5.
よほど疲れていたのか、ユウが再び気が付いた時には、既にあたりは明るくなっていた。
「おはようございます」
昨日とは違う女性がタオルとお湯を張った桶、布をかけた少し大きめのバスケットをワゴンに乗せて部屋に入ってきた。
「ご気分はいかがですか?」
落ち葉のような色の髪の女性は、ニッコリと笑う。
「ありがとうございます。おかげさまで、もう、大丈夫です」
「よかった。このあと、王妃殿下がこちらにお見えになるそうです。お支度のお手伝い、いたしますね?」
そう言うと、お湯で硬く絞ったタオルを手に、ベッドへと近づく。
「なに、を?」
「さ、急いで急いで」
鬼気迫る彼女のその雰囲気に、ピシリ、と固まってしまったユウは、あれよと言う間に身ぐるみ剥がされ、数分のうちにすっかり整えられてしまった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ユウは、彼女のあまりの手際の良さに衝撃を受け、部屋で一人、ただ呆然と座っていた。
昨日着てきた高校の制服の代わりに、と着せられた、よく見ないとわからないくらい淡いベージュピンクのリネンのワンピースは、とても着心地が良かった。
(“罪人”に、こんな待遇って、いいの?)
ぼんやりとしながらも、そんな疑問がふっ、と浮かび、押し寄せる不安に精神が震えた。
ドアをノックする、乾いた音が耳に飛び込む。
気持ちを引き戻して立ち上がりそちらを向くと、ヴィンセントがドアを開けたところだった。
彼はユウの姿を見ると驚いたような表情をし、しかしすぐにふわりと笑みを浮かべた。
「おはよう、ユウ。あぁ、少し顔色が良くなったようだ。よく眠れましたか?」
「ありがとうございます。おかげさまでぐっすり眠れました」
少し事務的に言葉を返す。
(もう、頼っては、いけない)
ユウはまた泣きそうになる自分を叱咤する。
開けられたドアから、昨日、謁見の間で見かけた王妃と、王妃によく似た面立ちの女性、そして、昨日ユウの傍にいた女性が続いて部屋に入ってきた。
「ユウ殿、と仰いましたね? お加減はいかが?」
王妃が微笑みながらユウに訊ねる。
「ありがとうございます、王妃殿下。おかげさまで、もう、平気です。お心遣い、ありがとうございます」
片膝をつき深々と頭を下げ、感謝の気持ちを伝える。
「そう、よかったわ。あなたには、本当に可哀想なことを……。心休まることがなかったでしょう。さ、顔を上げてちょうだい」
王妃は、ユウの傍らに立ち、そっと肩を抱いて立ち上がらせた。
「ナディア、お茶をお願い」
「はい、すぐご用意いたします」
ナディアと呼ばれた、昨日ユウの世話をした女性が、後ろに下がって茶器の用意を始める。
「さ、ユウ殿。おかけになって? 今日は、あなたにお願いがあるの」
そっと背中を押され、ソファに座る。
「私の娘、フィオナです」
向かいに座った王妃は、自分の隣に座った愛らしい女性をユウに紹介した。
「フィオナと申します。宜しくお願いいたしますね?」
「ユウ・サカキです。こちらこそ、宜しくお願い申し上げます、フィオナ様」
ユウがフィオナに挨拶すると、彼女はそれに応えるように微笑んだ。
「失礼いたします」
ナディアがお茶の支度を済ませ、それぞれに給仕した。
「早速だけれど」
円卓を囲み、王妃がお茶を少し口にした後、話し始めた。
「お願い、というのは、フィオナの事なの」
憂愁の色を浮かべる王妃の顔を、ユウはじっと見つめる。
「歳の頃合いからして、もうそろそろどちらかに……と思っているのだけれど」
「お母様ったら、またそのお話ですの? わたくしは、まだ、嫁ぎたくなどありませんっ!」
フィオナがふい、とそっぽを向く。
「……お恥ずかしながら、この子はずっとこんな調子で。お作法だけでも、と思うのだけれど、侍女の人手が足りなくて」
「で、私が?」
「ええ。いかがかしら?」
「王妃殿下、お言葉ですが私には無理です。礼儀作法もなっていない、得体の知れない娘ですよ?」
「ユウ!」
ヴィンセントの鋭い声が部屋に響く。ユウは、あえて聞き流し、言葉をつづけた。
「フィオナ様に何かあってからでは遅いとおもいませんか? 第一、なぜ、私なんかを?」
「私が推薦した」
その声に振り返れば、ルーカスが開け放たれたドアにもたれるように立っていた。
「お前はフィオナにとって、よき侍女になる。そう推薦したのは私だ。それでは、理由にならないか?」
「王太子、殿下……」
笑みを浮かべながら近づいてくるルーカスに、ユウはグッと唇を噛み締めた。
ヴィンセントはそんな二人の間に、口をはさむことはなかった。
いつもありがとうございます。
さて、また一つ、前に進みました?
ユウ、侍女として、就職が決まりました。
この就職難のご時世、仕事があることは、素晴らしいことです。
(↑ぅおいっ、それ、先月までの自分やろっ?!Σ\( ̄ー ̄;) )
ここまでお付き合いくださったあなた様に、心からの感謝を。
諒でした。