従者二日目+式典
龍牙はけたたましく鳴り響くドアのノックで半強制的に目覚めさせられた。
龍牙はボケーっとした何とも気の抜けた顔でドアに視線を移す、先ほどから猛打されているドアが不憫で仕方が無い、龍牙はゆっくりと覚醒し始める。
「なんだよ、うるせぇな」
「いいから開けなさい、そこにいるのはわかってるのよ!」
ドアの向こうから少女の声が響く、龍牙はため息をつきながらドアを開ける。
目に入ったのはエプロンドレスに身を包んだ、自分と同い年ぐらいの少女であった。
茶色が入ったセミロングの髪の毛に、若草色の綺麗な瞳を持つ少女、だが余り機嫌は宜しくないようだ、額の端に怒りのマークが見て取れる。
龍牙は昨日兵士に言われたことを思い出した『明日君を迎えに来る人がいるから、今度はその子に従うこと』
多分これが、その子だろう。
「私が起こしに来てこれほど時間がかかった輩はいないわ、あなた結構やるわね」
バタン!
これは龍牙が無反応で無慈悲にドアを閉めたときの音である。
何故閉めたか、決まっている。第一声からあの少女とは、そりが合わないだろうと判断してのことだ、それに初見の相手の鼻先に指を突きつけるとは、なかなかクレイジーな奴だと龍牙は思う。
「ちょっと! 開けなさいよ、コラ!」
再びドアが彼女によって猛攻を受ける、この調子で行けば明日またこの少女が来たら、完全にドアが破壊されているに違いない、大至急で鋼鉄に取り替えてもらおうか。
とは言っても、このままにしておくと後々面倒だ、龍牙は諦めてドアを再び開く、少女は声をあげていたためほんのり頬が赤みを帯びている。
「あんたねぇ! 初対面の相手の第一声を受けてドアを閉めんじゃないわよ!」
起きたばかりの耳には痛すぎる声音だ、龍牙は不機嫌に表情を歪めながら口を開く。
「何のようだよ、クソメイド」
「あたしはクソメイドって名前じゃありません、エルーナ=キリオンって言う名前があるの、ミリーナ様の専属メイドよ、皆がエルって呼ばれているからアンタもそう呼びなさい、良いわね」
「俺もアンタじゃねぇ、竜谷龍牙だ」
「そんなこと知ってるわ、私は龍牙って呼ばせてもらうから」
まくし立てるようにそう言われ、龍牙の機嫌はさらに悪くなる、こう言った押しの一手を相手にするには何かと疲れる。
龍牙はため息を付くとエルを睨んだ。エルは少し身を強張らせるが、負けん気の強そうな態度を取る。
「な、なによ」
「で、テメェはいったいなんでここへ来たんだ」
「え? あ、そうそう、これ早く着て」
今まで忘れていたようだ、エルは両手に持った服を龍牙に押し付けた、綺麗にたたまれている紺色のその服に龍牙は顔を顰める。
「これは?」
「従者専用の燕尾服、さぁとっとと着替えた着替えた、出来たら呼んでね」
体を百八十度回転させられ部屋に戻されるとそれだけ言われてドアが閉められる、龍牙は自分の手に持つ燕尾服を眺める。
「これを・・・着ろってかぁ」
前身頃が短く背面はツバメの尾のように二つに分かれて長い、パンツはサイドに側章が入っている、それ以外に白のベストとウィングカラーのシャツ、そして蝶ネクタイまである、どれも肌触りがいいが、着ろといわれて素直に着ようとは到底思えない代物だ。
はっきり言えばダサい、蝶ネクタイなんかチャンチャラおかしい、お笑いものだ。
「ちょっとー、まだー」
「うるせぇ」
不満げな視線を燕尾服に注ぎながら龍牙はそう言った、仕方ない、着るか・・・。
四苦八苦しながら何とか、燕尾服を着ることに成功した。首の辺りが少し締め付けられるような圧迫感があるものの、それほど窮屈と言うわけではないので龍牙は安心した。
「遅いわよー早くしないとミリーナ様起きちゃうじゃない」
「うっぜーな、終わったよ!」
朝からこれほどストレスが溜まったのはいつ以来だろうか、龍牙は腹立たしげにドアを開けた、エルと目が合うと彼女は何度かその若草色の瞳を瞬かせる、龍牙はバツが悪いように頭の後ろを掻く。
「なんだよ」
「・・・けっこう、似合ってるじゃない」
「はぁ?」
「さっ、準備が出来たところで行くわよ、モーニングティーを運びに行かなきゃ」
「あ、おい」
エルは身を翻すと、足早に廊下を歩き出してしまった、龍牙は首をかしげながら彼女の後を付いていく。
使用人や兵士が集まる食卓の間へと向かう、広い空間に長い机が幾つも列を成している、まだ朝が早いのか食事を取っているのは数人だけ、随分と閑散としていた。ミリーナのための紅茶が入ったトレイを龍牙は持たされミリーナの寝室へと向かう、エルの後ろを続いているとその途中、不意に声がかけられた。
「龍牙、紅茶淹れられる」
「さぁ、やったことねぇ、飲み物なんて茶と牛乳とチューハイしか無かったからな、家には」
「チューハイ、何それおいしいの?」
「甘ったるくて俺は嫌いだけどな」
「まあ、いいわ・・・今回は私が紅茶を入れるから、龍牙はすっからかんの脳みそに紅茶の淹れ方をちゃんと入れときなさい」
龍牙は舌を打った、こいつといると腹が立つ。
程なくして二人は寝室へとたどり着いた、エルが扉を軽く叩く。扉の向こうからミリーナの声が聞こえた「どうぞ」
「失礼します、ミリーナ様」
エルは一言そう言うと、扉を開けて一礼して中に入る、龍牙はエルの後に続いた。
既に目を覚ましていたミリーナはベッドに上半身を起こして微笑んでいた、龍牙は部屋を見渡し、目を見張った。
英国貴族の寝室をそのまま絵に描いたような部屋であった、一度に四、五人寝られるような天蓋付のベッド、フワリと押し返す弾力のある赤い絨毯、人形の部屋に入った気分だ。
「もうお目覚めでしたか、今日はお早いのですね」
龍牙と話した口調とは思えないほど柔らかなそのイントネーションに龍牙は内心顔をしかめる。
「はい、昨日は余り寝付けなくて」
「あまり無理をなさらないでくださいね」
「ありがとう、エルーナさん」
「ほら、龍牙早く持ってきて」
エルがこちらを向いて急かすようにそう言った。
「うっぜぇ」
龍牙は面倒臭そうにトレイをエルの前に出す、エルは素早く紅茶をカップに注ぎいれた、ミルクの甘い香りが鼻をくすぐる。
「どうぞ、ミルクティーです」
「ありがとう」
ミリーナは優雅に微笑むと紅茶に口をつける、ゆっくりとした動きは龍牙とは同い年とは思えないほどの貫禄ある動作である。
ミリーナは少しだけ目を閉じて紅茶をもう一口はこぶと、エルに返した。
「おしかったです」
「お口にあいませんでしたか?」
紅茶は半分ほど残っている、エルは心配そうに見リーナの顔を覗き込むが、ミリーナは表情を崩さない。
「いいえ、とっても美味しかったわ、でももういいの」
「・・・わかりました、龍牙、トレイを食卓の間に返しておいて、返し終わったら直ぐ戻ってくること」
「めんどくせ」
「グダグダ言ってないで早く行く!」
「うっせぇ」
龍牙はムッとしながらトレイを下げると、部屋から出た。
「ったく、俺をこき使いやがって」
ぶつくさと愚痴を溢しながら龍牙は食卓の間へと戻る、食卓の間にはいつの間にか兵士や使用人が大勢犇いていた、時間が時間なのだろうか、一日の始まりを感じさせる風景であった。
トレイを戻す棚に向かう途中、長机に座っていた青年が声をかける。
「やぁ、龍牙、ミリーナ嬢の寝顔は拝見できたかい」
にこやかに微笑んできたのは、昨日一戦交えたギリオン本人であった、龍牙は彼を一瞥すると、鼻を鳴らす。
「なんだ、いたのかよ、ギリオン兵士長さん」
「ありゃ、バレてた」
「テメェが勝手に溢しただけだろ」
「あれ、そうだっけ・・・」
ギリオンは惚けた様子で顎に指を持っていく。
「話がねぇなら行くぞ、これから戻らなきゃなんねーんだよ」
龍牙が歩を進めようとすると、ギリオンが止める。
「あっとと、ちょっと待って、今日は大事な行事がある日なんだから、従者の君からしたら特にね、聞いておいて損は無いよ」
「俺にとって?」
「そっ、今日は祝典の日なんだ、商業都市クレセンティア誕生祭、その祝典にミリーナ様の初の式辞がある」
ギリオンはわざとらしく途中で言葉を区切った、どういうことかわかるとでも言いたげに、視線を龍牙に向ける、龍牙は呆れた表情でギリオンを見た。
「要するにあいつを守れってことか、テメェが言いてぇのは」
「ピンポーン、なかなか要領のいい考え方してるね、あと・・・ミリーナ嬢結構な上がり症だから、落ち着かせる役も請け負ってね」
だから今日は・・・龍牙は納得した、いつもなら飲むはずであろうミルクティーを残し、よく眠れなかったのもこの祝典があるから、上がり症ならなおさら。
「落ち着かせるって、俺が、出来るわけねーだろ」
「それは君しだいって事で、ミリーナ嬢を慰める従者・・・なかなかいいと思わない・・・あれ? 龍牙!?」
付き合ってられるか、背にギリオンの声を聞きながら、龍牙は毒づくとトレイを返す場所へと歩みを進めた。
トレイを返し終えた龍牙はエルの言葉に素直に従うのも癪だと思い、わざと、完全にわざとだとしか思えないほどチンタラした歩みでミリーナの寝室へと向かう、ミリーナの寝室は三階の奥、覚えの悪い龍牙でも簡単に記憶できる場所である。
ミリーナの寝室に戻ると、第一声にエルの激声が飛ぶ、龍牙は鼻先で笑う。
「龍牙、アンタ従者舐めてんの、はやく戻って来いって言ったはずよ」
「うっせぇなぁ、そんなの俺の勝手だろうが、テメェに指図される筋合いなんてねぇんだよ」
「な、なんですってぇ!」
「ったく、こんな面倒くせぇメイドがいたらたまったもんじゃねぇな、なぁ?」
龍牙は鋭い視線をミリーナへと向ける。
「えっ!? わ、私ですか?」
龍牙が食卓の間へと行っているうちに着替えたのだろう、今日の衣装は薄い桃色がかった、明るい印象を受けるドレスであった。ミリーナは急に話を振られ、上ずった声で聞き返す。
「そうだよ、テメェ以外に誰がいんだ」
「あ、アンタねぇ! ミリーナ様にテメェとは何様!? 分を弁えなさい、ミリーナ様、こんな奴即刻従者を免職すべきですよ」
「え、えと・・・エルーナさん、もう直ぐ他の仕事があるんじゃないかしら?」
板ばさみ状態から逃れようと、ミリーナはしどろもどろにエルにそう言った、それを聞いたエルはハッとし、壁にかけられた時計を見る。
「ヤッバ、急がないと・・・あ、でもこんな奴にミリーナ様と一緒にさせると危ないし」
「あ?」
険悪な雰囲気が一層増した気がした。
「ええと、大丈夫ですよ。龍牙さんは悪い人ではありませんから」
それを聞いたエルは苦しそうに表情を歪めると、龍牙をキッと睨む、それを龍牙は見返した。
「ミリーナ様に何かあったら、容赦しないわよ」
「言ってろタコ」
エルはムッとするも時計をもう一度確認して、唇を噛みながらミリーナに一礼すると退室した。
鬱陶しいのがいなくなり龍牙は近くの椅子に腰を落す。
「助かったぜ、あんな奴と朝を共にすると思うと嫌気が差す」
「あの、エルーナさんをあまり嫌いにならないでください、私のことを思ってのことですから」
ミリーナは目を伏せてそう言った。
「まあ、いいや・・・それよりお前さ」
龍牙がミリーナに視線を向ける、ミリーナはこちらを見た。
「はい」
「なんで敬語なんだよ」
「え?」
ミリーナは意表をつかれたような顔をする、龍牙は首をかしげた。
「何驚いてんだよ、俺とお前同い年ぐらいだろ」
ミリーナに敬語を使われるたび、龍牙は背中がむず痒くなるのを感じていた。
「えっと、その・・・あの・・・・・・い、いいの?」
恐る恐る、怖々といった感じでミリーナは覗き込むようにそう言った。
「許可なんていらねぇ、俺がいいって言ってんだから良いんだよ」
龍牙は口の端を少しだけ吊り上げる。
「ありがとう、龍牙さん」
ミリーナは屈託の無い純粋な笑みを向けた、龍牙さんと呼ばれるのは余り好きではないのだが、そこまで追求はしなくても良いであろうと言うことで、龍牙は口を閉じた。
「で、話はかわるが。今日お前が式辞やるんだってな、ギルモアから聞いたんだが」
それを聞いたミリーナは不安そうに頭を伏せた。
「・・・そうなの、ずっと緊張しっぱなしで、もう疲れたわ」
その時だった、ドアがノックされ、声が響く「ミリーナ様、お食事の準備が出来ました、中にお入りしても宜しいですか」
その声を聞いたミリーナは、龍牙を見る。何か言いたげなその視線、龍牙は聞く。
「なんだ」
「えっと、本当に勝手なんだけど、他の人がいるときは敬語をつかってもらえると嬉しいの、余り他の人に普通に話しているのを見られると、何かあると思われそうだから・・・」
まあ、確かにそうなのかもしれない、ミリーナは言わばこの都市のトップに立っているといっても過言ではない、そんな人に自分が対等に話をしていたら、誰もが不思議に思うであろう、無礼だといわれ免職も考えられないわけではない、そうすれば困るのは自分だ。
龍牙はため息と共に立ち上がる。
「わーったよ、やれるだけやってやる」
その言葉にミリーナは微笑んだ、龍牙はそれを見て、まんざらでもない気分であった。