8.
朝食を終えて暫くすると、ヴィンセントは出掛けて行った。
ぼんやりと窓の外を眺めていたユウは、今更ながら、ヴィンセントのことを何も知らないことを、ふっと思い出した。
「こんなにお世話になってるのに……。何やってんだ、私」
自室として与えられた部屋の窓枠に肘をつき、小さな溜息をこぼす。
「どう、なさいました?」
レモン入りの氷を浮かべたグラスを手にしたジュディが、心配そうにたずねてくる。
「ん。私、優しくしてもらってるヴィンスのこと何も知らないし、お世話になってるのに何もしてないし、ダメだなぁ、って思って」
ユウは、窓の外から視線を戻して、よく冷えたグラスを両手で受け取り、小さな声で呟いた。
「ヴィンセント様のこと、ですか? どんなことをお知りになりたいのです?」
「お仕事は何をしてるとか、家族のこととか、……って、何言ってるんだろうね? 私」
「お聞かせいたしましょうか? 私が知る限りの範囲ではありますけれど」
ジュディがにこりと微笑んだ。
ヴィンセントは、このベイルシャール国の騎士団の団長を務めている。
今のユウと同じ十六歳で騎士団に入り、二年前、騎士団始まって以来のスピードで、このポストに就いた。
剣技、魔術とも、緻密且つ正確なものであり、国内においては右に並ぶ者はないと言われるほどの逸材、それが異例の昇進の理由らしい。
「ご両親は……」
「私が来るより早くにお亡くなりになられた、と聞いております」
「そう、なんだ……」
ジュディは、ヴィンセントが騎士団に入団する一年前からここに仕えているというが、これまでにこの屋敷で、ヴィンセントの家族と言える人の姿を見たことはなかった、と語った。
ユウも小学生の頃、交通事故で母親を亡くしていた。
それ以来、彼女は、彼女の父親と二人三脚のように支えあい、生きてきた。
(だけど、ヴィンスには……)
「ヴィンセント様は、とてもお強い方です」
暗い表情を見せたユウに、ジュディが唐突に断言する。
「そうでなければ、国王陛下ご一家をお護りする騎士様になどなれません」
そう言って、力づけるようにユウの肩を抱いた。
「……ねぇ、ジュディ。私にもできる仕事、ない?」
彼女は、肩に置かれたジュディの手に自分の手を重ね、返事を待つ。
「仕事って……」
「私も何かできることをしたい。ヴィンスに面倒を見てもらうだけじゃ、いけないと思うから。家、お母さんがいなかったから、私、家事仕事ずっとやってたし、お料理だって、少しくらいは……」
「ユウ様……」
ユウは、ジュディの、少し困ったような笑顔を見て、ハッと我に返った。
「ダメ、かな? やっぱり」
「一度、ヴィンセント様にお伺いしてみましょう。それからでも遅くはないでしょうから」
彼女が受け取ったままずっと手に握りしめていた、すっかり温くなってしまったレモン水のグラスをスッと抜き取り、ジュディはフフ、と微笑んだ。
ユウは、誰かにベッタリ頼ることができないコです。
どちらかというと、なんでも頑張って自分でやってしまうようなタイプ。
こういうコは、本当にダメになってしまった時が心配です。
(そうならないように書け!ってことなんですけどね…えぇ。)
いつもありがとうございます。
足をお運びいただいたあなた様に、心からの感謝を。
諒でした。