厄災+約束
十七話♪
キャラの言葉遣いに変化をもたせてみようと思います、前のほうも変えていこうかと思っていますので、急に変わることをお許しください(汗
「クソ、しつけぇ・・・」
城の裏手から外へと逃げた龍牙は後ろを振り返りながら忌々しげに呟く、後ろから追ってくるのは、ミリーナの鬼教育係のドリス、彼女の手の指の先には小さな黄色の魔法陣が瞬いていてそこから黄色いロープのようなものが伸びている、雷と属性【麻痺】を基盤とした束縛の魔法、硬度、伸縮、耐久性に富み、一度あれに捕まえられでもしたら属性により動きが鈍らされてしまうのだ、目の前を走るミリーナは龍牙の異能力のお蔭もあってか属性の影響は無い様に見える。
龍牙が振り向いたのとほぼ同時にドリスの指がまるで操り人形を扱うかのように複雑に動く、その指の動きに数秒の誤差を与えながら長く伸びたロープは複雑怪奇な動きを見せ龍牙へと襲い掛かる、並みのものであれば数秒持たずアウトだが、龍牙は魔力付加に加え、旧世界にて多対一では無敵を誇っていた、反射神経に加え莫大な力があればロープの動きを見てから動いても間に合う、龍牙は一つ一つロープの動きを見極めながらそれを避けて走る、龍牙の前には同じ速度で走るミリーナ、彼女のほうには龍牙がロープを引き付けているため襲ってきてはいない。
一見簡単に抜け出せるのでは? と思うかもしれないがそれは大きな間違いである。
ドリスの追うという技術はほとんどプロに近かった、相手の逃げる方にロープを先回りさせ、行き場を塞ぎ他のほうへと向かわせる、逃げるほうはただ単に逃げるのではなく逃げさせられているという印象が強く、脱出口である裏の門からは相当の距離が開かれている。
何か策でも弄しているのだろうかと思う龍牙であるが、思うだけで具体的にどういったことまでは予測できない、そもそも頭を使う性分ではないことを龍牙はすでに自覚済みだ。
「おい、こっから一番近い出口は何処だ?」
龍牙が問うと、少し息を弾ませたミリーナの声が返ってくる。
「えっと、ここからだと、東門が近いと思う」
「んじゃそこに向かうぞ、いつまでもあれをかわし続けるのは面倒くせぇ」
ミリーナはコクリと頷くと東門の方へと向かう、クレセンティア城の北は鍛錬所の出口、東は城へと食材や生活必需品を運ぶ旅団や商兵団などが通るところである。
そして奇妙な逃走劇は、もう一つ・・・。
少女は走っていた、何日走っているのだろう、何日食べ物を口につけていないのだろう、何日渇いて血しか出てこない喉を潤していないのだろう、何日寝ていないのだろう、そしてあと何日・・・この言われようの無い恐怖と戦えばいいのだろうか?
返ってこない答えは自分の中で渦を巻き、暗闇に取り残されたような酷く不安で絶望的などす黒いナイフが自分の胸を刺す。
すでに魔力は底を付き始めている、何日か前に襲撃者から逃れてからずっと魔力を消費していたのだから仕方が無い、彼女はある程度、いや、周りとは違う種類の魔法使いで、周りより強いことは自負しているつもりであった、しかし、実践経験とはこうも実力というものを追い越していくのかという、驚きとそれに加え背筋に寒いものが駆け抜けたのを覚えている。
その時だ、真下の地面に小さな漆黒のシミが自分と同じ速度で並走していることに彼女は気がついた、日が落ち始めていたため薄暗く目を凝らさねばわからないほどに。そのシミはどんどん大きくなり、刹那、シミから漆黒の剣がまるで空に引っ張られているかのように突き上げてきた、彼女は咄嗟に真横へと飛ぶ。
彼女が横へと飛び出した瞬間、一部のすきも無く薄暗い草木の奥から、光とともに何かが弾ける音が耳に届いた、彼女は何も考えるまもなく無理やりに体を捻ると地面を強く踏みこんで九十度に近い角度で再び前へと突き進む、足に激痛が走るが気にしてなどいられない、逃げるのだ・・・逃げるしかないのだ。
彼女が飛び出した途端、その場所に雷撃の爆音が響く、向こうは自分の生死などお構い無しなのではないかと彼女は思う、確かに利用する分にはそれ相応に価値があるとは思っているが、魔術国の外にとなると話は変わる、自分のような兵器そのものなど他国になど渡したくないに決まっている、いっそこのまま捕まるか死んだほうが、これからかかわってしまう人たちを不幸な目にあわさず済むのではないか、とさえ思ってしまう。
しかし、だ。
嫌だ、死にたくない、あのような実験はもう・・・。
それだけで彼女が走り続ける力は十分であった、先ほどの答えもこの心の底、本能に近い場所が悲鳴をあげるだけで根本から崩れ落ちる。
そして先ほどの不幸な目にあわせてしまうのもまた事実、なぜなら今自分はこの状況を打破できる術は無い、ならば誰かに頼るほか無いのだ・・・。
再び真横から、雷撃の弾が恐ろしい速度で自分へと放たれていた、それも一発や二発だけでは無い、数百、数千、数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの数である、それは周りの木々を根こそぎ食いちぎり摩擦により火花が瞬く。
「っ!」
彼女は残り少ない魔力を解き放つ、赤が基準でさらに炎のように所々にオレンジが滲む、単色ではない魔法陣、そこから作られるのは龍が描かれた焔の盾、それは向かい来る数千誓い弾丸を盾を通り過ぎる前に焔が焼き尽くした。
(魔力が・・・もう)
少女は唇を噛む、もう空に近い魔力、この魔力付加もあと数分で底をつく、周りは出口の無い獣道、もしかしたら同じところばかりグルグル回り続けているのかもしれない。
しかし、最後の最後まで走る、まだ光が途絶えたとは思いたくない。
視界が滲み始めた、そんな時だ。
暗闇の中に溶け込むように、彼女の頭上で漆黒の魔法陣が毒々しく光を放つ。
朦朧とした意識のなか、彼女は辛うじでそれを感じ取ると速度をさらに上げる、しかし。
意識の混濁により彼女には一瞬の、しかし重大なタイムラグを生じさせてしまった。
降り注ぐ漆黒の槍の雨が彼女の腕を貫く。
「っあああああああああっ!」
焼け付くような痛みが腕を介して脳に叩きつける、少女はそれと同時に膝から力が抜け派手に転んだ、短い枝葉が彼女の弱弱しい体を切り刻む、そして・・・土煙が舞った。
「?」
少女は痛みも忘れて、途切れそうな思考を稼動させる。
自分は獣道にいたはず、転んでも土煙が舞うはずが無い・・・だったらなんで?
少女は閉じかけた瞳を見開く、焔のようなオレンジの瞳が捉えたのは、聳え立つ大きな壁。
それを見た少女は途切れかけた魔力を絞り立ち上がって、大きく飛んだ、不幸を振りかける厄災と知りながらも、生きたいという見えぬ声に従って・・・。
どうやら向こうは、策というより、この逃走劇に終止符を打つタイミングを計っていただけらしい。
「龍牙さん!」
背後からミリーナの声がしたのを龍牙は聞いた、目の前は東門の出口、だが。
「実力の差を見せ付けるのも授業の一環かと思いましてね、少々泳がせて見ましたけれども・・・まだまだですね、龍牙」
「テメェ・・・手ぇぬいてやがったか?」
「勿論、当たり前でしょう? 少しばかりあなた方の実力を見たかったのですよ・・・まぁ、当初は少しばかり怒りが台頭していてまともな思考を組み立てていませんでした、けれど」
抑揚の無い声でドリスは告げ、人差し指を自分の方へと少し曲げる。
そのロープにつながっている龍牙の右手首が強い力で引っ張られた、ズズズズと少しずつだが龍牙の体はドリスの方へと引きずられていく。
「私の束縛の魔法は有効範囲が限られています、あなたとの距離では精々頑張って体の一箇所しか縛れません、けれど・・・あと一メートル位ですかね? 私が全力を出せる範囲に入ったら、もうあなたに逃れる術は、ありません」
ドリスはそこで一度言葉を区切る。
「しかし先ほどのあなたの魔力の使い方を見ていたら少しだけ、ですが、あなたに天佑を授け用と、思います」
「あぁ?」
龍牙が力の抜けた腕を肩で引くとドリスが続ける。
「言わばチャンス、ですよ。 私が全力を出せる有効範囲内に入る前にその右手首を縛っている私の魔法を断ち切れたら、今回のことはすべて目を瞑りましょう、勿論これからあなたが何処へ行こうとも私は一切何も言いません、さぁどう、します?」
それを聞いた龍牙は笑う。
「やってやる」
「まぁ、私は引く手を緩めるつもりはありませんけれど、ね」
龍牙が答えた瞬間、ドリスは人差し指を握るようにして引いた、それに連動するかのように龍牙の体も少しずつドリスの元へと引き寄せられていく。
龍牙は必死に抗いながら考える。
(右手は痺れて使えねぇ、だったら魔法が使える左手でどうにかしなきゃならねぇってことか)
龍牙は魔法を行使、左手に収まるほどの光る魔法陣が出現、そこから具現化したのは先にグレスとの練習で使った光の棒が握られている。
試しに龍牙は思い切りそれでロープに叩きつけてみるものの、ビクともしない。
(無理か・・・だったら仕方ねぇ)
龍牙が左手をかざすと、身長の半分の魔法陣が出現、害を被るかもしれない放出を使うのは躊躇われたが、こうなれば意地でもと龍牙は思っている。(追記までに魔力のコントロールはグレスに習ううちに大分慣れたのだ)
光に近い魔法が発動、光弾がロープにぶち当たり東門の道を舗装するレンガが激しく飛んだ、しかし。
龍牙の手首は依然引かれている、驚く龍牙とそれに答えるようにドリスの声が飛んだ。
「放出の方では私の魔法は断ち切れませんよ、最初にやった光の棒ですか? そちらのほうが有効、ですよ」
「ちっ」
龍牙は再び光の棒を握る、しかしだ、これはまだ何の役にも立たない、実際、神の下僕との戦闘ではあっさり切り伏せられ、威力の弱いグレスの風の太刀すら弾けないほどの脆さである。
(どうにかしねぇとな)
龍牙は魔力をその光の棒へと流し込む、そして魔法として形を作る。
(鋭くだ、これを斬れるぐれぇの)
直ぐに棒に変化は現れる、だが。
「なんで、先しか鋭くならねぇんだよ・・・っ!」
龍牙の握る光の棒は先っぽしか鋭くならなかった、それも斬るではなく突くでしか用途が無いようなそんな感じのやつである。
ためしにそれでやってみるも、結果は火を見るより明らか。
「もう諦めたほうが良いかもしれませんね、私の、有効範囲です」
それと同時にドリスの声が響き、龍牙は歯軋りをする。
「もう少し魔法を形にするには時間が、かかりそうですね」
それと同時にドリスの指先に垂れるロープが龍牙に迫る、龍牙はロープを引っ張ってみるが、体は後ろには下がらない。
だが、その時である。
ビュオ! と一陣の風が通った瞬間、龍牙の右手首が急に軽くなった、痺れにより動かなくなった腕も感覚が戻り始める。
「ほんのちょっとだけ、龍牙の成長が見れたわけだし~、今回は僕からサービスだよ」
不意に現れたのはグレスであった、彼はニコリと笑いながら龍牙の肩を叩く。
「ほらほら、あそこにいるかわいい姫君と、さっさとお忍びデートに行ってきなって~、お土産よろしくね♪」
グレスは龍牙にジャラジャラと音の鳴る袋を持たせると龍牙の反論を聞かず体を押す、龍牙は渋い顔をしながらも、ミリーナの方へと向かう、彼女は心配そうな顔で龍牙を見る。
「え、えっと・・・大丈夫?」
「あぁ・・・さっさと行くぞ」
龍牙がミリーナの横を通り過ぎ階段を降り始めると、ミリーナは慌てて後を追うように駆けて行った。
「どう言う事です? グレス、私の邪魔をするなんて」
断ち切られた束縛の魔法が再びもとの長さへと戻ると、ドリスはグレスの方へ鋭い視線を投げかける、すると、彼は何も悪びれた様子も見せず。
「いや~、だってドリスさん、自分で言ってたじゃないですか、右手を縛っている私の魔法を断ち切れたらって、誰がなんて言っていないから僕が切っても問題は無いでしょ?」
「そんな言葉の欠落を一々あなたは指摘するのですか?」
「ええ、まぁ僕がそう言った性悪で面倒な性格なの知ってるでしょ? それに」
グレスは意地悪く笑うと。
「ミリーナ嬢、この日を結構楽しみにしてたみたいですよ? それを助けたまでですって~、面倒臭がりの僕が行動するってことはどういうことか、わかりますよね?」
じゃ、僕はこれでと言うと、グレスは恐ろしい速さで風に乗り消えた。
ドリスはこの怒りを何処にぶつけようかと思案するものの、ぶつけ所は無し、腰に手を当てると呆れたようにため息をついて城のほうへと戻っていった。