異能力+復讐
どうもです、明日は体育祭、たるいですが、走ってきます!
商業都市クレセンティアの南の外れの荒地、そこには厳重に警備が敷かれた大きな宮殿が聳え立つ、そこはかつて、神の下僕が出現し、そして封印された場所、長い間の眠りについているその場所は、未来永劫この名で呼ばれることになっていた。
眠る場所、絶対に目覚めさせてはならない、絶対悪の眠る場所である。
「ここの警備をしている人たちは、全員殺した?」
遮る障害物も何も無い、荒地に一陣の風が舞い込んだ、風に乗り荒地に転がる無数の砂粒は大きく舞い上がる、そんな荒地のど真ん中に立つ、宮殿の門の前で一人の男、リティーナは欠伸をしながら、向かってくる男に問いかける。
「まあな・・・つまらん面子ばかり揃えて、何がしたいんだぁ? グレスベラントは」
赤髪を盛大に伸ばした獣顔の男が後頭部をかきながらそう言った、彼の纏っていたローブは、目も当てられぬほどの血で塗れている。
「この国の所為にしちゃあいけないよ、サエルス。確かにここの領土はグレスベラントの物だけど、管轄はそこじゃあない、もっと大きな大国が担っているのさ、まっ、見たところ警備も乱雑、敵さんは屑ばかり、神の下僕を復活させる奴なんていないと踏んでいるのかな?」
「ダメだ、俺に政治の話はしちゃあいけないぜ、俺は戦いさえ出来りゃあそれでいいんだからよ」
サエルス、名をサエルス=グランドールはため息と共に毒づいた。
「じゃあ君に一ついい話をしてあげよう」
「いい話?」
「そっ、さっき君の仲間が連れて行った彼女、クレセンティアの姫様でね、今夜が妥当かな? 取り返しにくるんじゃない?」
「ほぉ、そりゃ本当か?」
サエルスは期待に満ちたような表情でリティーナを覗き込む、リティーナは少しばかり目を細めると口を開いた。
「僕は嘘つかないよ、ただ、読めない人物が一人だけ・・・君もきっと気に入るよ、君みたいに、意志の強さだけは人一倍だからさ」
「っはー! おいおいリティーナ、それじゃ俺がまるで意思以外全部がダメっていってるようなもんじゃないか、馬鹿にしてもらっちゃ困るぜ・・・」
「いいや、場所違えど、君は彼と同じだよ、同じ」
「ふぅーん、同じ、ねぇ」
「でも、待ち伏せている部下を、彼が倒せたらの話だけどね」
「なんだよ、そこまで言っておいて、ったく」
サエルスは遥か向こう側の何も無い荒地に向かって目線を移した、そこから来るであろう、強者の足音を期待しながら・・・。
「うぜぇ」
龍牙は目を擦りながら、何も見えない砂煙の先へと目を凝らす、先ほどからずっとこれだ、全身はローブによって包まれているため、砂のチクチクとしたストレスのたまる攻撃は免れているものの、顔だけは隠すことが出来ない、先ほどから目に砂が入り、龍牙の瞳は痛々しいほどに充血している。
「すみませぬ、龍牙様、私たちの魔法を使えば払える砂埃ですが、如何せん、これからミリーナ様奪還を心に決めております故、あまり無駄な浪費は避けたいのでございます」
「ああ、そうかよ・・・で? 何時ごろつくんだ」
「ああ、それなんだけど・・・今日の夜ぐらい? ねぇグレス?」
「まっ、そのくらいが妥当かな? 計算する気なんて無いけど」
龍牙の体を盾として使っている、ギルモアとグレスはそんなことを呟く、龍牙は不快に表情を歪めるも、何も言わずに前に向き直る。
この四人、シュバルツ、ギルモア、グレス、そして龍牙、彼らは今、クレセンティアの南に位置する宮殿へと向かう最中、目的は一つ、さらわれたミリーナの救出、並びに神の下僕復活の目的を吐かせるため。
人数が四人だけなのは、クレセンティアの警備が手薄に成るのを防ぐためである、レジオースとギリオンは城の警備に当たっている。
今は地平線に日が沈みかけた夕刻、風が無ければ何も無い荒野に日の光が鮮やかなオレンジ色を開かせ、何とも幻想的な景色になるはずなのだが、生憎風が強く、砂嵐となっている有様である。
「それよりも困りましたな・・・ここから先、正確には二百五十メートル先に、敵か、もしくは盗賊の輩が数える限り、十六名ほどその場所から動きませぬ」
シュバルツは皺の多い目元を細めると、ギルモアにそう言う。
「う~ん、グレス」
「たるい、回避」
「・・・龍牙」
「どーでもいい」
ギルモアはため息を吐いた。
「シュバルツ様、このように自分の意見しか押し通せないバカが二人いるみたいだから、僕が決めていいですよね?」
「・・・そのようですな」
「じゃあ、正面突破が妥当かな、回り道してまた待ち構えられたら堪ったものじゃあ無いからね」
「わかりました」
シュバルツが同意を示すと、グレスが眉間に皺を寄せる。
「え~、面倒くさいなぁ、じゃあ龍牙、僕の分倒しといて」
「何でだよ、テメェが自分でやれ」
「いいじゃない、君の能力を目覚めさせたの僕のお蔭なんだし」
「テメェは寝ていただけだろうが!」
龍牙はグレスを睨むと、食って掛る、ギルモアは呆れたようにその二人の喧嘩を眺めている、すると。
砂埃を弾くほどの強い風が四人の中に舞い込んできた、不意に入り込んできたそれに、四人はすぐさま反応を見せた。
皆、各々の回避のしやすい方向へと飛び出す、途端、突如割り込んだ風の流れは膨張を見せ、先ほどまで四人がいた場所に強い空気の衝撃を迸らせる、その強さに地面が球状にへこんだ。
「今のはなんだ?」
龍牙がすぐさま立ち上がると、そう呟く。
「風の魔法・・・それも、面倒くさいよ、【破壊】が混じってる、あの魔法にとらわれたら最後、消し飛ばされるね」
グレスはどうって事無いような口調でそれだけ言うと、眉をピクリと動かす。
「もう、ギルモアは戦ってるみたいだけど」
その声と同時に剣が風を切る音が空気を伝わり龍牙の耳にも届く、だが、視界が酷く悪い、助けにいこうにも、敵が複数いると聞いた、あまり動き回らないほうが適当だといえる。
「まぁ、龍牙なら心配ないし、シュバルツさんも人の気配を読むのには長けてる、ギルモアは言わなくても・・・僕は僕の心配だけさせてもらうよ、じゃ、頑張ってね、龍牙」
「あ、おい! てめっ!」
グレスはそれだけいうと、手を振って砂塵の中に塗れて姿を消した、龍牙はグレスの消えた方向を睨むが、奴の性格上、帰っては来ないと判断を下した。
「俺が片付けろってことか? あの野郎、人に面倒くせぇ事押し付け―――」
龍牙が愚痴るのより早く、風が懐に襲来した、龍牙は大きく横へと飛ぶと受身を取って再び立ち上がる。風の魔法は思ったよりも発動する時間が遅い、これならば不意を突かれない限りは、死ぬことは無いであろう。
「さっさと姿見せたらどうだよ、テメェの攻撃なんざ俺にはあたらねぇよ」
「ほざくな!」
砂埃の中から真っ黒なローブを頭まで被った男が片手に短刀を持って飛び出す、ローブの男は声のした方へと突っ込んだのだが、そこには人影が見当たらない、ローブの男は辺りを見回す。
「残念だったな」
「なにっ!」
砂埃を隠れ蓑にした龍牙が、男の背後から姿を表し、振り返る寸前に重い拳を叩き込んだ、遠慮なく決まったその不意打ち殴りで、男は一撃で地面に沈む。
「まず一人」
龍牙が視線を動かしたとほぼ同時に、再び敵が現れる、今度は三人。
龍牙は即座に動いていた、まず、一番早く、自分のもとに入り込んで来る者を見つけると、身をかがめ、地面に手を着き、スライディングをかます。
敵の足が龍牙の足にとらわれて、前のめりにつんのめる、それを見た龍牙は折りたたんだ左足を無理やり地面と垂直に立たせ、強引に上へと自分の体を持ち上げる、そこは丁度、敵の倒れてくる顎の下。
無論、その無防備な顎へ鋭い拳底を叩き込む、相手は反り返ると地面に倒れた。
龍牙が立ち上がると、次に背後から迫る敵。龍牙は歯牙にもかけない様子で上半身だけを捻るとその所作と連動して拳を振るう、それと同時に敵が突き出した短刀が虚空を切って現れた、必然的に敵の顔は龍牙の肩の位置に定まっている、龍牙の拳はその敵の顔にめり込んだ。
「うぉおおお!」
一瞬で二人がやられ、最後の一人は焦りながらも、龍牙に襲いかかる、だが、龍牙と言う喧嘩の手練に正面から突っ込むのは、ナンセンスである。
鋭い蹴りを側面にくらって、最後の一人も倒れる。
それを見計らったかのように、今度は速度の遅い火の玉が龍牙の面前めがけて襲い来る、龍牙は臆する様子も無くそれを掻い潜るが、無闇にそちらへと向かうようなことはしなかった、来るならそろそろだろう、と龍牙は思ってのことであった。
案の定。
「風よ、運べ、僕の道筋を辿って【風の行路】」
グレスの声が風に乗り囁いくように届いた、刹那、風が急に流れを変えて渦巻くように上昇する、砂埃は一片も逃れることは出来ず、気流に呑まれて飛ばされた。
驚いたことに先ほどまで唸るほど吹いていた風が、まるで嘘であったかのように無風へと移り変わる、砂埃は消え、代わりに現れたのは残り数名となっている敵の姿。
「ば、馬鹿な・・・我々が作った集団の魔法が・・・まだ年のいかぬ若者に断ち切られただと・・・!」
「ふぁ~あ、疲れた」
その年いかぬ若者は、少しはなれた場所で大きな欠伸をかいている。
視界は良好になった、龍牙は攻めへと移る。
「ちぃ、おい! 俺が時間を稼ぐ、お前は魔法の準備だ!」
一人の男が腰に刺してある剣を抜くと、そう叫び向かってくる龍牙へと走り寄る。
縦真っ二つに振り下ろされるその剣を龍牙はギリギリでかわす、かわした剣の柄を龍牙は掴むと、流れるような動作で相手の鼻っ柱に強烈な肘うちを喰らわせる。
「くぅ・・・」
余りの衝撃で男は剣から手を離してしまった、龍牙はすぐさま剣の柄で相手の額を殴打する、一瞬で男の意識が飛び、地面に倒れこんだ。
その時であった。
「何も残すな、破壊のみを楽しむ者よ【業火の誘い】!」
男が時間稼ぎ(大した物ではないが)をしている間に、他の者が魔法の詠唱を唱え終えたようだ、男の突き出された両手から、猛り狂った炎の渦が龍牙に牙をむく。
「龍牙様!」
シュバルツが声をあげるが、それと同時に炎は龍牙を飲み込んで、盛大に土煙をあげた。
「グレス様!」
シュバルツは憤った瞳でグレスを睨む。
「シュバルツさん、よくみなよ」
グレスは土煙を上げる中へと指を指す、シュバルツが視線を移すと驚いたように目を見開く。
「実戦じゃどうかわからなかったが、どうやら大丈夫そうだな・・・」
龍牙は自分の右手を繁々と眺めながら素っ気無くそれだけ言う。体には外傷一つ無く随分と冷静であった。
「なんだと・・・今の魔法は手ごたえがあった、なのに・・・なぜ死なない!」
「誰が死ぬかよ」
魔法を放った男が声を荒げると、龍牙がいつの間にはその男の目の前へと肉薄をしていた、男が龍牙に焦点を定める前に、既に龍牙の拳は敵のどてっぱらにめり込み、いやな音を立てた、敵が膝を突き倒れるのを見ると、数人のローブを纏いし輩は、逃げるように背を向けて、駆け出してしまった。
「ねぇグレス、今のって・・・龍牙の魔法?」
グレスの隣へと向かったギルモアがそう耳打ちする。
「さぁ、どうだろうね、僕にも良くわからないんだ」
グレスは意味のありげな笑みを残すと龍牙の方へと視線を向けた、今はまだ目覚めたばかりの異能力を持つ異世界の人間に。