動く王+約束
物語が動く十六話です。
ではどうぞ♪
ミリーナは今、自分でも吃驚するほど焦っている、首筋には嫌な汗が流れ頬はにわかに上気していて妙に色気がある。
「ううぅ・・・誰も来ないで欲しいけど・・・早くきてぇ」
ミリーナの弱弱しい声が響く。
矛盾しているのはわかっている、だがそんなことを考えているほど彼女の思考回路に余裕は無い。
まさかサボるということがこれほどまでリスクの高い事だとは思わなかった、一度だけ城を抜け出したことはあったが、ここまで酷い状態にされたことは無い、せいぜい叱られたくらいだ。
と、その時だ。
激しい音とともにミリーナがいる部屋の扉が開け放たれた。
龍牙は衣装室の扉を開けると中を見渡し、そして直ぐにミリーナを見つけた。
それは良い、龍牙の予想は見事に当たりミリーナの居場所を一発で突き止めたことには賞賛するところであろう。
しかし、だ。
問題なのはミリーナの今置かれている状況が非常に宜しくない事だ。
ミリーナの両手と両足は左右一括りにされて黄色いロープで縛られている、良く見るとロープは壁を貫通していて身動きも取れない状態に陥っている、ドリスの表現は的確であった。
そしてここで一番の問題なのは、彼女がまだ着替えの途中でドリスに束縛された、ということであろう。
ミリーナの青を基盤とした上着のボタンはいくつか外れていて、そこから淡い紫の下着がチラリと見え隠れし、短めのスカートは穿く所であったのか、チャックが完全に締められておらずこちらも下着が見えてしまっている、どうも絵的にいろいろとマズイ。
「・・・はぁ? なんだその格好は?」
と、それを見た龍牙は一時言葉を失うも眉をひそめる。
「ぇ・・・ぇぇ、えっと・・・っ、ぁ、あの! た、助けて!」
龍牙にこの状態を見られ、それを隠すことも出来ずさらけ出している自分が酷く恥ずかしいと感じているであろうミリーナは、目を潤わせて顔を熟れたりんごのように真っ赤にしながら、小さくそれでも聞こえるくらいの声で龍牙に訴える。
龍牙は小さくため息をつくと、ミリーナの方へと歩み寄るミリーナは恥ずかしさのあまり龍牙とは顔をあわせようとしない。
龍牙も妙な空気の流れるこの雰囲気に口を利く気には成れないらしい、右手のグローブを外すとミリーナの両手を縛っているロープに先に触れた。
だが、両足を縛られている状態で両手だけを開放した場合どうなるであろうか、無論両足は動かせないため、ミリーナの上半身は支えを失い・・・。
「きゃあ!」
「っ・・・と」
ミリーナは支えを求め両手を龍牙の首へと巻きつけ、抱きつくような格好で何とか崩れる体制から逃れることが出来たが、自分がどの様なことになっているかぐらい、ミリーナは直ぐに察しが着いた、顔はどう形容していいかわからないほど真っ赤になっている。
「は、はやく・・・ぁ、足も・・・」
しどろもどろな口調でミリーナは言うと、龍牙は何もいわず足へと右手を伸ばす。
つかの間のドッキリ(両者ともに)とやっと安定した地面に立てたミリーナはホッと安堵のため息をつき。
「・・・ぁ、ぁりがとう」
顔を伏せたままペコリと可愛く頭を下げた、そして付け加え。
「ぇっ・・・えっと、後ろを向いててくれる?」
龍牙は何もいわないで後ろを向いた、ミリーナは目を見張るような早業で着替えを終わらせると、未だに心拍数の高い心臓を落ちつけるように、二、三度大きく深呼吸をした。
「終わったか?」
耳が痛くなるほどの静寂の中龍牙の声のみ響き、それに驚いたミリーナの肩がビクリと震える。
「だ、大丈夫」
呼吸を落ち着かせてゆっくりとそう言う。
「なら、さっさと行くぞ、またあの面倒くせぇ奴が来る前にな」
龍牙と共にミリーナは衣装室を出ようと足を踏み出した。
途端、右側の壁をぶち抜いて何本もの黄色のロープが襲い掛かってきた、咄嗟のことにミリーナは固まってしまったが、ロープに捕まるすんでの所で龍牙の腕がミリーナを抱き抱えるように引き寄せ、そのお蔭もあってかロープは見当違いの方向へと進んで行った、どうやらちゃんと位置を把握してはいないらしい、が、ドリスは曲がり角の向こうにいるのは確か、龍牙は舌打ちをした。
「走れ!」
ドン、と龍牙の手がミリーナの背中を押し、その声に弾かれるようにミリーナはドリスがいるであろう場所の逆へと走っていく、その後ろを龍牙は守るように走る。
「ど、何処に行けば?」
「とりあえず外に出る、そのほうが見渡しやすい、それにサボるんだろ?」
「は、はい!」
二人の逃走劇が静かに始まりを告げた。
その逃走劇が始まる一週間と二、三日前の夜、南のケーリッヒと言う大都市国家が潰されてまだそれほど経っていないその時期に、ケーリッヒのちょうど西に位置する魔術国、ディノープル、魔法を主に使うこの国は恐ろしいほどまでの軍力を蓄え、そしてそれに比例するように、町並みも真っ白な大理石や城にはとてつもなくでかい魔晶石が取り付けられ、荘厳でありそして、この国の繁栄は未来も安泰だと思われていた。
しかし、その白い大理石の町並みも大きな魔晶石も無残に砕かれ、町並みにおいてはすでに炎によって破壊の限りを尽くされていた、炎がうねり無常な民を襲い、悲鳴と怒号が交差するまさに地獄絵図のような光景があった。
その中でも一際炎が舞う城の近辺ではありえない光景が広がっていた。
炎のオレンジ色に染められた顔までかかるほど長い銀髪に、それと相反するような真っ黒で大きな瞳がギョロリ動く、背中と腹の辺りに口を開けて笑う横向きの髑髏が入った漆黒の半そでに紺色の長いジーンズにポケットを突っ込んでいる一人の青年がそこにいた。
数日の間にケーリッヒを滅ぼし、王となった名も知らぬ若い青年である。
「ったくよぉ、攻撃するっつんなら、勝算があってからしろっつんだよぉ・・・せっかく穏便に提案を出そうと思ったらそう来るんだからなぁ、そりゃしかたねぇわなぁ」
青年退屈そうに口を開く、今回も彼がこの魔術国を破壊したのではないかと思うのだがそうではない、実際彼は護衛の一人もつけずにこの国に温和な合邦を持ち出しただけなのだ、しかし、目の前にいる数十人のお堅い(老若男女ふくめ)魔法使い達はその提案を出す前に青年を攻撃、その反撃をしただけでこの有様、というわけである。
「まぁもういいや、そっちのトップは五人だっけかぁ? 一人の暴走を防ぐために五人トップを用意して権力の分断・・・つっても五人が五人同等の権力を持ってるわけじゃあねぇよなぁ? この国にはまだおもしれぇものがあるって噂を俺は聞いてんだぁ」
青年の言葉を聞き魔法使いの中から金の刺繍が入ったローブを羽織っている老人が屹然とした声で。
「何のことだかわからぬな、我々は争いも無く平和に暮らしているだけ―――」
「人体実験ってなんだろぉなぁ?」
「っ!」
それを聞いた老人を含め、その全貌を知っているであろう大勢の人間の表情が変わる。
「ほぉら、顔色が変わったぜぇクソジジィ」
「なんの、ことじゃろうな?」
「しらばっくれんなよぉ、この世界には大きく分けて魔法は三つ」
青年は嬉しそうに笑いながら指を三つ魔法使いのほうへとむける。
「一つはお前らが使う魔法と、もう一つは・・・禁忌の魔法、そもそも禁忌の定義っつーのは誰でも発動条件さえ整っちまえりゃ、ある程度魔力を持つ奴でも発動できて世界を破壊しちまうほどの威力と危険性をはらんでるからだ、だが・・・そんなもん小さく見えちまうほどのあぶねぇ魔法がもう一つあんだろぉ?」
確信をつかんでいる青年は口が裂けてしまいそうなほどの凶器の笑みを浮かべた。
「書物にも記されていない魔法・・・古代の禁術がなぁ?」
古代の禁術、今ではその名を知るものは少ない、簡単な話昔に作られた魔法である、中には古代から現代まで形を変えて今でも使われている魔法も数多くあるが、中には使えば世界を破壊するなどといった次元ではない、世界の法則すらも掌握できるほどの強大な魔法が記されているものもある、しかしそのすべては石版に記され、魔法による保護効果も薄まり風化してしまっているものが数多くある、現代ではそれが解読できる状態のものは少ない。
それに、それがもし解読されてもあまり意味は無い、なぜなら発動の条件をそろえても発動しない確立が非常に高いからである、禁忌の魔法は発動条件さえそろえてしまえば命の危険を除けば発動できてしまう、しかし古代の禁術はそれに加え適合者が必要なのである、古代の禁術を動かしたければそれ用の適合者がいるというわけだ。
「この国はそれを知って、その禁術に手を染めたんだよなぁ? 俺の情報網をなめんじゃねぇぞ、こっちにはそういった類の魔法があんだからなぁ、全部お見通しだぁ」
「それを知ったから何だというのじゃ?」
怒りか恐怖かわからないが老人は震えるような口調でそう言った、青年はニヤリと笑う。
「古代の禁術を使えるやつを今すぐ俺に渡せぇ、そうすりゃこれ以上無駄に死体を増やす必要もねぇからなぁ、この国の扱い方も少しは変わってくるぜぇ?」
「やはりそう来るか・・・いや、それを知っていたのならわざわざここに出向く必要も無かったのじゃろうな」
「あぁ? 何意味のわからねぇことほざいてんだよジジィ」
「その交渉には応じたくとも応じられんということじゃよ」
「どぉいうことだぁ?」
「三日前じゃ、古代の禁術を扱うことのできる者がわしらの洗脳の魔法を打ち破り逃げ出したのじゃよ、まぁ、百年に一度の逸材・・・あれくらいのことをやってのけられるのは見えていたのじゃがのう」
「っつーことは、古代の禁術を扱う奴ぁここにはいねぇんだなぁ?」
「左様・・・それで、お主はわしらをどうするつもりじゃ?」
「決まってんだろぉがよぉ・・・ゴミはいらねぇんだ」
その言葉と同時に魔法使い達がすばやく動いた、皆両手や片腕を突き出し輝く魔法陣を形成、赤、青、緑、黄、茶、大小、形までもが違う魔法陣が燃える灼熱の炎に染められながらも光を放っている。
そして、それが一斉に発動、炎が猛り風が舞い水が吹き出雷光が迸り地が揺れる、形式から攻撃用途まで違う多種多様な属性と攻撃の嵐が一人の青年に襲い掛かりそして・・・。
その全てが青年の肌に傷一つもつけられず散って行く。
青年は至極簡単な動作をしたまでであった、その途端魔法使いたちが使った魔法などまるで相手にならないほど大量の魔法陣が虚空より出現、全ての魔法を打ち消してその反撃を開始する。
業炎に人は飲まれ、嵐により切り裂かれ、洪水により溺れ、稲妻に神経を焼かれ、大地に押しつぶされた。
もはや天変地異に近い、その全てが青年によるものだ。
「だぁ~かぁ~らぁ~、言ってんだろぉがよぉ、勝算がありゃ攻撃してこいよぉ、絶望とともに死にたかねぇだろぉ?」
青年が人道に外れたような壊れた笑みを浮かべ、死体を見てあざ笑う、そして目の前に立ち荒い息を立てる数人の若い男女に青年は目を向け細めた。
「だがまぁ・・・お前らは合格だぁ、俺の攻撃を受けてまだ立ってるんだからなぁ、俺の言うことに従え、今生きたきゃなぁ」
それを聞いた男女は互いに顔を見合わせ、守りに使った腕を引っ込め・・・青年の前に膝を着いた、絶対服従をここに誓う現しである。
「・・・ラッテ、さっきのジジィの話聞いたかぁ?」
青年が虚空に話しかける、しかし回りにラッテであろう男は何処にもいない、だが。
「はい」
静かに落ち着いた声音が響く、青年は膝を付いている男女を顎でさす。
「こいつらを連れてそいつを探せぇ、顔を知ってるのはこいつらしかいねぇからなぁ」
「抵抗する場合は?」
「扱いは任せるっつんだよぉ、ただ生きたままだ」
「御意」
ラッテの声が消えた途端漆黒のように真っ黒な装束に身をつつんだ男が颯爽と男女の前に現れる、ビクリとする彼らを歯牙にもかけず、ラッテは地面に手を置いた。
「準備は向こうで整える・・・【世界の簡略化】」
ラッテの手から広がるように漆黒の魔法陣が浮かび上がる、見たことの無い魔方陣の色に男女は驚いたように目を見開くがその瞬間彼らの姿は虚空に消え失せた、残ったのは未だ周りに燻る炎と青年のみ。
「俺をあんまり長く待たせんなよぉラッテ・・・俺は気が短いんだからなぁ」