9.
本文中、暴力的なシーンの記述があります。
このようなシーンが苦手な方、不快に思われる方は、恐れ入りますが
閲覧をお控えくださいますようお願い申し上げます。
皆様のご協力に感謝致します。
ユウが微笑ましい発言をしてから、三日が経過した。
ヴィンセントは仕事が忙しいらしく、朝は日が昇る前に王城に出向き、夜は彼女がすっかり寝静まった頃に戻ってくるという生活を送っているようで、この三日間、二人は全く顔を合わせていない。
目を覚ました翌日にヴィンセントから貰ったリングのおかげで、ユウは、会話に困ることはなくなっていた。
けれど、時間つぶしを兼ねて知識をつけるために本を読もうと開いても、全く文字が読めなかった。
「オールオッケー、ってことじゃないのね……」
ユウは、苦々しい思いにテーブルに肘をつき、目の前に積み上げた、角々した記号のような文字がびっしりと書きつめられた、分厚い紙の束を睨んだ。
「随分と恐ろしい顔をするもんだな」
突然聞こえた声に、ユウは、その主がいるらしい方向を見遣る。
「何か、御用ですか……」
開け放したドアに、寄り掛かるように立っていたスティアートが、ゆっくりとユウに近づいてくる。
ユウを見る深海色の瞳は、相変わらず冷厳で、彼女は身を隠したい気分に駆られた。
しかし、徐々に距離を詰めてくるその視線の刺々しさに、身が竦んで動けなかった。
「別に、用なんてない。怪我人の見舞いに来ただけさ」
部屋の主に歓迎されない訪問者は、そう言って真横に立つと、ユウの顎に手をかけ、上を向けさせた。
「…っぅ!」
ようやく塞がってきていた喉元の傷の、引き攣れるような痛みに僅かに顔を歪め、彼女は、すぐ目の前の男の顔を睨み付ける。
「随分とヴィンスのお気に召したようだな。どうやって取り入った?」
「な!」
「ヴィンスが、得体も知れぬお前の事を気にかけている。不可侵のはずである“王家の森”の森に侵入したお前を、だ。本来なら即、処刑されるべきモノに、何故、奴が、心を砕かねばならんっ!」
スティアートが言い終わると同時に、床に大きな穴が開きそうな音を立てて、ユウは、座っていた椅子と共に床へと倒れこんだ。
左頬が、火を押し付けられたように熱く、痛みを訴える。どうやら渾身の力で打たれたらしい。
「……ぅ」
くらくらする頭をどうにか持ち上げ顔を上げると、ユウのすぐ目の前に、履き込まれた革のブーツがあった。
「なかなかの根性だな?」
ユウは、自分を見下ろす男の、いつかと同じ、地を這うような怒りを含んだ声に恐怖を覚えたが、負けじと睨み返す。
スティアートは、その視線を気にもかけず、倒れている彼女の背中を踏みつけ、その黒髪を掴んでグイと引き上げた。
背中に置かれた足に、一気に重みが科せられる。
「……ぁっ!」
背中からの圧で肺が押さえつけられ、息がごくわずかしか入らない。
その苦しさのあまり、ユウの目に、涙が滲む。
「どうした? さっきまでの勢いは、どこへ行ったんだ?」
痛みを堪えて薄っすら開けたユウの視界に映った、ニヤリと笑う男の目には、軽蔑と憎しみの色のみが浮かんでいた。
「ユウ様っ? スティアート様、貴方、何をなさっているのです!」
ユウの遠ざかっていく意識の端で、ジュディの悲鳴とこちらに駆けてくる足音とが、聞こえた。
ようやく落ち着いた生活を送れていたのに、また、一波乱起きてしまいました…。
どうしてユウはここまでアートに嫌われなくちゃならないんでしょう?
その理由は、また追々…。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
そんなあなた様に、心からの感謝を。
諒でした。