10.
――我ノ力ヲ引継ギシ、異界ノ娘ヨ。
彼女の意識の、遥か遠くから、聴き覚えのない声が、微かに聴こえる。
――主ハ、我ノ力ヲ引継ぎシ娘。ソノ力、未ダ覚醒セザレドモ、ヤガテ開花シヨウゾ。
暗闇から響き渡るその声に、彼女は懸命に耳をそばだてる。
……あなたは、誰……?
――モウ、間モナクジャ。主ノ宿命ガ廻リ始メルゾヨ。覚悟致セ。
その言葉を最後に、闇の声は、消え失せた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ふぅっ、と息を吐いて、ユウは、ベッドの上でゆっくりと身体を起こす。
息苦しい胸とジリジリと痛む左頬が、濃紺の瞳から投げつけられる蔑んだ視線を思い出させる。
太陽の日差しで明るい、部屋の天井をぼんやり見上げながら、もう一つ、重い溜息をついた。
ふと意識を戻すと、ドアの向こうに、人の気配を感じる。
そして、ドアを開けたのは、ヴィンセントだった。
「ユウ?」
「ヴィンス……」
蒼い顔をして急ぎ足でベッドに近づいてくる人物に、ユウは視線を向ける。
「良かっ、た……」
ホッとしたように微笑むと、彼はベッドの端に腰かけて自身の左手で彼女の左手を包み、右手でそっと痛む頬に触れた。
いつかの時にように、ひんやりとした感覚。彼女には、今はそれが気持ちよくて、自然と目を閉じられる。
「痛むか?」
心配げに顔を覗き込むヴィンセントに、ユウは「大丈夫」 と笑って見せる。
「すまない。スティアートの愚かな行為、なんと詫びていいのか……」
左手を包んでいる手に力が入る。
「しょうがないよ。だって、私は、得体の知れな……」
「言うな!」
遮るように発せられた言葉に驚きを隠せない。
これまでのヴィンセントからは想像もつかないような厳しい声。
ユウは、言葉を噤んだ。
そして、グイ、と左手を引かれ、彼女の身体はヴィンセントの胸に収まる。
「頼む、自分を虐げるようなことは言わないでくれ……」
「ヴィ、ン……」
暖かな腕に包まれて、ただ、頬を伝ってほろほろと零れていく涙を、ユウは拭いもせずに見送った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
どうやら、あのまま泣き疲れて眠ってしまったらしい。
ユウが再び目を開けた時、既に部屋の中は暗く、ナイトテーブルにはランプが置かれ、仄暗い光を灯していた。
「……寝てばっかり。働かざる者、喰うべからず、だ」
苦笑いしながら、彼女は一人、呟いた。
そして、心優しい人達に護られて、すっかり弱くなってしまった、と自身を責める。
これじゃ、いけない。誰も、頼っては、いけない。
一人でも、闘えるように。一人で、闘えるように……と。
そっとベッドから降り、閉じられていた窓を開けて、夜の空気を部屋に招き入れる。
大きく息を吸い込むと、踏みつけられた背中が、みしり、と痛んだ。
「明日、きちんと話さなくちゃ」
数多に輝く星たちを見上げ、もう一度、決心を固めた。