苦渋の肉弾戦+式典
と言うことで六話目。
少し変更があるかもしれないのでご了承を。
夕闇に覆われたクレセンティアの一角、老人は町の小道で静かに腰を下ろした、今日はクレセンティア誕生祭、人気はほとんどないため、動きやすい。兵の門番も今頃ぐっすり眠りこけていることだろうから、捜索を開始するのはもう少し先のはずだ。
「まさか、ここまでうまくいくとはのぅ」
老人は懐から紫色に輝く水晶玉を取り出すと、手をかざす、怪しく不気味な光りが漂うと、水晶から一人の男の声が響く。
『リティーナか・・・どうした?』
「グレン様、クレセンティアへの侵入に成功いたしました、これから作戦を開始しようと思いますが、よろしいですね?」
『そうか、よくやった、あとはお前に任せる』
「ありがとうございます」
リティーナが頭を下げると、水晶は光りを失う、リティーナが水晶をしまうとニヤリと笑みを浮かべた、すると、老人の姿が次第にいびつに形を歪めて、崩れ落ちた。まるで灰にでもなったように、代わりにその場所に現れたのは、年、十七、八ほどの青年、のはずなのだが、顔は女性なのではないかと思うほど整っている、そのままスカートを穿いたら女性と間違われてしまいそうである。
「少しつかれたねぇ、休みたいのは山々なんだけど・・・グレン様を喜ばせなきゃならないし、それに・・・それ後大役もあるんだし」
一人でそう言ってため息を吐くと、リティーナは立ち上がり、一際明るい方へと視線を向けた。
「さぁって、地獄の誕生祭にしてあげるよ」
リティーナはそう言うと、まるで闇に溶け込むように姿を消した。
クレセンティア城の丁度向かい側にある、小高い丘の上、既に空は暗闇で、綺麗な星が見えるはずなのだが、今日は生憎誕生祭、光りがあちらこちらから立ち上り、星の出番は今日を数えて三日間だけお預け、星々はふて腐れたように輝きを仕舞い込んでいる。
丘の上で青草の匂いに擽られながら瞳を閉じている、青年が一人、目立ちやすい厚手の白いローブを着ている。
彼の名はグレス=ウィラン、城内で最高峰の魔法技術を持つものである。
鼻筋は真っ直ぐで赤色が混じった黒髪、開ければ吸い込まれてしまいそうなほどの漆黒の瞳、そして彼の不機嫌な表情を淑女が見れば、口から零れるのはため息ばかりであろう。
容姿容貌は最高ランク、魔法技術も最高水準、しかし、彼には決定的な欠点がある。
そう、前にも述べたとおり・・・酷い面倒くさがり屋、なのである。
「グレスー! 今日と言う今日は許しませんよ!」
突然大きな怒号が飛んだかと思うと、気が付いた時には、懐の上に両足で今にもグレスを踏んづけようと飛び掛る一人の少女の姿が見える。
「うぉおお!」
それに気が付いたのか、グレスは目をパッチリと開けたかと思うと、素晴らしいスピードで横に転がってみせる、刹那、グレスがいたところの芝は無残に踏みつけられ、土気色が飛び出した。
グレスは立ち上がると、綺麗な漆黒の瞳をパチクリとさせ、首を傾げる。
「どうしたのさ、レニーちゃん、今日は女の子の日なら心配しなくても良いよ、僕は手を出さないからさ」
「いきなり副長相手になに卑猥な発言しているのですかっ、違います!」
「じゃあどうしたって言うんだい、僕はただ夜寝をしていただけじゃあないか」
「そういう捻りはいりません、警護の任はいったいどうしたのですか」
「ん~? そのへんにポイ♪」
グレスはその辺にものを捨てるような仕草をしてみせる。
レニー、レニー=ポルンは呆れたようにため息を吐くと、魔法兵長、グレスを翡翠色の双眸で睨んだ。
「レニーちゃん、そんなに怒らないでよ、キスしてあげるからさ」
言うや否やいつの間にかレニーの顔に急接近すると、肩で切りそろえられた茶髪を右手の人差し指でそっと掬ってみせる。
「ばっ、何しているのですか!」
余りのことにレニーは頬をにわかに上気させるとグレスを突き飛ばした、おっとっと、とグレスは数歩後ろに下がると、抗うのを止めて地面にしりもちを着いた。
「流石、ガードが固いね、崩すのには時間がかかりそうだ」
グレスは屈託のない微笑を浮かべる、唇を危うく目の前の卑猥な魔法兵長に奪われそうになったレニーは、荒い息をしながら、少し乱れた自分の白いローブを整える、そのローブの脇には赤い側賞が見て取れた。
「そういうのは今やめてください、それと早く警護に戻ってください、もう直ぐミリーナ様の式辞が始まります」
「面倒くさいよ、ミリーナ様には許婚がいるし」
「そことサボりのつながりが私には見出せないのですが・・・?」
「レニーちゃんを早く落さないと、次に行けないじゃないか、早く僕の虜になってよ」
「話をそらさないでください・・・!」
さて、そろそろ心臓の辺りがムカムカしてきた読者様もいるでしょう、そう、グレスは常人には考えられない趣味を持っている。
ナンパ・・・である。
既に城内の約三分の二はグレスの虜になっている女性である、だが、彼曰く、落す過程が楽しいのであって、手を出すつもりも付き合うつもりも無いのだそうだ、言わば羨ましいような殴り飛ばしたいような、だが、そのナンパの勢いも今の副長、レニーの前で完全に立ち往生をしている。レニーもたまったものではないが・・・。
何処までも頑なな、真面目一本槍の彼女にとって、グレスは天敵でしかない。
一度危うく彼の術中に陥りそうになるも、何とか抜け出し、今に至る、現在なら少しぐらいの甘い言葉などレニーは物ともしない。
そんなことがあってか、グレスは少々不機嫌気味なのだ、サボりも一層磨きがかかっている。
「兎に角! あなたの趣味どうこうはどうでも良いのです、早く警護の任に戻ってください」
レニーが強い口調でグレスを睨むと、グレスはムッとしたまま胡坐をかいて、自分の膝の上に頬杖を付く。
「別に必要ないじゃん、警護なんてさ」
「そんなわけ無いでしょう、私たちの主を守らないでどうするのですか」
「僕がいなくたって、レジオースもシュバルツもギルモアもいるんだし、いいじゃない、それに一昨日入った、龍牙って言う異世・・・従者もいるんだし、僕の出番はあそこにはないよ」
「それでも、忠誠を誓った主を守らなくて良いという事にはなりませんよ」
「僕が忠誠を誓ったのはあくまでクルーゾ様だよ」
「クルーゾ様の唯一の跡継ぎですよ、もしものことがあったらどうするのですか」
レニーの一分の隙も無い意見にグレスは顔を歪める。
やがて参ったよ、とでも言うようにグレスは大きくため息を地面に落とした。
「わかったよ、負けだよ僕の、まったく僕が行かなくても誕生祭の周りは厳重なんだから大丈・・・?」
「どうかしましたか?」
グレスの言葉は途中で小さくなるとやがて聞こえなくなった、視線の先は誕生祭のほう、明かりが一層強い。
「ねぇ、レニーちゃん、警備は完璧なの?」
「勿論です」
「そう・・・まったく、これじゃあ僕も行かないと、本当にクルーゾ様を悲しませちゃいそうだ」
「え・・・どういう事ですか」
「じゃあ、キスしたらヒントあげるよ」
「自分で考えます」
「うそ、誕生祭の周りだけ警備を強くして、他は手薄になってない?」
それだけ言うと、グレスは立ち上がり、地面を強く踏み込む仕草をしてみせる、途端地面に幾何学模様の魔法陣が現れると、一陣の風が吹いた。レニーのローブが一瞬ふわりとまくれ上がる、レニーは慌てた様子でローブを押さえ込んだ、文句を言おうと隣を睨むが、既にグレスはその場にいない、レニーが目を丸くして辺りを見ると、闇に紛れて目立つ白いローブが街道を猛スピードで走っているところであった。
「相変わらず、やるときはやる人なんだから」
レニーはそのローブの後を追うように、走り出した。
「ミリーナ様、お時間です」
ステージ裏の階段前に立ったミリーナは体をにわかに硬直させる。
「は、はい」
ミリーナはぎこちない動作で階段を一段一段登っていく、その後ろに龍牙が続く。
先ほどの不機嫌な様子も、緊張の前では無駄だったようだ。
階段を登り終えてステージから広場を見た龍牙は唖然とした。
広場には地面が見えないほど犇めき合っている人々の姿、それは今目の前にいるミリーナの持っているはずであろう権力を目で見て実感が出来た、これほどの人数の期待と希望を、あの細い体に背負わされているのかと思うと、少し酷な気もしなくはない。
先ほどまで騒がしかった民衆はステージに上がった、一際異彩を放つ明眸皓歯な領主の娘に釘付けの状態となっている、騒がしい喧騒も無くなり、聞こえるのは微かに響く虫の鳴き声だけである。
龍牙は所定の位置へと立った、ミリーナに目を向けて、眉間に皺を寄せる、彼女の上がり症は酷いものだ、あれではまるで捉えられた囚人そのもの、仕方なく龍牙は声をかける、これだけ離れているのだから聞こえはしないだろう、と思ってのことだ。
「おい」
「え? は、はい」
龍牙の低い声に少し驚いたのか、ミリーナはこちらに視線だけを向けてきた。
「テメェが今トップなんだろ? 他の奴なんて気にしてんじゃねぇ、胸張ってろ」
龍牙の声で、少しミリーナが微笑んだ気がした、しかし、ミリーナの右斜め後ろに立っているため確認は出来なかったが。
暫く時間を置くと、ミリーナは口を開いた。
「皆様、今日は私たちにとって、素晴らしい日となります、クレセンティアと言う商業都市が出来上がり、百年以上の時が経つのです、そして、その活気づいた都市の気風は今も尚衰えるところを私は見たことがありません―――」
ミリーナの口から出てくる言論は、繕っているようなところなど何一つ無かった、いや、文章自体は繕って書かれているだろうが、彼女の発言には全てに感情が込められている、それは、上に立つものとして素晴らしいものであろう。
龍牙はその言葉に耳を傾けていた、その時だった。
「あ~あ! いいよいいよ面倒くさい姫さまだなぁ・・・君のくだらない式辞なんて聴いてて耳が痛くなるよ」
不意に聴衆からとんできた、侮蔑を含む罵倒の言葉、ミリーナは驚きの余り言葉をつぐんだ。
言葉を発したのは、民衆の最前列にいる、緑色の髪の毛を伸ばした、リティーナの姿だった。
「ミリーナ様の式辞の最中だ、野次を投げるとは何事だ!」
一人の兵士が、リティーナに掴みかかろうとしたときであった。
リティーナが腕を伸ばしたかと思うと、兵士の顔に手をかける、リティーナの手の甲に薄っすらと灰色の魔法陣が表れたかと思うと、兵士はまるで眠ってしまったかのようにその場に倒れこむ、それを見た民衆は爆発したかのような混乱に陥った。
リティーナはすぐさま地面に膝を着くと、地に己の手を添える。
禍々しい魔力が渦を巻き、地面に大きな魔法陣が怪しい鼠色の輝きを発した、その場所だけがまるで色彩を失ったかのような錯覚を受ける。
「出てきてよ、僕の泥の僕!」
リティーナが下卑た笑みを垣間見せる、その途端、地面がボゴリと盛り上がり、そこから粘土をこねて造ったような、無数の泥の人形が這い出して来た、人のような形をしていて、目のある場所と口のあるべき場所は、ぽっかりと丸い穴が開いている。
龍牙はミリーナの傍に駆け寄る、ギルモアとレジオース、シュバルツも直ぐにステージに上がると、臨戦態勢へと移る。
「ギリオン!」
杖を持ったシュバルツが声をあげる、すぐさま近くのギリオンがシュバルツの下へと走り、膝を突く。
「ミリーナ様を安全な場所へ、頼む」
「わかりました、ミリーナ様、こちらへ」
「龍牙様、あなた様はミリーナ様のお傍を、何かあったときのために」
「テメェに言われなくてもわかってる」
龍牙は泥人形を一瞥する、これがこの世界にある、魔法と言う奴なのだろう。
龍牙はすぐさま身を翻すと、ギリオンに連れられ階段を降りているミリーナの下へと向かった。
「貴様も来たのか」
「悪かったな」
ギリオンは少し不満そうな表情を見せるも、それ以上は何も言わずに早足でミリーナの前へと立ち
、城のほうへと向かう、龍牙はミリーナの後ろについている。
既に近くにいた兵士や魔法兵は突如、謎の者によって出現した泥人形を食い止めるために、ほとんどいない、お陰で人にぶつかることも無く、スムーズに城の庭園へとたどり着くことが出来た。
城のほうへと向かおうとギリオンが敷き詰められた石の廊下を通ろうと足を踏み出したときであった。
「甘いねぇ、僕の考えは予想通りかな?」
突如目の前に現れたのはリティーナであった。それと同時に地面から泥人形が次々に這い出してくる、ギリオンは苦渋に顔を顰めると、数歩後ずさり腰に刺してある剣を抜く。
「ここは私が引き受ける、従者、ミリーナ様をお守りしろ!」
龍牙はそれだけ聞くと、ミリーナの手を取る。
「行くぞ」
「は、はい」
ミリーナの手を引いて龍牙は駆け出した、背後ではギリオンの気合の入った声が聞こえる。
「おい、安全な場所はあそこ以外何処にある」
「えーっと・・・私城の外に余り出たこと無いからわからないの」
龍牙は小さく舌を打つ、まったく、異世界に飛ばされた急にこのような事態だ、たまったものではない、周りを見るに、近くにあるのは森、一先ずそこへ隠れるのが良いであろう。
「こっちだ」
龍牙はミリーナの手を引いて森の方へと駆け込んだ、森の中は木の根が無造作に顔を出し、とても歩きにくい、躓かないように走りながら、龍牙は後ろを振り返る、誰も追ってくる気配は無い。
暫くすると、木が生えていない野原に出た。しかし、よく見ると野原は丸く円を描くように生えている、その先は再び深い森が鬱蒼と茂っていた。
「つくづく僕って運が良いみたいだ、やあ、こんにちは姫様」
目の前の薄暗い森の中からリティーナがゆっくりと歩きながら現れた、その表情には不気味な笑みが刻まれている。
龍牙はリティーナを見ると、ミリーナを自分の後ろに下げさせる。
「ん? 君は見ない顔だね・・・そこの姫様の従者さんかな?」
リティーナは不思議そうに小首を傾げると、無邪気に質問を投げかける。
「だったら何だ」
龍牙はそう口を動かしながら、ミリーナに聞こえるように口を動かさないで言葉を発した「逃げるぞ」
「いや、あんまり面白くなかったなーって」
龍牙が反応するより、早く、背後の地面が蠢くと泥人形が鎌首をもたげて姿を現した、ミリーナは小さな悲鳴をあげる。
龍牙はミリーナの腰に手をまわすと自分の体とミリーナの体を入れ替える、その勢いのまま、足を掴もうと手を伸ばす泥人形の頭を鋭い蹴りを入れる、やわらかい感触が足を伝う。頭がごっそり刈り取られ、泥人形は動きを止める、だが、直ぐに頭は周りの泥が這い上がり頭を作り直すと再び動き出し、龍牙の足首をムンズと掴んだ。
「ちっ!」
「龍牙さん!」
「うーん、これで捕まえるのも面白くないな、もうちょっと遊んでいたいし・・・」
リティーナが詰まらなそうにそう言うと、龍牙をつかんでいた泥人形は手を離す、それを見た龍牙は怪訝そうな表情で、リティーナを睨んだ。
「どう言う事だ、テメェ」
「うん? いや、だからここで少し面白いゲームをやらない? どうせこのままじゃ君を直ぐ殺しちゃいそうだし、姫様を捕まえる面白さも欠けるし・・・少し君が頑張れば今回は見逃してあげるよ」
「ゲーム?」
「ルールは簡単、僕に一度でも攻撃を当てられたら勝ち、君が死んだら負け、どう? もちろん泥人形は使わないよ僕自身が戦う、君も武器を持っていないようだし、僕も素手で、公平な肉弾戦、勿論やるよね、拒否権は無いようなものだけど」
龍牙は鋭い視線でリティーナを睨んだ、攻撃を一度でも当てられたら勝ち・・・前にもそのようなことを言われた龍牙にとって、その提案は傷を再び穿り返されたようであり、酷く不快であった、だが、冷静に考えてみれば、こちらにとって有利な条件だ。
「やってやるよ」
「そうこなくちゃ」
この世界に来てから二度自分は敗北している、今回は負けるわけには行かない・・・いや、勝つ、絶対に、何が何でもだ。