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6話 六日目

小雨が降っていた。傘はない。


今日は憂鬱な気分が続く。

いつもと変わらない、ような気がしていたが、異変に気がついたのは昼休みの時だった。


購買でパンを買った途中、C組の前を横切ると、窓の隙間から藤林がポツンと席に座っているのが見えた。クラスでは友人と昼食を食べる者が多く、一人でいる者はすぐに目がいく。

「藤林、今日は一人なのか」そう言うと、静かに頷く。


「一緒に飯を食うぐらいは無償提供してやる」俺は藤林の前の空いている席を借りて、パンの袋を開けた。箸が止まっている彼女の様子はどこかおかしかった。


「おい、どうした」


返事は無い。


何か言いたそうにしているが、彼女の口から言葉が溢れることはない。


落ち着くまで待っていると、震える唇から出た言葉は「私に関わらなくていいから」といつにもなく冷たい口調だった。


「どう言うつもりだ」パンを貪る俺の腕も止まる。

俺の視線に気づいてか、ハッとした様子を浮かべると、紡いだ唇を再び開ける。

「実は今日───」



「ごめん、そこ俺の席だからどいてくれる?」


割って入ってきたの男子生徒に俺は見覚えがあった。

それに、気まずそうにしている藤林の様子からして、元恋人の男子生徒に間違いはなかった。


「あぁ、悪い。今どくよ」そうして席を彼に譲る。

こちらに視線を合わせない藤林に対し「場所を変えよう、藤林」と、彼女の腕を掴み、移動しようとしたその時。



「お前、誰と喋ってんの?」その男子の言葉が背後から刺さる。


俺は苛立ちが先行していた。

元恋人からの嫉妬か?フっといた分際で今更、声をかけてくるんじゃねぇ。


「は?見れば分かるだろ、取り込み中だ。」


目を細めながら、男子生徒に吐き捨てるように言う。

すると俺の目線が癇に触ったのか、男子生徒は続け様に吹っかけてくる。


「さっきから一人でぶつぶつ、気持ちわりーな」


俺の思考はフリーズした。

一人で?いや違う、俺は藤林と話していたんだ。それに彼女はしっかり見えている。実体もあるそんな透明人間みたいなこと──



「私、今日みんなに見えていないの」

藤林茜はそう言った。

何が起こっているんだ。


想った人にだけ忘れ去られる病のはず。見えなくなるなんて。

それがなぜ、クラスの人間全員に適応されているのか。


「いつまで突っ立てんだよ」

男子生徒は苛立ち混じりの声を上げる。


「おい、お前。本当に見えないのか」俺の声は動揺からか震えている。

「何が」


「お前の目の前にいる女子生徒に決まってるだろ。藤林。藤林茜だよ!数日前までお前が付き合っていた女の子だろうが!」


その声は騒がしいC組のクラスを静寂にまで追い込んだ。クラスの連中は、その一声で静まり返った空気感に一斉に息を呑んでいた。


「は?彼女なんていねぇよ、何なんだよお前!」

「なんでだよ」


冷たく、独白するように。


「何で、こいつの前でそんなこと言えるんだよ」


自分でも気がついてはないが、右手が男子生徒のワイシャツの襟を強く掴んでいた。


悔しかったのかもしれない。


忘れ去られること、それが彼女の想い人から吐き出されることが。









「なんで忘れちまうんだよ。こいつがお前にフられて、どんな気持ちになったか分かるか?付き合っている人間から忘れ去られる気持ちが、お前には分かるのか?どんなに相手を好きになってもそいつが自分を忘れることの残虐さが分かるのか?忘れられる痛みが分かるか?好きになった相手に否定される地獄が分かるか?こいつは、毎日それを味わってんだよ。それがどれだけこいつを苦しめているのか、人を好きになる行為が自分に牙を向くって、何なんだよ!だから他人を好きになるなって?大切に思うなって?何で、藤林が不幸にならなきゃならないんだよ!いつも辛いくせに無理に笑顔を繕ってんのに、そんなのってありえねぇだろ。必死に生きてるんだよ、俺には見えるし、感じるよ、ここに確かにいるんだ、それを大切に想われてた人間が否定してんじゃねぇよ──」



クラスには静寂の中、彼の声が響き渡る。


俺は言語化できていなかった思いが、口から勝手に出てしまっていた。



しばらくして。

俺のは我に帰り、周囲の視線が自分に向いていることに気づいた。

掴んでいる男子生徒のワイシャツ離す。


「お、おい、さっさとどっか行けよ」弱々しい声が男子生徒から聞こえる。

周囲から無数の視線突き刺さる感覚が、重く事態を受け止めさせ、俺はそのままクラス後方の入り口に向かう。


そんな目で見るな。


 何で、クラスメイトを忘れちまうんだよ。


周囲の目は俺を異端者として祭り上げるような怯える瞳だった。

まさに四面楚歌。



簡単に忘れるなよ。生きてるんだよ、あいつはここに。




藤林の方を横目で見ると、大粒の涙を流していた。


こんな息苦しい教室(せかい)、滅んじまえよ。俺は心の底から願った。


まさか、最悪なシナリオに事が運ぶなんて。




教室を一人で抜け、俺は彼女にメッセージを送信する。




『俺はお前に生き続けてほしい。脇役とか透明人間としてじゃなくて、藤林茜として。そのままのお前であってほしい』




『忘れないよ、俺は』




この世界は理不尽なことで埋め尽くされている。


もしこの世に神様なんてのが実在するのなら、俺はそいつを許しはしない。


いつもありふれた日常を踏ん張って生きているやつが一番偉い。都合のいいように他人を不幸にできるやつより何倍も。






















『もうダメなのかもね、私』



『なんとかするから』

自分でもわかっている。この言葉に信憑性がないことも、この言葉を言ってはいけないことも。





『君のそういうところ好きだよ』

その言葉だけは、聞きたくない。



俺はそっとスマホをポケットに入れた。


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