12.
大きくて温かな手が、そっとユウの左手を包む。
彼女はその温度に、ゆっくりと意識を浮上させた。
「起こしてしまったかな?」
ベッドサイドには、同じ目線の高さに、儚げに笑うヴィンセントがいた。
「ジュディから、聞いたよ」
「ごめん、なさい。こんなにお世話になったのに……」
「ユウが気に病むことではない。そもそも、私がもっと速くに手を打てば済むはずだったんだ。辛い思いばかり……本当にすまない」
「そんな。私こそ、もっと早くにここを出てれば、ヴィンスがこんなに疲れちゃうこともなかったし、スティアートさんだって、あんなことせずに済んだのに……」
ユウは、彼女に向ける、スティアートの、冷たく突き刺さる濃紺の瞳を思い出していた。
「ユウ」
「私、お世話になるばっかりで、ごめんね? 明日になったら、何処か遠くに行くから。だから、今日だけ、もう一晩だけ、ここに居させて?」
泣きそうになるのをどうにか抑えて、ヴィンセントを見る。
「すまない、ユウ。その希望を叶えてやることも、私にはできない」
ユウは、すぃっと目線を天井に移し、無意識に唇を噛み締め、涙を堪える。
「今回の騒動で、ユウの存在が、宰相をはじめ、上層の人間に知れてしまった。経緯が経緯なだけに、君に対する警戒は並々ならない」
左手を包む大きな手に、力がこもる。
「即座に身柄確保の上、王城に連行せよ、と……」
ユウがもう一度、視線を自身の左に向けると、視線の先にいた彼は、俯いて肩を震わせていた。
彼らが言う“王家の森”に立ち入った彼女の身柄は、王城に連行されれば罪人のように扱われる事が想像に容易い。
そうして、それこそ、彼女は元の世界に帰ることなどできず、この地で果ててしまうのだろう。
ただ、寂しい、と言う感情のみが浮かんだ。
もう逢えないだろう、向こうにいる人達に、別れを告げられないことが、彼女には辛かった。
(……でも、もう、どうにもならない)
諦めたくはなかったけれど、そうせざるを得ない状況に、彼女は哀しかった。
「わかりました。準備します。少し、時間を下さい」
彼女は横たえていた身体をそろそろと起こし、左手を痛い位に握り締めるその手に、自身のもう一方の手をそっと重ねた。
「大丈夫。私なら、大丈夫だから……。ヴィンスが悪いんじゃないもの、貴方こそ、謝る必要はないよ。ね?」
その言葉に、弾かれたように、俯いていた顔が上がる。
「今まで、護ってくれて、ありがとう」
溢れそうになる涙を必死で抑え、ユウは目の前の、酷く憔悴した表情の彼に向けて、精一杯、笑って見せた。
ヴィンスからの旅立ちです。
雲行きはよろしくないですが、ユウは、敢えて辛いと思われる道を選びました。
…が、ここでもまた、運命のあやが…。
ここで、第1章の終了です。
次から舞台は王城に変わります。
次回更新まで、少しお時間を頂きたいと思います。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
心優しいあなた様に、最上級の感謝を。
諒でした。