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黄泉の国

そこは塵の世界であった。


万物が塵で出来ている世界。特に迫力ありし塵の大河が一本、下から上へ通っていた。勢いのある源流は大中小さまざまな大きさの塵でできていた。その大河のそばに近づく気配。モノは天頂から降りて姿を現した。夜の暗闇を詰め込んだ黒の喪服に身を包んだ白色骸骨のようなモノは、モノよりも大きな錫杖を片手に、虚の目のまま水面にその指を浸けた。


それから三回ほど円をなぞった。たちまち渦巻きができ、河の流れは変わる。モノの指先に吸い込まれるようにして塵たちは周り出す。時々互いにぶつかり合う粒塵の音色はひどく騒々しい音であった。モノはその渦巻きの中心から塵を引き上げた。たった一粒の塵を。


モノはそれを喪服の中に隠して、それから錫杖を掲げた。すると天頂から突然、陽の光が現れた。モノは光源であるその天頂へ向かって飛び立った。時しばらくせずにモノは光の中へ消え失せた。


しばらくするとモノの喪服の中にひそめし塵の子が息を始めた。空間を振動させるその息遣いに気づいたモノは己の喪服の内へ手を入れて、息せし塵の子を掴み上げた。その虚な目でそれを見張り、ついにモノは言う。


「汝の準備はできた。ゆえに黄泉を語らんことを。」


塵の子を親指と人差し指で摘むようにしたあげく、足を持たないモノは薄い霧の奥へ飛んでいった。だんだんと光の入る隙も見えぬようで、暗闇が支配する世界へ舞い降りたよう。音もせず、なべて生命の痕跡も測り取れぬような暗さと寒さとそれから無音を通り抜けて、ようやく光と熱とそれから騒々しい命の声の聞こえる所へ辿り着いた。そこは黄泉の国であった。


褐色の雲で天頂は隠され、辺りに立ち昇る煙は灰を含み、一息するたびに肺が腐る。大地に足をつけ、大釜で肉片を煮るのは大鬼どもたち。俗物を鉄の棘で痛めつけるのは妖怪変化の類なり。モノは彼らそれらの遥か上を行き交いて、塵の子と共に飛んでいくなり。


かくしてモノは墳王山の山頂、禿山の遺跡に到着しせり。大木のような巨岩が八方位、計八石、円状にそびえたり。モノ、その中央に至りて、塵の子を円卓のくぼみに押し込めり。


「汝、目覚めよ。故に世を救え。」


モノは両手を合わせて唱えた。たった一粒の塵は火花を散らす。塵はたちまち粉塵を出して燃え上がる。モノはそれを確認しさらに念じた。ついに塵は燃え尽き、さらに細かくなった灰のみが残った。モノはそれを見て、意を決して円卓に拳を打ちつけた。その拳によって石英の円卓は綺麗に二つに割れた。その割れ目の隙間から青年が一人、息をしているのをモノは見出した。世の若草と同じほどのその青年にモノは手を差し伸べた。服も何も持たないその青年はモノの手を取り立ち上がった。


肌は血の通わない暗い色で、髪は黒く抜け毛が多く、目は疑問を含んだ敵意の瞳、そしておよそ生物とは思えないやせほそった骨だらけの肉体は彼の醜さを何よりも示している。その青年は周りを見渡してからモノに正対した。モノは語りかける。


「汝は語り部の末裔。世における全能神をも持たざる『語りの力』を有する。今、その力を継承することに成功せし汝は、蘇生の秘術を成功せしモノの言葉に従え。」


青年はモノの容貌をまじまじと観察した後、その口を開いていった。


「嫌だな、これは俺のものだ。」


一拍を置いて、素早く短刀を取り出したのはモノ。青年の脇腹を突かんと刃物握る指を力ませる。青年、眼光鋭くその猛攻を避けり。青年、隙を見せたモノに手刀を打ち込めり。モノ静かに倒れたり。短刀、音を立てて岩床に投げ出されり。青年、首を絞めてモノはついに死せり。死んだモノから離れ、青年は言った。


「俺を蘇らせてくれたことは感謝する、ただの疫病神さんよ。」


再び青年、モノに近づきたり。そしてまずはモノの頭部を食いたり。次に腕を折って食いたり。最後に髪一本まで口に頬張ること数日。ついにモノの残滓、一つ残らず。青年は笑いて、禿山の墳王山を降りる。この青年は後に黄泉の国の災いとなりてこう呼ばれる。


悪鬼と。






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