砕けた口調に戻ったスティアートは、顰め面のヴィンセントの胸を右の拳でトン、と小突く。
「どうして、それを……」
「あのなぁ、何年の付き合いだ?お前の顔には、全部書いてあるよ。」
ニヤリ、と笑う、気心知れた幼馴染に、ヴィンセントの硬い眉間の皺が、ふ、と解れた。
”お帰り、アートくん”の巻。
暴走アートくん、1か月のお役目を終えてきました。
本来の彼は、ヴィンス、好き好きな(←BLな意味ではなく…)こういう奴です。
幼馴染4人衆の中で、1つ年上なんです、彼(←確か…)。
ちょこ~っとお兄さん気取りな、アートくんなのでした。
ここまでお読みくださったあなた様に、心からの感謝を。
諒でした。