神外れ+神の下僕
龍牙は目が覚めた、最初に目に入ったのが頭上に輝く太陽、目を細めても刺す様な強い光に龍牙は堪らず手で光を遮った、呼吸をするたび草の青臭さが鼻を突き、龍牙は首を横に倒してみる。
何も無い、短く生えた草地が永遠と続いているような、そんなところであった。
「どこだここは?」
龍牙は怪訝そうに眉を潜めると、体を起こし高くなった視線で再度回りを確認する、しかし、状況に変化は訪れない、龍牙が記憶しているところは、宮殿内で急に息苦しくなり、倒れた所まで、そこから先の自分の体に起きた事柄などわかるはずなかった。
「誰もいねぇのか?」
「発見」
龍牙がため息をつくと同時に、不意に背後から声がかかる、龍牙は咄嗟に振り返った、そして眉間に皺を寄せる、目の前には面識の無い少女が立っていた。
汚れ一つついていない真っ白で高貴なローブに長い真っ白な髪、撫で付けたようなその髪からは、自己主張でもするかのように所々からピョコンと寝癖のように髪が飛び出ている、
ただ、それを少女と呼ぶには少しばかりしこりが残る、表情は無と言う言葉をそのまま投影したかのように感情が無く、瞳からは感情を全く読み取れず、人間と言う皮をかぶったロボットと表現したほうがシックリ来るかもしれない。
「誰だ? テメェは」
龍牙はその少女に声をかける。
「私、私は・・・・・・あなたに取り込まれる以前は神の下僕と呼ばれていた、と思われる」
無表情の少女、神の下僕は無表情のまま口を開いた。
「神の下僕? ああ、ミリーナ使って復活させようとしたあれか」
「しかし、あなたに復活を阻害されました、魔力の不純物を取り除き、不完全ながら体を構築し完全に近い状態にしましたが、完全には程遠い魔力・・・・・・・しかし」
と神の下僕は龍牙を見る。
「あなたを殺すには申し分・・・・・・なしと判断」
途端、神の下僕は瞳を見開いた、龍牙は咄嗟に真横へと飛び出す。
神の下僕の見開かれた瞳から、龍牙の見たことのある灰色の光が過ぎ去った。
全てのものを破壊する、禁忌の魔法、裁きの灰色。それははるか彼方へと消えていく。
「テメェ・・・!」
「ここはあなたの内側の世界、ここであなたを殺せば、私はあなたの体を乗っ取り、神の下僕として復活する、あなたはそれほどの価値のある人間だと・・・・・・判断」
神の下僕は無表情でそう告げる、強くも無く弱くも無く、嬉しそうでも悲しそうでもない、平坦な声で。
遥か昔。この世界に一人の魔術師がいた、年齢は不明、全ての事柄が一切不明なその魔術師は、あるとき異界の魔物と言う、一体だけで世界を滅ぼせるほどの力を持つ魔物を七体創った。
何故世界を滅ぼそうとしたかはわからない、しかし、魔術師はそれを創った、だが、それは叶わなかった、その世界にはウェルシュ・ドラゴンと言う、異界の魔物など歯牙にもかけないほどの神聖なる神が存在していたためである。
ウェルシュ・ドラゴンは異界の魔物を沈め、魔術師を焼き、己の魔法でそれらを封印した。
その異界の魔物のうちの一体、グレスベラントの存在する大陸を破壊し尽くした、神の下僕、それは何も思わず何も感じず、全ての現象を何とも思わない虚無から生まれた異界の魔物。
神の下僕は両手を広げる、天を仰ぎ太陽を、目を細めず見つめ返す。
途端、神の下僕の背中に二つ、ざっくりと斧で強引に引き裂かれたような傷跡が現れる、しかし、神の下僕の背中から血は一滴も零れない、しかし、その代わり。
神の下僕の背中から純白の羽が生えた。
神の下僕、それは即ち、神の使い。
神は天、それは天の使い。
神の下僕の正体、それは天使。
神の命令だけを忠実に聞く神の手足、感情はいらない。ただ、神、己を創った者のみ従う無情の存在。
神の下僕にとって創設者は魔術師、魔術師の命令それは、世界の破滅。
天使はそれに従う、それに例え善悪があろうとも、神の言葉は絶対。
「私は神の言葉だけを遂行する、世界の破滅、その命令は絶対、そのためにはアナタを殺す・・・・・・ご理解を」
神の下僕は翼を羽ばたかせる、鳥が羽ばたくのとはまるで違う、そこに信仰者がいたら堪らず跪くだろう、高貴なその羽ばたきで神の下僕の体はフワリと浮き上がる。
神の下僕は片腕を突き出した、手には虚空のみ、しかし手に一つの光が宿る。
それは純白の光、それは奇妙に形を歪めると、一般人でも折ることが出来そうなほど細い長剣を作り出す。
「天命の魔法を発動、魔法陣の構成・・・・・・簡略、詠唱・・・・・・必要と判断、神よ我に力を・・・・・・」
神の下僕はただ光のない眼で何か言葉を綴っている、そのたび神の下僕の手に収まっている長剣は長さを倍に、更に倍に、まるで数字を掛け続けているように大きさを肥大させていく。
龍牙は手の平に嫌な汗が滲んでいることに気がついた、ここは自分の内側の世界だと言うが、そんなことはどうでも良い、ただ今目の前にいる敵と思える天使は、こんな小さな人間を殺すために、世界すらも両断できそうな巨大で巨大すぎる一本の長剣を創りあげている。
「天命の魔法・・・・・・完成、魔法名【裁きの剣】、発動を開始」
神の下僕の長剣はもはや首を動かさない限りその全てを確認することなど出来ない、その純白の剣は神の下僕の手に握られている。
その剣が振り上げられる、その動作は遠くから見ればゆっくりに見えただろう、地球の自転がゆっくり回って見えるのと同じ、余りに巨大すぎるため早く動いても遅く動いているように見えてしまう。
「神の啓示を」
振り上げた剣が龍牙へと振り下ろされる、遠近を凌駕したその剣が真っ直ぐに振り下ろされた。
認識できる速さではなかった、龍牙が回避を始める前に、その剣は龍牙の横を通り過ぎていく。
その切れ味は、まるで世界をバターのように滑らかに切裂いていくようであった。
「はっ?」
龍牙の口から言葉が零れ落ちた、刹那、切られた地面から攻撃の余波で土煙が盛大に上がる、土煙と言葉で表したのでは可愛いもの、実際は何トンもの砂が巻き上がり龍牙に襲い掛かる、まるで津波が国を襲うワンシーンを見ているかのようである。
「クソッ!」
侮蔑と共に言葉を吐き出すと、龍牙は急いで駆け出した、しかしあれほど巨大な魔法の攻撃の余波を小さな人間一人で到底避けられるはずも無い、龍牙は余りに呆気なく、土砂の中に呑まれる、辺りにはモウモウと土煙が舞う。
眼下で起きた光景をまるで意に介さない様子で、神の下僕は辺りを見回す。
「敵の心理世界に変化は見られず、介入・・・・・・不可、敵の生存確率が高いと思われる、また、天命魔法では規模が大きすぎるため縮小、詠唱の省略を開始します」
そう言うと天使は再び何かを言葉を綴り始めた、下に広がるのは舞い上がる土煙と、重い砂に包まれた茶色の大地、すると、土砂が一箇所だけ持ち上がり龍牙が姿を現した。
龍牙は口に入り水分を奪う砂を吐き出すと、視界の悪い中上を見上げる、神の下僕が持つ剣は少しずつ小さくなっているのが土煙の中でもわかった。
龍牙は目を細めると神の下僕を睨み付ける。
(んのやろぉ・・・!)
龍牙は力ずくで埋まった体を持ち上げ地面に立った。
その時であった、詠唱を唱え終えた神の下僕が翼を優雅に羽ばたかせ、土煙のカーテンを裂くように姿を現した、右手には身長ほどもある長剣が握られており、それを神の下僕は無表情のまま振るう。
恐ろしい速さの剣は的確に龍牙の首を狙い迫る、しかし、だ。
瞬殺を決めた一撃ほど、避けやすく防ぎやすいものは無い。
言い換えれば、人体の急所となる所、つまり一撃で死に至らしめることが出来る場所、首や心臓、そこを的確につけば、どんなに強靭な人間でも数秒で死に至る、しかし今回の攻撃は余りに的確すぎたのだ、龍牙はどんな攻撃でもまずは自分の急所に意識を集中させる、他にも首後ろなどもあるが、その場所へ攻撃が叩き込まれた場合、龍牙はそれを軽々防ぐ自信がある。
迫る長剣をまるで五月蝿い羽虫を払うように、龍牙は右手でそれを掴んだ、純白の剣は輝きを失いまるでさびた鉄のように赤茶に変色すると、皹が入り、ボロボロと崩れ落ち、地面に落ちる前にフワリと光になり消える。
それと連動したように魔力を無意識的に練った龍牙の左拳が唸る、防御と攻撃が誤差もないほどに綺麗に入れ替わる、だが、神の下僕は翼を動かしまるで羽毛のように軽く、宙へと舞い上がる。
「逃げんじゃねぇ!」
「敵の右手は不完全な状態での戦闘により予想の範疇・・・・・・【神外れ】は右手に宿っていると確認」
「俺の言葉はシカトかあの野郎」
だが、と龍牙は自分の右手を見る、神の下僕が口にした言葉、神外れ、どんな魔法もそれに触れれば強制的に魔力へと変換させてしまう異能力。
「まあ、名前があるのならそれに越したことはねぇな」
龍牙はそれを聞くと、ニヤリと神の下僕を睨む、何はともあれ、どうやら心配事やらなにやらはいらないらしい、この世界は自分の内側、言わば心理の世界、そこでの自分は魔法も使えるしこの右手も使用可能、だったら特に問題は、無い。
目の前に立ちふさがる神の下僕は言わば、龍牙の心理の世界に閉じ込められた魔力、それが龍牙と言う檻から抜け出し、その自我を乗っ取ろうとしている、そういうことなのだろう。
「だったら、主に逆らう奴はもう一度躾直しだな」
龍牙は左腕を掲げると神の下僕を睨んだ、眼光に鋭さが宿る、己に眠る魔力を呼び起こす。龍牙の左手の平に白色よりも数段上の純白の魔法陣が現れる、それはもう、光と呼ぶに相応しいほどの輝き。
神の下僕が復活途中、その手助けをしたのはリティーナの魔力と魔法、そのため神の下僕の中には不純物、つまりリティーナの魔力が残っていた、しかし、完全に近い状態の今、神の下僕の魔力は純白となっている。
「魔法を確認、魔法陣の構成・・・・・・天命の魔法と推測、神外れにより魔力へと変換された私の魔力を使用すると判断」
神の下僕が何かを口ずさんでいるうちに龍牙の魔法は行使される、魔法陣から白色の棒が現れる、それを見た神の下僕は無表情のまま小首をかしげた。
「どうでもいいのですが・・・・・・不思議と疑問が湧きました、アナタの手に握られているものは、何を基盤としたものでしょうか?」
「基盤? さぁな、大方俺が一番使用した、鉄パイプってところだろ」
「・・・・・・聞いたことのないものの名前ですが、私との戦闘に支障は見られない、と判断」
神の下僕はそれだけ言うと、再び右手に剣を宿す、そして、再び龍牙へと肉薄を図る。
神の下僕が振るう純白の剣と龍牙の振るう純白の棒が恐ろしい速度でぶつかり合う、だが、その寸前、神の下僕の視線が違う場所へと移るのを、龍牙は見た。何の感情もないその目が。
魔法同士がぶつかり気流が生まれ、静まったはずの土煙が再び宙を舞う。
しかし、だ。龍牙はそれを考える暇を与えられなかった、なぜなら。
盛大に血飛沫が飛ぶ。
「くっ・・・あっ」
「構成上、硬度、威力共に私のほうが遥かに上と判断」
龍牙の左手に在るはずの白色の棒が斜めに綺麗に切られ、その延長線上にある龍牙の腕に深い傷をつけた。
「しかし、咄嗟に腕を引いたのは、正しい判断と思われる」
「んなこと言われても嬉しくなんてねぇんだよ」
額に苦渋の汗を滲ませながら龍牙は歯を見せ食いしばる、ここでのた打ち回ることは出来ない。
神の下僕は剣を片手に再び迫る、龍牙は顔を歪ませながら、来る攻撃に備えた。
「天命の魔法、【聖域の罰】、発動」
神の下僕が左手をかざす、空中に魔法陣が一つ現れる。
だが、龍牙はそれだけで背筋に悪寒が走った。
普通なら魔法陣無しで魔法を発動できる神の下僕が、今回は魔法陣が有る、その有無の違いは、まだ魔法に疎い龍牙でもわかる。
その魔法陣が瞬きをする間に何百と言う数に増殖、それはまるで不可思議なパズルを見ているようであった、魔法陣と魔法陣が複数重なり一つの新しい魔法陣を作る、それは数学者でも頭を悩ますような複雑な模様を描いている。
魔法陣の輝きが増すと、その魔法陣から無数の光球が放たれる、マシンガンを何百丁も乱射されたような、逃げ場の無い攻撃。
右手だけではどうすることも出来ない、右手でいなす事の出来る魔法の数は限られている、今回の場合は回避が最優先、右手で防いでいる間に他の場所に穴が開いてしまう。
龍牙は回避をしようと射程範囲外に飛び出すそうとして、その先を見て目を見開く、まるで逃げ場を作らないように、神の下僕がこちらに突っ込んできた、魔法の攻撃範囲外で龍牙を仕留めるために。既にそちらに動きかけている足を強引に龍牙は反対側へと向ける、痛みが走るが死ぬよりはマシだ。
悲鳴をあげる足で地面を蹴り、魔法の攻撃範囲且つ、神の下僕の反対側へと飛び出した。
しかし、その一瞬の時間により、相手の魔法が龍牙の足を打ち抜く。
「ぎっ・・・!」
焼けた鉄を流し込まれたような痛みが走りぬけ、龍牙は地面に倒れこむ、しかし、それを相手はどう見るだろうか、龍牙は直ぐにそれに気がつくと、体を転がした。
龍牙がいた場所に剣が突き刺さる、それをまるで何とも思っていない面持ちで、神の下僕がそれを見下ろしていた。
「しぶとい・・・・・・と私は判断」
龍牙は肩で息をしながら神の下僕を睨む、傷が大きすぎる、左腕に右足は既に動かすのも億劫、残るのは神外れと脚力のある右足のみ。
(こっちには魔力もねぇ、次の一手で・・・・・・せめてアイツが魔法を打ってくれりゃあな・・・)
と、そこまで考え、龍牙は何かが引っかかった、龍牙は自分の右手を見る、神外れ、それは魔法であればどんなものでも魔力へと変換できる異能力。
そこまで考えて、龍牙は自分に問う。
―――俺はコイツをどうやって倒した?
答えは直ぐに出た、簡単だ。
「くっ・・・はははははっ! んだよ、めちゃくちゃ簡単じゃねーか!」
突如笑い出した龍牙に、神の下僕が無表情のまま告げる。
「心理世界に異常は見られない、相手は狂ったわけではないと思われる、問いましょう、何が簡単なのでしょうか?」
龍牙は笑いながら答える。
「何がって、テメェを倒すことがだよ」
「言っていることの意味が不明・・・・・・アナタは状況を見られないほど愚かには思えないと思われる」
「グチャグチャ言ってんじゃねー、さっさと来いよ」
龍牙がニヤリと笑う、それを見て神の下僕は剣を構える。
「対抗策は・・・・・・百五十八、問題は・・・無しと判断」
神の下僕は翼を羽ばたかせる、敵が何をしてこようとも、神の下僕は仕留めるつもりらしい、そう、反応できないくらいの超速で。
神の下僕が殆ど不可視の速さで龍牙へと迫る、神の下僕は剣をそのまま構え龍牙に狙いを定めた、そして。
神の下僕の突き出した一突は龍牙の心臓を軽々と貫いた。